Scene 73. 牽制と、押し。

カネムラとの手合わせを終えた時、彼女との一戦にはそれほどの期待をしていた訳ではなかった。


目の前で友人二人–––しかもどちらも男でそれなりの実力者–––を、かなり圧倒的にのしてしまったのだから、いくらテコンドーの経験者とはいえ怖がられても仕方がないと思っていた。ダメ元で、冗談交じりで誘ってみたつもりだったが……。



この場所に着いてからの振る舞いと、ロビンソンに強引に押されている様子から見ると、確かに自分との手合わせを避けようとしているのは見て取れたが、伝わってきたのは恐怖とは全く違った感情だった。どうやら、自分の意図とは関係無しに強引に事を運ぼうとしているロビンソンに対して怒っている様だ。


そしてその怒りの背後に見えたのは、回避への欲求。



何かを、隠そうとしている……。



自分に対する怯えが全く見られない事でまずその余裕を面白いと思ってしまったが、それよりも、その隠している何かを暴いてやりたくなった。




そもそも三人に対戦シュミレーションのゲームでは無く実戦での手合わせの提案をしたのは、三人の格闘技の経験を覚えていたこともあったが、ジムで遭遇した時、彼女が相変わらずこいつら男二人と一緒にいたのが気に入らなかったからだ。


どこからどう見ても色気のある関係ではなさそうだが、着任式でも一緒にいたし、いかんせん「いつでも一緒にいる」感があるのが気に食わない。


訓練を引率していた時から思っていたが、何でこいつらは良い歳した男女でこんなに仲が良いんだ……。特に仲良し五人組の残りの二人、しかも女子である二人組は地上勤務で母艦に来ていない。まさか、こいつら後の女子二人抜きでも今まで通りべったりしているつもりじゃ無いだろうな?



気に食わん。


俺は訓練の時みたいに側にいれないというのに。



自分の見立てでは、二人は彼女から「男」としては見られてはいない様だったが、万一と言うこともある。なんと言ってもこいつらは若い。男女の友情なんて物が存在しないとは言い切れないが、健康的な若者が魅力的な女子と一緒にいてやましい気持ちになんてならない方がおかしい。


そうだ、こいつら寮も同じだったりするのか?訓練小隊まで同じだったら、食事やら艦外訓練も同じで四六時中一緒なんて事も有り得る。狭い訓練船なら就寝場所が同じなんて事も……。


けしからん。


間違っても友人以上の関係に進展しない様、目の前で力の差を見せつけて牽制しておかなければと思った。



まぁまだこいつらには言っていないのか、見たところカネムラの方はとにかくロビンソンは確実に、自分とこの娘との関係は知らない様だが……知っていたら流石に、親密な関係になりつつある女性を差し置いてあんなにおおっぴらに懐いて来はないだろう……多分。相当な馬鹿でなければ。そう思いたい。流石に。




しかし二人との手合わせは思いがけず楽しいものだった。どちらも全く遠慮をせず、全力で向かって来た。二人とも、自分を尊敬はしていても、その階級や職位に気後れする様子は全く見られず、自分への攻めの手にも戸惑いは無かった。リングの上では平等で、純粋に力だけをぶつけて来た。


この地位にあっては、それは貴重な経験だ。


社会的なしがらみを排除して拳を交えられる機会は、意外にも名案だったのかも知れない。ただ行動や飲食を共にするよりも、より踏み込んだところで繋がりを感じられる。まぁ、自分がそれにはしゃぎ過ぎてやり過ぎた気もするが……。



特に躊躇なく禁じ手を応用して来たカネムラ相手には、思わず「正しい」反応をしかけて焦った。危うく元教え子に致命傷を与えるところだったが、何とか最悪の事態は免れて胸を撫で下ろした。ロビンソン相手にも、力の加減を誤って早々に手合わせを終わらせてしまった。もっと遊んでやるべきだったのに。


どちらも、もっと経験を積めば良いファイターになる。暇な時に稽古をつけてやったら伸びるに違いない。その可能性を感じて高揚感を覚え、成長を導き見守ってやるのも面白いかも知れないと思ったが……その実力を軍の上層部に知られるのは厄介だな……。こいつらの為には、スポーツの域に留めておくのが得策だろう。俺と必要以上に関わって、おかしなところに目をつけられても気の毒だ。やめておくか。




さて、彼女は何を隠しているのか。


これを暴かない手はない。


この子は多分、押しに弱い。訓練船にいた時の振る舞いを思い出せば、どちらかと言えば控えめで、主導権を周りに譲って素直についていくタイプだと断定できる。特定のトピックにはこれでもかと食らいつく様だが……。自分がどうやらそんな対象の一つだったと言うことに関しては、幸運としか言いようが無い。


脈があるとわかりつつ、しかも多少強引に迫っても流されてくれそうな雰囲気も感じつつも、直属の上官だった事もあってこちらから仕掛けるなんて事は絶対に出来ず、冗談交じりの口説き文句しか伝えられていなかったわけだが。



だからこそデートのおねだりは衝撃的だった。



生きて来て一番動揺したかもしれない。

伝わっていない事を祈る。




話を戻して、押しに弱い。


そう。多分押せば、彼女は自分との対戦は断らない。案の定、多少甘さを誇張した誘い文句を呟けば、真っ赤になって狼狽えていた。



可愛い。



そして読んだ通り、折れてくれた。


とは言っても機嫌良く、とは行かなかった。


この時、彼女の怒った様子を見るのは初めてだと気が付いた。



可愛い。



差し出した手は乱雑に掴まれたかと思うと振り払われ、その振動に自分の精神までも揺さ振られた気がした。彼女の自分なりのウォームアップであろう一連の動作を見て、その柔軟性と身軽さだけで無く素晴らしい蹴りに目を見張った。


軸のブレが全く見られない。



……。


……おかしい。自分には被虐的傾向は無かったと思うのだが。




「準備できました。」


こちらを睨む様な目付きに、全身がざわりと泡立った気がした。口元が緩むのを抑えるのに必死だった。


ああ。


いいな。



彼女が隠しているのが何であろうと、暴いてやりたい。向けられるのが怒りだろうと、その強い感情の矛先は自分が望ましい。


いや、自分でなければ、駄目だ。

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