Scene 64. 興奮と、乙女心。

「俺は少し準備があるから、お前らウォームアップだけして来い。30分後にエントランスでな。」



ヴァースにそう言われたので、三人は取り敢えず軽いジョギングから始めることにして、二階のランニング用のトラックを揃って走っていた。


「ふふふ、やったぜ……やったぜ!先輩と……くぅーっ!!」


幼い頃からのヒーローと時間を過ごせることがよほど嬉しいのか、堪え切れないと言った様子で何度も何度も小さくガッツポーズをしたり、嬉しそうな悲鳴を上げながら、ロブソンはスキップ混じりに走る。速度も抑えられないのか、いつのまにかミィヤとマイクよりも先を走っていた。マイクはさっきから呆れたため息ばかりだ。


「ロブソン、お前少し落ち着けよ。」


苛立ち混じりにマイクに言われても、ロブソンはなびかない。


「バカ言え!落ち着いていられるかよ!英雄だぞ!?あの英雄が相手してくれんだぞ!?ワクワクしないのかよ!!信じらんねぇ!!」


ぴょんこぴょんこ横っ飛びをしながら振り向いて、足を止めずに主張してくるロブソンに、マイクはもう何も言うまいと首を振り、代わりに隣を走っているミィヤに声をかけた。


「准将が言ってた、もっと面白いものって何だろうね?」

「さぁ……」


そう小さく呟いただけのミィヤをふと不思議に思い、マイクはミィヤの顔を覗き込むようにして再度声をかける。


「ミィヤ?」

「あ?うん?な、なに??」

「どうかした?」

「あ、いや、な、何でもないよ!何でも!!」

「そう?」


まだ訝しげにしながらも前方に視線を戻したマイクにホッとしながらも、ミィヤの心中は暫くぶりの−−−と感じつつも実際はたった数日ぶりの−−−カオスと化していた。



会えて嬉しい。でも二人にバレたらどうしよう。それはこの際しょうがないか。でもロブソンがこんなにがっついてたら私が構ってもらう隙があるだろうか。ロブソンめ。さっきも勝手にHAPCOに誘って。そしてあんなに明け透けに振る舞えるなんてズルい。先輩も、邪険にしないのは慕われて嬉しいからなんだろうか。……え、もしかして私、そんな中の一人でしか無い?ええっ!?先輩ってば私とロブソンのどっちが大事……。



と、そこまで考え始めてしまって、流石にミィヤは行き過ぎた不穏な思考を振り払おうとプルプルと首を振った。


「……ミィヤ?」

「あ、ご、ごめん!本当になんでも無いの!!えーとホントになんだろうね!面白いものって!」


挙動不審なミィヤに再度声をかけてきたマイクに、ミィヤは慌てて答えてごまかした。



ふと、ミィヤの視界に、つい先程までいたテニスコートがランニング用のトラックの柵越しに入って来る。


ミィヤはついさっきすれ違ったばかりの女性を思い出した。


多分、上の階から見つけた時、あの人は先輩の側にいた。


本当に綺麗だった。体の作りが自分とは何から何まで違う様にすら見えて、これで同じ女性なのか、むしろ同じ種族なのかと瞬間思ってしまったほどだった。あんなに弱く儚く嫋やかになぜ存在できるのかと、不思議ですらある。



ヴァースがロブソンからのHAPCO対戦提案に乗らなかったことに、ミィヤは心底安堵していた。身体を動かすのは小さい頃から好きだったし、防護選考を目指してからは体力勝負になるであろう将来の為に、進んで身体を鍛えた。親友達とゲーム内であっても競い合って、お互いを高め合っていく感覚は楽しかったし、その事に関して誰に何を言われても気にしたことはなかった。これは全て、自分の夢のためなんだからと。


しかし何故か、ヴァースの前で自身のいわば戦闘力とも言える部分を誇れるかと考えると、とんでもなく抵抗があった。自分で選んだ事であるはずなのに。こんな風に感じたのは、生まれて初めてだった。


ミィヤは混乱していた。マザー・グリーンの防護部門を目指してから、女である事を煩わしいと思ったことすらあった。それが、ヴァースと出会って変わってしまったのだ。あの人の前では、「女」でありたい……。


そう考えた自分を自覚して、ミィヤはまた首を振った。おかしな話だ。何をしていようと私が女性であることは変わらないはずなのに、先輩が相手となると、途端に自分の全てを疑いたくなるのだから。


あの綺麗な女の人は、きっとこんな不安を感じる事なんて無いに違いない。あの人はいつも先輩の側にいるんだろうか、と考えて、ミィヤは胸にもやりとした翳りが湧くのを感じていた。



「うおーーーーっ、燃えるぜーーーっ!!」


とか叫びながらラストスパートをかけて遠ざかっていくロブソンのお陰で、ミィヤは思考の奥深くから引き戻される。


「……あいつ、准将に相手してもらえる前にバテるんじゃないか?」


隣で、本日何回目になるかわからないため息をつきながら呟いたマイクに、ミィヤは苦笑を返したのだった。

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