Scene 40. 密会と、宣戦布告。

マイクの推測は当たっていて、新任の空士達以外の着任式の出席者は、二階かそれより上に直接入る経路を案内されていた。そして勿論、それはヴァースも例外では無かった。


コロセウムの一階には円形のフィールドへの入り口と控え室しかなく、二階から上でなければフィールドを取り囲む座席には行くことは出来ない作りだった。そして、一番上の座席の背後には、そのさらに後ろにある通路との間に、太古の昔の神殿にある様な灰色の太い柱と、それらの間を天井との境で繋ぐアーチ状の装飾がある。その上にはもう一つ階層があり、そこは手すりの後ろにソファーの様な豪華な座席が用意された特別席となっていた。


コロセウムのドーム状の天井は地上の青空を模した映像が映し出されており、その合間に天体の星々の様にランダムに配置されている照明がコロセウム全体を明るく照らしていた。柱の後ろの通路には、その光は柱の間の空間からしか届かず、くっきりとした陰影が反対側の壁に映し出されている。


裏から見れば平坦な壁である柱には、その根元に石造りのベンチが取り付けられていた。暗い影の中でそのベンチに腰掛け、両膝に肘をついて手を組んで、背後の会場内のざわめきがだんだんと大きくなる中、ヴァースはその時を待っていた。


四年ぶりに、公に姿を現わすその時を。




「お前さんを呼び戻したかった理由はいくつかある。」


ヴァースが正装軍服を来て訪れた日に、全ての電子機器から離れた、艦長の執務室裏の温室の中央付近を歩きながら、フラーは言った。


「ま、大体分かっておるとは思うがの。」


芝生の合間に作られた石畳の通路を、フラーの少し斜め後ろについて歩きながら、ヴァースは何も言わなかった。杖をついてびっこをひいて、息を切らして歩きながらフラーは続ける。


「まぁ、そもそも艦長を務めた時点で色々都合の悪いことも知っとるからの。野放しにしとくのは危なっかしいのも勿論だが、お前さんほどの知識と能力のある人財を失うのも惜しくてな。それに……」


息を整えるための、一呼吸の間が空く。


「このところ、いくつか不穏な動きが出てきとってな。」


ヴァースは黙ってフラーの言葉を聞いていた。


「企んどるのは恐らくお前さんを陥れた奴らと同じじゃ。」


ヴァースはまだ、何も言わない。


「まぁ、お前さんが戻ったとあれば、黙ってはおるまい。」


温室の庭のほぼ中央にたどり着いて、フラーは立ち止まった。ほぼ肩で息をしながら、両手を杖に乗せてヴァースの方に斜めに向き直る。ヴァースも立ち止まり、帽子の下からフラーと視線を合わせる。髭の下から、フラーがまた言葉を紡ぐ。


「暫くは動かんとも、あちらから動いてくれるじゃろう。」

「……願っても無い……。」


ヴァースは短く答えた。



つまりは、囮になれと。フラーが言っているのは、そういう事だ。空挺軍の反乱分子を炙り出すために。



だがそれがどうした。言った通り、願っても無い事だ。四年前に、自分と同胞を陥れた奴らに報復出来るのであれば。



「いっつも思っとったがな。」


フラーが急に、やや場違いな、力が抜けた様な口調で言った。


「あんた良くも悪くも目立つから正直向いとらんぞ、艦長なんぞ。有能な参謀が良いとこじゃ。」


話の逸れ具合に多少面食らって、ヴァースは今度は戸惑いで何も言えない。何を言いだすんだこの人は?


「強烈すぎるんじゃよ、存在自体。実は地味ぃーな役職じゃからな艦長っつぅのは。あんたみたいなんは大暴れして好きなだけ派手ぇーに目立てる役職の方が向いとる。」


ふ、とこみ上げてきた笑いに堪えきれずに吹き出しながら、ヴァースは答える。


「規律重んずる空挺軍の長には向かないと?」

「そうじゃそうじゃ。あんたなんかわしに使われて手柄立てとれば良いんじゃ。まだ若いんだからこき使われとれ、有能が。」


わざとらしく憎らしげに言われて、更に笑うヴァースを残してフラーは先に進む。


「そんなわけだから丁度いいぞ。適当な業務割り振っとくから、好きなだけ目立って構わん。釣りやすい様に護衛を厚くするのは辞めとこうかの。」

「ええ、それがいいでしょう。」


フラーの後を追って歩きながら、ヴァースは危険であるはずの提案に笑って同意する。


「まぁ、暫くしたら、昔の仕事に本腰入れて戻ってもらうつもりだがの。」


ヴァースはここでは、何も言わないことを選んだ。それを気に留めずに、フラーは続ける。


「惜しいのう。カリスマしかいらん恐怖政治なら向いとったぞお前さん。てっぺん立つのに。まぁ、親父さんはそんな感じで通しとったがな。」

「はは、そうかもしれません。」


少しの間を置いてから、ヴァースは清々しい諦めの滲んだ口調で続けた。


「結局のところ、私には父の様な野心が無かったのでしょうね。艦長の座に対する執着が足りないのですよきっと。」

「お前さんの場合別の方向に執念が向いてしまったんじゃろうなぁ。いやぁ、実に惜しい。」


ちっとも惜しくなさそうに、フラーは大袈裟な口調で言う。


「ちなみに言うと、わしの執念はあんたみたいな見た目も体格も頭も良くて、モテる奴らを見返す事じゃったよ。チビでデブじゃ策と権力ぐらいしか勝てんからな。それが見てみろ、あんたみたいなんがこんなんに使われとると来とる。ふん、ざまあみろ!じゃ。」


