Section 4. デート。
Scene 13. ジェットと、つぶやき。
ミィヤの実家は、訓練校のある港からは随分離れた、いくつもの支流が流れ合流する緑地帯にあった。河川沿いを車両で走れば対岸を走る車が豆粒に見えるほど本流の川幅は広く、整備された道路から水面までは高い崖になっている。大きな集落からは離れており、まばらにしか無い民家へ繋がる細い道は、ジェットで飛ばしても数分に一回通り過ぎるくらいだ。道路の隣は大きな針葉樹林と様々な広葉樹林とが立ち並ぶ森が広がり、遠くには雪を被った山も見えた。
『良いところだな。』
川沿いの道路に沿ってジェットを走らせながら、ヴァースはヘルメットの通信機越しにミィヤに言う。
『寒くないか?』
『大丈夫です。』
言いながら、なんかもう、ほんとに恋人同士みたいだぁ。と、ミィヤはヴァースの背中でうっとりしていた。
『ジェットは乗ったことはあるのか?』
『いえ、初めてです。ビーは機械詳しいんですけど、私はからきしで。』
『ブリッジスか。はは、あの様子じゃそうだろうな。』
PMJでヴァースのジェットを見た時のビーの興奮のしようを思い出して、ヴァースは笑いながら言う。
他愛もない会話だ。しかし数日前まで雲の上の人だった人と、しかもしがみついた状態でおしゃべりをしていることが、ミィヤはまだ信じられない。夢みたいだ。
班長はジェット好きなんですか、と聞きたかったが、「先輩」、と呼ばなければいけないことを思い出して、ミィヤは質問を躊躇った。なんだか物凄い照れ臭い。
『ところで行きたいところがあるんだが、』
『え?』
『少し遠いんだ。』
何処ですか?と聞く前に、ヴァースは続ける。
『だから少し飛ばすぞ。』
キィーンとエンジン音が大きくなり、ぐん、と加速が身体に伝わってきた。服にぶつかってくる風も強くなる。ミィヤは思わずヴァースにしがみつく腕に力を込めた。密閉された車両や船と違って、風圧に晒されて動く機体に乗っているのは少し心許ない。
『それと、あの時も言ったが、』
風とエンジンからくる騒音が大きくなったので、ヴァースは少し声を張り上げて続けた。
『これは軍用モデルでな、一般向けは高度と進路に無線で制限がかかっているんだが、』
ぐ、と身体が下に押し付けられる感覚があった。
『これにはかかっていない。』
ジェットが高度を上げたのだ。
『ひゃあ!?』
浮き上がった機体が急に高度を安定させた時の胃が浮く感覚に、ミィヤは小さく声を上げてしまう。
少しヴァースが笑ったのがジャケット越しの身体のひくつきでわかって、ミィヤは恥ずかしくなった。自分は初等空士候補だっていうのに!これは何度も体感したはずの感覚なのだ。
『訓練したはずだったがなぁ。』
ヴァースの明らかにからかうような口調に、ミィヤはさらに恥ずかしくなってしまった。思わずヴァースの背中にヘルメットを埋めるように項垂れる。そして、
『いじわる……』
と、思わず小さく声に出してしまい、
瞬間に通話が繋がっていることを思い出して、
ミィヤはここ数日何回か目の全身の血が引く感覚を覚える。
やっちゃった……。
ふ、と今度は息を吐く音がはっきり聞こえて、また身体のひくつきが伝わってきた。ミィヤはますます項垂れて、捕まっていたヴァースのジャケットをぎゅうと握りしめた。胸が詰まる。穴があったら入りたい気分だった。
幸いなことに、ヴァースはそれ以上は追求せずに、
『振り落とされるなよ?』
と言って、ますます高度とスピードを上げた。
『ああ、あと、言っとくが、』
ヴァースは思い出したように、風が起こすがわがわとうるさい音に負けないよう更に声を張り上げて続けた。
『これは一般では違法走行だから、』
『えぇ!?』
『言いふらすなよ?』
緑の海と青い曲線の上に、ジェットを矢のように飛ばしていくヴァースに、
やっぱりわたし、マイペースな人を引きつけるんだろうか。
と、ミィヤは確信に近い考えを浮かべた。
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