Scene 41. 高揚と、緊張。

自分達と身の回りの人たちのバンドが同時に通知音を発して、ミィヤ達は一斉にバンドを身体の前に掲げた。ホログラムスクリーンには、着任式の開始まで10分である旨と、整列する場所が細かく指定されている。


蹲っていたロブソンは立ち上がり、頭に当てていたパックのドリンクの封を開けて、それも飲み干した。それを待って、三人は揃って会場の入り口へ向かう。



いよいよ、着任式だ。



三人と、周りの新任の空士達は、今日を持って空中艦艇マザー・グリーンの一員として、正式に任命される。


しかし、


「いってぇー……」


完全に引くことはなかった額の腫れを帽子にねじ込みながらロブソンが呻き、マイクとミィヤは正直なところ、気分の高揚をじっくり味わうことができないのだった。



いくつかの入り口に別れて整列した空士達に、ほぼ同時に号令がかかり、ミィヤ達は整列したまま会場へと足を踏み入れた。中央付近へ辿り着くと、静止の号令がかかり、空士達は正面を向く。


真円に作られた会場に入場し終わった空士達の正面には、まるで地上の太古の城の様に装飾された場所があった。一階部分は大きなアーチに囲われた出入り口があったが、今は格子戸が閉じられていた。アーチの両側には、白い壁の前に女性の彫刻像が一体ずつ並んでいる。二階から上はそれ以外の観客席の様に座席は並んでおらず、白い石造りの手すりがある階段の踊り場のような場所が、いくつかの階層に別れて作られていた。手すりには、等間隔で彫刻の装飾が施されている。


天井とフィールドの地面の中ほどにある階層の手すりは、中央が半円状にフィールドに向かって突き出していて、そこが特別な場所だと容易に想像することができた。そしてその背後には天井まで伸びる細長い石版が柱の様に立っていて、その根元付近には、空挺軍のシンボルである地球をモチーフにしたマークが、立体で施されていた。半円状に突出した部分の両脇には、半層分だけ下に作られた、もうひとまわり大きい半円状の階層に降りる階段がある。



あの場所に、先輩も立ったのだろうか。


正面上の石造りのステージを眺めながら、黒い軍服を着て中央に立った愛しい人を実際に見る機会がなかったことを、ミィヤは残念に思った。あの長身と体躯で大勢の前に堂々と立つヴァースは、どれだけ凛々しかったことだろう。


だが、自動運転の車の中で辛い過去を打ち明けたヴァースを思い出して、ミィヤは思い直す。今あの場所にあの人が居ないのは、あの人にとってはきっと良い事なのだ。それに……



あの場所にまだあの人がいたら、きっと自分たちは出会う事もなかった。



実家で始めて制服に袖を通した時に感じた罪悪感をまた思い出してしまって、ミィヤは首を横に振った。やめよう、せっかくの着任式だ。


ふと思いついて、ほぼ真横に並んでいたロブソンの方を見れば、やはりキラキラとした目で正面のステージを見つめていた。事情も知らず、痛みも忘れたように晴れやかにステージを見上げるロブソンの考えている事は容易に想像出来てしまって、ミィヤは何だか複雑な気分になってしまったのだった。




ミィヤ達が整列を始めたちょうどその頃に、フラーとその取り巻き、そしてヴァースは中央のステージの真後ろにあたる部分に辿り着いていた。


そこには既に先客がいた。


通路の手前と奥、そしてステージに繋がる開口部には軍服姿の者達が後ろ手を組んで立っていたが、フラー達を認めて敬礼の姿勢を取り、手前にいた者達はフラー達のために道を開ける。


柱の裏には、身頃の長い正装軍服を身につけた人物が三人いた。フラー達に気づいて、それぞれが口を開く。


「おお、やっと来た。心配しましたよ。」

「石の椅子は冷たくて応えますな。敷物を持ち込むべきでした。」


最初に文句を言ったのは、通路の中央に立っていた大柄な体躯の隻眼の男で、それに続いたのは柱の裏の石のベンチに座って、杖に両手を載せている白髪の男だった。


「なんじゃお前ら。先に出とれば良かろうが。」

「ご冗談を。貴方より先に出られますか。」


呆れたように言ったフラーに、白髪の男性の奥に座っていた、褐色の肌の壮年の女性が立ち上がりながら返す。


「あらまぁ、本当だったのね。」


女性が、フラーと取り巻きの後ろで立ち止まったヴァースを認めて、意外だと言うような声を上げる。グレーの制服の取り巻きが通路の両端に寄って、三人とフラー、そしてヴァースの間を遮るものは無くなった。



三人は、ヴァースと同じ身頃の長い将官の正装軍服と軍帽を身につけていた。ヴァースと違ったのは、襟と袖口が黒地である事、そして三人とも、揃いの黒い杖を手に持ったり地についたりしていたことだ。


「おお、そうかお前さん達とは帰ってからは初見か。伝えた通り、戻って来てもらった。」


ヴァースは歩を進めて、フラーの浮遊椅子のすぐ横に立った。三人の視線がヴァースにだけ注がれ、ヴァースはそれを睨むように交互に見返した。重い沈黙が少しの時間を支配し、四人の間に緊張が走る。ヴァースは何も言わず、ただ敬礼の姿勢を取った。


「言った通り、あんたらとは別に『准将』としてわしの補佐をしてもらう。まぁ、暫くは何でも屋ってところかの。」


フラーがそう言い終わると、白髪の男も立ち上がる。三人はそれぞれ片手で杖を背後に持って、姿勢を正して敬礼を返した。


「お久しぶりね、アクレス。」


親しげに、微笑みながら女性が言う。


「元艦長を何でも屋扱いですか。やりますな、フラー殿。」


隻眼の大男が半ば笑い声で言った。


「また一緒に戦えるとは。光栄ですよ、アクレス殿。」


白髪を後ろに撫で付けた男も言う。




その言葉と態度のどこまでが真意かを慎重に計りながら、ヴァースは口元だけを笑みの形に緩ませたのだった。

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