フラーの小さい子供の様なひょうきんな口調に、ヴァースは思わず立ち止まって声を出して笑ってしまった。勝てるのは、ユーモアのセンスもだろうとヴァースは思う。


「ええ、お見事です。流石ですフラー艦長。」


立ち止まって、楽しそうな笑みに崩れたヴァースの顔を見て、今度はフラーが少し面食らっている様だった。


「やっぱり変わったのう。お前さん。」

「え?」

「あいつに似てきたんじゃないのかの?」



あいつ。


誰の事を言っているのかヴァースは瞬時に理解して、同時に苦い感情が湧き上がるのを感じる。笑顔のまま、辛そうに眉だけが寄る。悲しそうな笑みだった。


その様子を見てフラーは視線を逸らし、執務室に向かってまた歩き出した。ヴァースも、何も言わずに黙ってついていった。



「あんたの元部下どもはまだ太陽系外のミッションに行っとるからのう。あんたが戻ってきたとなればまたあんたの下が色々便利じゃろうが、取り敢えず秘書を一人割り振っとく。わしの遠い親戚に当たるから、信頼は出来ると思うぞ。」

「ありがとうございます。」


執務室の外で、止めたあった浮遊椅子に再度乗り込みながら言うフラーを待ちながら、ヴァースは礼を言った。


「腕も立つ方だが、まぁ、自分の身を守るためにはっつぅレベルじゃからの。あと、美人だが男は好かんそうじゃ。変な気は起こすなよ?」

「はは、肝に命じておきます。」


さらりと返答したヴァースの言葉を聞いて、フラーは動きをピタリと止めた。怪訝そうにヴァースの顔を見上げて、何事か考えている様だ。その様子を見てヴァースは訳の分からない不安に襲われる。暫くして、フラーが訝しげに言った。


「お前さん、その辺おカタイ奴かと思っとったが、なんかその辺も色々吹っ切れたんかのう?」

「な、何のことです?」

「いやぁ、なんか慣れた流し方じゃったのう。」



しまった、この人察しが良すぎる人だった。



遠い昔、女より感が良いとか噂になっていた事を思い出す。現艦長の器は伊達じゃない。


この辺の話題は今後気をつけよう、とヴァースは心に誓う。


「お前さんやもめで独り身じゃろ?地上に好い人おって戻ってくるとも考えづらいしのう。親切のつもりの警告じゃったが、気にせんでも自分で色々何とか出来そうかのー。」


そう言って、浮遊椅子を操りながら室内に向かうフラーから、少し距離を置くためにヴァースは少しの間、その場に立ち止まることにした。



何と言うか、地上でのいろいろもあってその辺の事自体には手慣れたつもりだったが、それを他人に干渉されるのはまだ慣れていない様だ。出来れば放っておいてほしい。まさか他人に誇れる事なわけでもないし。



まぁ、そもそも今は間に合ってるし。




と、思った事を思い出して、コロセウム最上階の座席裏の通路で、ヴァースは一人咳き込んでいた。




間に合っているって何だ自分。



あの子とはまだ一回しか会ってないのに何様なんだ自分。



というかしっかりしろ自分。




と、ヴァースはこの後すぐ公の場に出る事になっている今の状況に思考を必死に戻そうとする。


そうだ、あの子も他の教え子達も、この場に来ているはずで……


「おお、おったおった。ここにおったか。」


と、つい一瞬前まで回想していた先日の面会の相手の声がして、ヴァースは立ち上がった。見れば、通路の先に、浮遊椅子に乗ったフラーがいる。グレーの制服を着た者たちが数名、周りを取り囲んで、ヴァースを睨むように見ていた。



ヴァースは帽子を被りなおしてからフラーに近づいた。通路にはヴァースの靴の音が響き、コロセウムの天井からの光と柱の影が、交互にヴァースに降り注いだ。光の中にいたフラーの横、暗い影の中で立ち止まり、敬礼をする。


「そう言えばお前さん、ここの勝手も分かっとったの。探す必要も無かったわい。」


そう言ってから、フラーはヴァースがいた方向とは逆に、浮遊椅子を操ってするすると進んでいった。ヴァースは、グレーの制服を纏った者たちが全員、ヴァースから視線を外し歩き出すまで待って、その後をついて行く。また、光と影が交互に降り注ぐ。



「一言挨拶してもらうからの。そのつもりで宜しくな。」


少し遠くで言われた言葉は、通路の中で反響して、ヴァースに問題無く届く。


「はい。」



これは、宣戦布告だ。


ヴァースは心の中で呟いた。



自分と同胞を陥れた者達への。




あいつの、仇への。

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