Scene 45. 受諾と、違和感。

「次に、アクレス准将殿に、ご挨拶いただく。」


進行役である、最下層のステージにいる男が言って、今度こそヴァースは呆れてしまった。


おいおい、祝辞も無いまま俺に喋らせる気か。


フラーの方を再度見るが、相変わらずフラーは知らんぷりだった。


着任式は、新任の空士達の士気を高めるためのものであるはずだった。艦長直々の言葉は着任式と言えど与えられないにしろ、既存の上官代表の挨拶も無いままで、戻って来たとはいえ着任したての者に喋らせるのは果たして適切なのだろうかと、ヴァースは困惑する。これではまるで自分の「再着任」を知らしめ、「准将」の存在を印象付ける為だけの会合だ。


横をちらりと見たが、三衛星は相変わらずすました笑みをたたえたままだった。



フラーが言っていた「不穏な動き」に関して、ヴァースはまだ追求していなかった。フラーが言った通り、自分が任務を始めれば向こうから動き、直ぐに明らかになると思っていたからだ。派手に動いて良いとは言っていたが……公の場でこうまでして牽制しなければならない、切迫した状況なのか。それともこれは挑発のつもりなのか。


フラーの真意を測りかねて納得いかないまま、周りにそうと悟られることがない様にヴァースは颯爽と立ち上がり、ステージの左右にある階段の片方から、一つ下の階層へ向かった。聴衆を前に指名されてしまっては、まさか断るわけにはいかなかった。


悠々と階段を降りながらヴァースは思う。全く、こんな茶番に振り回されてしまっている新任の士官と空士達、それに、ここで挨拶をする筈だったであろう、差置かれてしまった上官が不憫だ。それとも自分からの言葉が、彼らにとってそんなに大きな意味を持つものだとでも言うのか。



その最後の考えはほぼ的を得ていたのだが、本人には知る由もなかった。


ヴァースはまだ、自分の存在を過小評価していた。ヴァース自身にとって自分は責任を放り出した謀反者だったが、彼の英雄と言われた士官時代を知る者達は、一般の若い世代にすらまだ沢山いた。それに憧れて育った者達もだ。ロブソンはその1人だ。艦長を務めた時期が短いだけに、公にはむしろ未だにそちらの印象の方が強いほどだ。勿論、その容姿が群衆からの好感度に大きく拍車を掛けてはいる。


聴衆は、固唾を飲んでステージの階段を下る「元英雄」を見つめた。そして多くの者は、四年前の突然の退任に関する言及を期待していた。



一つ下の階層に着く。ヴァースはやれやれと内心溜息を吐きながらも腹をくくる。この後別の上官からの言葉があるかも分からなかったが、その晴れ舞台を利用されてしまっている新人達に、せめてもの償いに祝福の言葉をかけてやろう。


再度の敬礼の号令が降り、ヴァースと一同はステージの手摺を挟んで向き合った。


襟元にある、制服に標準で装備されている通信用マイクのスイッチを入れる。ヴァースの声は場内の拡声器に拾われ、会場中に響きわたった。


「ジェイスン・T・アクレス。本日を持って、正式に空中船艇軍の准将として着任した。」


ヴァースは場内にいる全ての者の視線を浴びながら、その一つ一つを見つめ返す様に会場を見渡した。




「おお、何だよスピーチまでやんのかよ。」

「や〜ん、先輩かっこいい〜〜〜!!」


スクリーンを覗いてビールの瓶を傾けながら言ったビーに、ベッドにうつ伏せになって自分のバストをクッションにして顔の横で手を組んでいるリディが、着任式を見始めてからもう何回目か分からないほど繰り返した言葉で続く。リディの膝から下の足が、バタバタと布団を叩く。


「流石は元艦長様だな。こんな大勢の前に立っても澄ましてやがる。」

「あーん、かっこいい〜〜〜!!」


流石にリディの止めどなく続く悶える様な賞賛の言葉がウザくなって来たビーは眉を寄せたが、呆れてしまって何か言う気にはならなかった。リディも既に数本ビールを空けていた。


「会場の奴らはラッキーだな。直々にお言葉頂けるなんてよ。それにしてもどんな心境なんだか。一度抜けて戻って、直ぐに公の場で喋らされるなんざ……」




ビーの言葉はそこで切れた。



しばらく経ってもビーが黙ったままだったので、違和感を感じたリディは、まだフラフラ動かしていた足を止めて、斜め上から同じスクリーンを覗き込んでいるビーの顔を見上げた。



ビーは表情の無い顔で、スクリーンを見つめていた。中途半端に開いた口に寄せたビール瓶が、これまた中途半端な距離で空中で止まっている。リディが怪訝に思いながらスクリーンに視線を戻せば、ちょうどヴァースが喋り始めたところだった。物凄いかっこいい人が映っていること以外は、特におかしい物は見当たらない。


リディはもう一度ビーを見上げたが、ビーは固まったままだ。その瞳に、スクリーンの光がチラチラ反射して見えた。


「ビー?」


何か得体の知れない不安を感じて、リディは声をかける。ビーはまだ動かない。


「ビー?どしたの??」


リディは今度は、その注目を要求すべくベッドから身を起こし、乗り出してビーとスクリーンの間に自分の顔を割り込ませる様にして声をかけた。



「……別に……」


表情も視線も変わらないまま、小さくビーが答える。止まっていたビール瓶がその動きを取り戻して、やがてビーの唇に辿り着く。


スクリーンからは目を離さずに大きく一口煽ると、ビーは何事もなかったかの様に流暢に言った。


「ところで防護班の着任式っていつも一般に放送されてんの?よく生放送で内部なんか映すな。」


いくら大勢の晴れ舞台だからと言って、母艦の内部と軍の要人達の姿を露わにしてしまう映像が生放送で見れてしまう状況に対して、ビーが疑問を露わにする。


「あー違うのこれハッキングぅー。」

「は???」

「もー母艦のシステム、セキュリティがガッバガバでぇー。」

「……まじか。」


こちらも先ほどの違和感など忘れてしまったかの様にさらりと言ってのけるリディに驚愕しつつ、着任もしてない初等技術空士しかも生活管理班の小娘にハッキングされるとか、大丈夫かなあたしの就職先、と、ビーは物凄い今更な不安を覚えながらまたビールを煽ったのだった。

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