Scene 15. 湖と、岬。

ヴァースは、岩肌と下草に覆われている、開けた地面にジェットを停めた。2人とも、ジェットを降りてヘルメットを外す。


「わぁ……」


そこは大きな湖を臨む岬だった。


ミィヤは思わず感嘆の声を上げながら、岬の先端に向けて数歩進んだ。両端が視界に入らないほど湖は大きい。崖の下の水は深く、吸い込まれるような緑と青色だ。連なる緑の山々に、対岸の岸辺の灰色と土色のラインが挟まれるように見えている。そしてその奥には、雪を被った山脈がそびえ立っていた。


「綺麗だろう。」

「はい!」


すぐ後ろからのヴァースの問いかけに、ミィヤは振り向いて元気に答えた。また湖の方を向いて、素晴らしい光景を目に焼き付けようとするように、対岸の景色に視線を走らせる。



母艦と地上を行き来する防護船での6ヶ月の訓練の間は、自然豊かな場所を訪れる機会などは無く、遠くから地上の緑を眺めるだけだった。実家に戻って吸った山の中の空気のなんと美味しかったことか。自然に囲まれた場所は、どうしてこう心地よいのだろう?そして更に壮大な景色を今見て、ミィヤは随分長い間感じたことの無い開放感を感じていた。そしてそれは、ヴァースも同じらしかった。


ヴァースはヘルメットとグローブをジェットに置いて、伸びをしながら進み、崖に向かってミィヤの横を通り過ぎた。草に覆われた地面の上にどさりと腰を下ろし、大の字になって寝転がる。澄んだ空気を味わうように、大きく深呼吸をした。ミィヤはその無防備な様子をついまじまじと見てしまったが、意を決してヴァースに近づき、その隣に腰を下ろした。



柔らかい風が、髪をふわりと揺らす。


「良いところだろう。」


ヴァースは寝転んだまま、頭の後ろで手を組んで言った。ミィヤは、景色を眺めたまま答える。


「はい、凄く。」

「2年くらい前に見つけたんだ。俺の家からは結構近い。」


どの辺りに住んでいるのか、とミィヤは聞きたかったが、やはりまだ緊張して聞けなかった。


「今日は最高の天気だな。」


そう言われて、ミィヤは空を見上げた。雲ひとつない。ミィヤはヴァースの真似をして、思い切って寝転んで見る。頭に芝がチクチク触れたが、日差しが暖かかった。風にさらされていた身体が、少しずつ温められていく。遠くに、聞いたことのない鳥の声が聞こえた。


「最高ですね。」

「ああ、本当に。着任すれば、また暫くは来れなくなるな。」

「ですねぇ……」



開放的な場所と穏やかに進む時間に、緊張は少しずつ解けて行った。ミィヤは戸惑うことなく、ヴァースの言葉に応答する。


「良さそうな人達だったな。」

「私の家族ですか?ふふ。」

「ああ、賑やかそうだ。」

「はい、凄く賑やかです。今日はいなかったですけど、いとこの旦那さんとガールフレンドと、ご近所さんも昨日はいて、一緒にお祝いしてくれて。」

「着任祝いか?」

「はい!私が戻るときはいつも来てくれて。でも昨日は凄かったんです。食べきれないくらい料理を作ってくれて。ふふ。」

「へぇ、それは良かったな。」


ヴァースはミィヤのほうを向いて、片肘を立てて手に頭を乗せた。


「ずっと夢だったんだもんな。」

「へ!?」


母艦着任は、その通りミィヤの幼い頃からの夢だ。せっかく落ち着いていたミィヤは、何故そんなことを知っているのかと驚いて飛び起きた。


「いつだったかお前、ロビンソン達に熱心に語っていただろう。食堂で。」

「え!」

「随分熱く語ってたから、よっぽど好きだったんだろうなと思ってな。」


そう言われて、ミィヤはマイクとロブソンを相手に、防護船の食堂でマザー・グリーンの歴史を通しで話し続けたことを思い出した。



珍しく5人が揃って昼食を食べていたときだ。昼食を既に食べ終え、ミィヤの語りは既に何度も聞いて聞き飽きていたリディとビーはまた始まったと遠慮なく食器を下げて自室に戻ってしまったが、マイクとロブソンは語り続けるミィヤを無下に出来ず、制限時間いっぱいまで相槌を打ち続けてくれたのだ。確実に、ミィヤがこの2人に対する信頼を深めた出来事だった。


「聞いてたんですか!?」

「はは、お前、俺と指導員達が入って来たのも気づいてなかったな。」


楽しそうに言うヴァースに、ミィヤは両手で顔を覆ってコロリと倒れるようにまた横になった。夢中になって話して、後で少し後悔したようなところを見られていたなんて!恥ずかしさで息が出来ない。ヴァースはそんなミィヤを見てまた笑いながら、追い討ちをかけた。


「あんなに熱く母艦を語る奴は、初めて見たぞ?」

「先輩、やっぱり意地悪ですね……」

「はははっ!!」


詰まったような声で小さく呟いたミィヤに、今度はヴァースは大きく声を上げて屈託無く笑いながら、またドサリと背を芝生に預けた。その声を聞いて溢れてくる、恥ずかしさではない何か他の感情に、ミィヤはさらに胸が詰まる感じがしていた。




「良かったな、着任が決まって。」

「……先輩のおかげです。」


ミィヤはやっと、呼べと言われていた敬称でヴァースを呼べた事にこっそりホッとしていた。そして、試験結果を考慮して、偶然起こった実戦での成績を適用してくれたことを思い出す。幾許かの努力を費やして、隣にいるヴァースを視線を向けて言った。


「ほんとに、有難うございました。」

「俺は何もしてないさ。あれは当然の対処だよ。」


ヴァースは微笑んで言いながら、また芝生に乗せていた頭の後ろで手を組んだ。


「お前はできるやつだって分かってたからな。才能あるやつを、適切な管轄に配属させただけだ。軍全体の利益を考慮して、指導者として当然のことだよ。」



分かってたからな。



その言葉に、ミィヤは思い人からの理解を嬉しく思うとともに、湧いてくるまた別の感情に少し怖くなった。



この人も、私と同じ気持ちで、私を見ててくれたんだろうか。



そんな期待をしてしまう自分が、怖かった。

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