Scene 44. 受理と、遠い。

会場の全員に、その場に直るよう号令がかかった。皆、一歩前に出て帽子は外したままだ。少尉の一人が更に前方に進み、一人再度敬礼をしてから拡声器のスイッチを入れる。


「任命賜るマザー・グリーン空中船艇軍の少尉、初等空士、初等技術空士、初等準空士、准将を代表し、地表の平穏の為に、その使命を果たすことをここに誓います。」


再度、会場に拍手が沸き起こる。ヴァースは帽子を抱え、フラーの方を向いて立ったまま、上官も代表して宣誓しなければならない士官学校主席など前代未聞だろうな、と思う。自然とこみ上げて来た笑みに堪えながら横目で三衛星を伺うと、至極楽しそうにしている様子が伺えた。


宣誓をした少尉はグレーの制服の男の後について、開かれた正面の格子戸の中に入っていった。同時にフラー艦長が、浮遊椅子のままステージの階段を降り、一つ下段に降りて来る。士官学校の主席が、艦長自らにバッジを受け取るのだ。




遠いなぁ。



式典の進行を、何処か他人事の様に眺めながら、ミィヤは思っていた。


一番高い場所で、帽子を抱えて立ったままのヴァースを眩しそうに見上げる。


私が帽子を外しても、あの人がこちらを見てくれたとしても、こんなに大勢の空士たちの中ではあの人は私に気付きはしないだろう。


ミィヤはヴァースとの距離を実感して、気持ちが沈んでいくのを感じていた。数日前にすぐそばに居た筈の人物は、今はまるで別の世界にいる様だった。見える場所にいても、実際の距離ではなく立場の違い。その2人を分かつ見えない壁が大きくて、切なくなった。



ミィヤは必死に思い出そうとした。ジェットに乗ってしがみついた背中や、自分に向けられた笑顔、車の中で抱きしめてくれた時の温もり、涙を拭ってくれた優しい指先、力強い腕、そして、頬に触れた唇。ついさっきまでは思い起こすだけで身体の中が熱くなる様な感覚があったのに、今はどうしてだか、それら全てが幻だった様な気がしてならない。



あれは全部、私の夢だったんじゃないのか。



私と一緒にいたことなんて、あの人にとってはこれっぽっちも意味のあることでは無いのではないか。また声を掛けてくれることなんて、もう無いんじゃないか。そう思えてしまって、ミィヤの心は沈んだままだった。


ミィヤはこの時を心待ちにしていた筈だった。憧れのマザー・グリーンの一員となり、その使命を果たす。幼い頃から、誰よりも強くそれを願っていた筈だった。それなのに、今あの人が遠いというだけで、溢れてくる筈の喜びが感じられない。



側に来れた筈だったのに、こんなに遠い。私は、あの人の前で何てちっぽけなんだろう。



あの人に言ったはずの言葉が、今この瞬間はとても陳腐に感じられた。あんな事を言うのはおこがましいのかもしれない。あの言葉を思い起こそうとすると、喉がそれを邪魔する様にぐぅと締め付けられて苦しかった。




ステージに上がった少尉が、浮遊椅子から降りたフラー艦長にバッジを受け取って、再度会場は拍手に包まれた。場内の一同にもう一度敬礼が促され、直る時には全員が一歩後ろに戻り、再び帽子を被った。ヴァースも、帽子を被りなおして椅子に座りなおす。


「お疲れ様。」


隣のラピーテンが小声で言う。ヴァースは小さく肩を竦めてそれに応えた。


式典は進み、それぞれの部門の代表者たちが紹介されていった。名を呼ばれた者はステージの両脇にある座席から立ち上がる。最後は三衛星の紹介だった。


「第一艦隊隊長、アダム・レオン・デューモ・シャークマン大将。」


「第二艦隊隊長、ジョシュ・ラッザリーニ・アレン大将。」


「第三艦隊隊長、メラニー・ドリアーナ・ラピーテン・サンチェス大将。」


それぞれ呼ばれて、椅子から立ち上がる。場内にいた新任の空士たちは初めて上官達と向き合い、自分の目に焼き付ける様に、その姿をそれぞれの思惑で見上げた。再度全体に敬礼の号令が降り、大勢が同時に地を踏む音と、靴のぶつかる音、そして、敬礼を取る腕の衣擦れの音が響いた。

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