Scene 72. 誘いと、苛立ち。
「どうする?続けるか?」
「いいえ、やめておきます。思い知りましたよ。『参りました。』」
マイクが拳と掌を合わせて礼を取りながら言うと、その最後の言葉に判定システムが反応し、勝敗が決まったことを告げるチャイムの様な音が流れた。ヴァースは笑みを浮かべて、マイクの取った礼を模した。
「さて……」
ヴァースは金網の外に身体を向けて言った。
「待たせたな。出番だぞミカエルソン。」
「よぉおおおおおっし行ってこいミィヤぁっ!!」
声をかけられてミィヤがビクリと反応したと同時に、ロブソンが叫びながら自分が使っていたヘッドギアをズボッとミィヤの頭にはめてきた。ヴァースとの一戦で受けたダメージからはすっかり回復したらしく、元どおり元気いっぱいである。いやいや、サイズ合ってないから……おまけに背中をバンッと叩かれる。
「ぶったまげますからね先輩!」
ミィヤがたたらを踏んでいる間に、ロブソンがヴァースに向かってびしっと指を指しながら言った。
「ほう?」
「ミィヤはうちのエースっすから!!」
興味深いとでも言いたげにヴァースが目を見開いて、ロブソンは駄目押しの一言を続けた。踏ん反り返って偉そうに、である。
もちろんミィヤは内心悲鳴を上げていた。
(だから私はやりたくないんだってばぁあああっ!!)
私はいいですって言おうと思ってたのに!!勝手に決めないでくれる!?しかも何よエースって!!対して二人とスコア変わらないし、たかだかゲームの話なのよ!?実戦じゃ異性との公式戦すらやったこと……
「そいつは楽しみだな……」
参戦を決めつけたロブソンに対する憤りで頭の中がいっぱいになってしまい、俯いて何も言えないでいたミィヤの頭上で、ぽそりとヴァースの声がした。ミィヤが見上げると、いつのまにか金網のすぐ近くまで来ていたヴァースのアース・カラーの瞳とバッチリ目が合う。片肘をついて、覗き込む様な姿勢で言われた。
「一戦お相手願えますかな?勇ましいレディ。」
「!!!!」
思いを寄せる随分年上の相手から、その相変わらずの美貌の、懇願する様な艶のある表情でそう言われ、ミィヤは真っ赤になって固まった。間に金網がなかったら、手を取ってその甲に口付けでもしそうな雰囲気である。尋ねているのはダンスへの誘いでは無く、殴り合いなのだが。
これは、あれだ。訓練船にいた時の隊長モードだ……。
相手が女子なら誰でも思わせぶりな態度で甘い言葉を囁いていたヴァースの振る舞いは、ビーによってカモフラージュであると断定されたことを思い出したが、だからと言ってミィヤの心臓が大人しくなる事はなかった。熱のこもった視線に、身体は熱くなり、口はハクハクと動くだけで断りの言葉どころか声も出てこない。
「頼んだぜミィヤ!!一杯勝ち取ってきてくれ!!」
俺のために!とは加えなかったが、憧れの英雄との語らいのひと時を諦めきれないらしいロブソンは、言いながら自分が着けていたグラブを押し付け、肩を掴んでミィヤを自分の方に向き直させてからガクガク揺さぶって来た。ヴァースの醸し出している雰囲気など御構い無しである。というか全く気づいていない。視界の隅に、申し訳なさそうな苦笑を浮かべるマイクが映る。相変わらず微笑んでじっとり見つめてくるヴァース。
ああ……ダメだこれ……
「さ……」
「さ?」
「サイズ変えて来ます……」
全てを諦めた様に脱力して、ミィヤはトボトボと装着具の並ぶ透明なロッカーに向かった。
のろのろと自分に合ったサイズのヘッドギアとグラブを着けてから、まるで刑を執行される囚人の様な気分でミィヤはリングに向かった。本来のテコンドーの試合なら胴体の防具も着ける筈だが、ここにいる他の誰も着けてないのをいいことにわざと着けていない。はっきりと断れなかった自分は棚に上げて、せめてもの抵抗に、ちょっとはやり辛さを感じればいいのよ!なんて考えながら。
リングに辿り着くと、開いた金網の扉の傍からヴァースが手を差し出してきた。まるでダンスホールに淑女をエスコートする紳士の様な優美な仕草に、ミィヤはうっかりときめいてしまう。が、同時に怒りも湧いてくる。いや、だからなんか色々間違ってますよね???きっ、とヴァースを睨みつけてその手をぞんざいに握りしめると、伝わってくる温もりは全力で無視して遠慮なく体重を乗せ、勢いを付けてリングに飛び乗った。淑女とは程遠い振る舞いである。
手を振り払う様に離して、ヴァースからはふい、と顔を背け、ミィヤはリングの中央に立った。ふう、と息を吐くと、両手を上げておもむろに上体を仰け反った。ヴァースの驚いた様な視線を感じたが、知ったことか!そのまま両手を床につけて、ブリッジの姿勢を取ってからマットを蹴り、後転を一回。今度はその場で飛び上がり、後ろ宙返りを一回。鋭く息を吐いての前方上段蹴りを左右一回ずつ。再度飛び上がり、右足のかかと落としを一回。最後にその場でぐ、と腰を低くして構えの姿勢を取る。
再度息を吐いて構えを解くと、とんとん、とその場で軽く飛びながら、ミィヤは挑む様な視線でヴァースに向き合った。
「準備できました。」
声音から、不機嫌なのはしっかりと伝わったに違いない。そうでなければ、困る。
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