Scene 30. 詮索と、漏洩。

「ところでみぃちゃん、デートはどうだったの?」


ニールに担がれてバスルームに運ばれるサヴァナの微笑ましい様子を見送っていると、突然、すぐ隣からエリアナが小声で聞いて来た。ミィヤの身体がギクリと強張る。


昨晩、エリアナは一度夫であるニールの実家に子供と戻っており、今日はミィヤの晴れ姿を見るために親子でまた会いに来てくれていた。ミィヤが夕刻には出発してしまうことを知っていて、ここぞとばかりに探りをかけているのに違いない。年下の従兄弟であるケントは興味が無いのか男子はそういうものなのか特に詮索しようとはしてこなかったが、仲の良い女子同士ではこういう話題に関する追求は避けられないのかもしれない。聞かれるかなぁ、とは思ってたけど、しまった、なんて答えよう。ミィヤは昨晩親友2人にがっかりされて苦い思いをしているからか、何だかより一層物凄く喋りずらかった。


「ど、どうって?」

「あらー、やっぱりデートだったんじゃなーい。」


エリアナは嬉しそうにミィヤを肘で小突いてきた。しまった、そこからか。もしかしたら避けられたかもしれない会話だったという事実が悔やまれるが手遅れだ。


「それで、どうだったの?」

「んー……まぁ、楽しかったかなー……」

「んもー、もっと詳しく聞かせてよー。」


ミィヤは視線を逸らして、上擦った声で曖昧な言葉を返す。避ける様にリビングのソファに移動して座ったが、エリアナは距離を詰めて座ってきた。どうって言われてもどの辺を話したらいいのか分からない。相手が誰かこの段階で伝えるのは大騒ぎになりそうだから嫌だし、なんか色々、言わないでおきたいこともあるし。だって……


(大切にします。)


自分が言った言葉を思い出して、その時の気持ちを思い出す。そしてさっきの罪悪感。


大切なひと。でも、大切にするってどういうことなんだろう。あんな風に思ってしまう自分に、本当にあのひとが大切にできるのだろうか。



「ねぇ、相手の人って、やっぱり同じ職場の人?」


物思いに耽りそうになった所にまた質問されて、ミィヤはまた硬直する。あぁ、できれば答えたくない。しかし嘘がつけない性格のミィヤは、明後日の方を向いて言葉を濁すことしかできなかった。


「うーん……まぁ、そうなるのかなー?」

「だよねー。半年の実地訓練の後なんだからそうだと思ったー。」

「って事は上司か。」

「だろうな。あのくらい離れてたら……」

「まぁっ、みぃちゃんだいたーん。」


エリアナの言葉に続いて聞こえてきた囁き声に驚いて振り向けば、絶妙な距離でケント、叔父、叔母が聞き耳を立てていた。いつの間に皆んなそんな近くにっ。これで全員に筒抜けである。


「何してる人?もしかして偉い人?めっちゃかっこよかったけど。」

「でしょう!?」


家族全員に知られたことでショックを受けていたミィヤに遠慮せずエリアナはまた聞いてきたが、ミィヤは最後の部分にだけ思い切り同意した。最初の二つはあまり答えたくないので、できればこのまま誤魔化したい。


「なんて言うか、品があるのにワイルドと言うか?」

「でしょっ、でしょっ!?」


続けて言ったエリアナの手を取って、詰め寄る様にミィヤは繰り返した。先輩の格好良さを分かってくれるのは、純粋に嬉しい。



ごほん、と咳払いが聞こえて、何か圧のようなものを感じてミィヤが振り向くと、別の椅子に座っている叔父と目が合った。


「ミィヤ……」


叔父は、真剣な表情ではっきりと聞いてきた。


「相手の男は独り身か?」

「ちゃんと独身ですっ!!」


即座に勢いよく返事はしたが、あぁ、そう断言できるまでバレなくて良かった、とミィヤは心の中で安堵していた。



「相手がいたらあんな堂々と迎えに来ねーだろ。」

「あら、分からないわよ〜。」


ケントの言葉に、エリアナが怖いことを言う。


「彼はずっと1人だったの?みぃちゃんラッキーねぇ。」


とは叔母だ。


「えー、あの見た目でずっと1人とか、それもなんかおかしくない?みぃちゃん大丈夫?」


と、エリアナが続けて、ケントが口を挟んだ。


「結婚してなかったってだけだろ。ずっと1人なわけあるか。」

「えー、じゃあ遊んでたのー?それもどうなの?決断できない男?」

「俺に聞くなよ。」


ミィヤの返答を待たずに進んだ会話の最後にケントが言った後、全員がミィヤの方を向いたので、ミィヤは逃げる決心をした。この辺は流石にもう本人がいない所でベラベラ喋るわけにはいかない。



「あのっ、汗掻いたら嫌なので着替えてきます!」



と、言って立ち上がった時に、



「みぃちゃーーん。」


と、行水だけで済ませたらしいサヴァナが肌着だけでバスルームから走ってきたので、


「あ!さぁちゃーーん!!」


と言いながら、ミィヤは助かったとばかりに駆け寄って3歳児を抱き上げた。窮地から救ってくれたことの感謝も込めて、思い切り抱きしめてやる。サヴァナは転がる様な高い声で笑った。まだ湿っている柔らかい髪が頬に触れる。



「おい、着替え何処に入れたっけ?」


と、後からバスルームを出てきたニールがエリアナに言い、


「んもう、そう言うのは先に用意するのっ。」


と、エリアナは自室の荷物を取りに行ってしまったのだった。

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