Scene 14. 空と、水鏡。

風になったようだった。



遠くに見える地平線まで、どこまでも続く新緑の絨毯が眼下に広がっている。青空を反射したキラキラと光る水面が、現れては過ぎ去っていく。風をはらんだ上着の裾が、バタバタと背中を打った。


ヴァースが少し速度を落としたので、ミィヤは目的地が近いのかと思いを巡らす。周りには、もはや人工物は何も、道路すらも見当たらなかった。遠くに大きな山脈が見える。



『ミカエルソン。』


声をかけられて、ヴァースのヘルメットを後ろから見上げた。ヴァースは顎を左にくいと上げる。


『下を見てみろ。』


言われるままに見下ろすと、下は水場の多い湿地帯になっていた。遠くから見ると苔の塊のように見える緑の合間の水面が、鏡のように青空を写している。その鏡の上を、何か動くものがあった。


『あ。』


茶色い点がいくつも、一方向に向かって動いている。気づいたミィヤに、ヴァースが言う。


『鹿だ。』


ヴァースは急降下すると、鹿の群れの真上について飛んだ。部外者の接近に気づいて慌てた鹿たちは、葦の生い茂る水辺をジャンプしながら進んで行く。母親について必死に跳ぶ子鹿もいた。


ヴァースは更に高度を下げて、水面すれすれを飛んだ。ジェットの風圧が、水面を切ってめくり上げるように水を巻き上げる。追っ手を撒こうと、左右に方向を変えながら風を切って跳ぶ鹿たちの横を離れないように、ヴァースはジェットを器用に操った。


ヘルメット越しに、ザブザブと水を蹴る音が騒々しく聞こえる。ミィヤより大きい、毛皮に包まれた躍動感の塊が、手の届く距離で地を蹴って跳ねた。息づかいさえ聞こえそうだ。鹿が蹴り上げる水飛沫が光を跳ね返して舞い散り、ミィヤの袖とヘルメットスクリーンにパラパラと降り注いだ。



ほんの数十秒の出来事だった。やがて鹿たちは水辺からより木々の生い茂った陸へと逃れ、ヴァースは高度を上げ、地面からは離れて行く。


ミィヤは後方下に過ぎ去っていく、鹿たちのいた場所を目で追う。木々の隙間から、逃げ惑って離れてしまった群れが一つに合流しつつあるのが見えたが、鹿たちはまだ安心出来ず、出来るだけ脅威から離れようと移動し続けているようだ。ヴァースのジェットと鹿たちが残した軌跡が、水面に残って揺らめいていた。



『驚かせちゃったな。』

『凄い!あんなに近くで初めて見ました!』

『俺もあんなに近づけたのは初めてだ。上手く行った。』

『凄ーい!!』


ミィヤは興奮を隠せずに、何度も声を上げた。


『この辺ではよく見るんだ。もうすぐ着くぞ。』


そう言われて、ミィヤはヴァースの傍から、ジェットの進む方向を覗き込んだ。岩肌の露わになった丘と、深い青の水辺が見えた。

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