Section 3. 実家にて。
Scene 11. 女子と、作戦。
ヴァースは動きやすい格好で、と言った。
『脱がせやすい格好の間違いじゃねぇの?』
と、ビーがケラケラ笑いながら品の無い冗談を言ったので、意味がないとわかりつつも、ミィヤはスクリーンに向かって思い切りクッションを投げつけつけた。クッションはスクリーンをすり抜けて後ろの壁に当たり、床に落ちる。
『っていうかミィヤぁ、ちゃんと新しい下着買ったーーー?可愛いやつぅ。』
「リディ!?」
なんてことを言うんだ、と言いたげに、ミィヤは今度はリディのスクリーンに向かって叫ぶ。
『そうだまずはそれだな。それ先に見せろ。』
「ちょっともう、真面目にやってよ!頼むから!」
少し、2人がなにも言わない間があって、ミィヤは突然居心地が悪くなった。ビーはまだ黙ったままだ。リディも何も言わない。
「び、ビー?」
不安になってミィヤが声をかけるが、ビーは返事をしないで、代わりにリディに話しかけた。
『なぁリディ、あたしら大真面目だよな?』
『うん、ちょーまじめぇ。』
『どうするこいつ、本気で小学生のデートするつもりだぜ?』
『えー……引くぅー……』
言われたい放題で、ミィヤは泣きたくなってきたのだった。
PMJでヴァースに会ったのが2日前。ミィヤは先日実家に戻って来た。約束は明日だ。寮に残っている2人にお願いして、実家の自室でスクリーン越しのファッションチェックを頼んだのだが、2人はミィヤにかなり手厳しかった。しかし、正直ミィヤには他に頼れる人は居ないと言ってよかった。
(あんまり言いふらすなよ?)
ヴァースにそう言われてしまったのもあるが、余り周りには広めないほうがいいのは確実だった。同じ職場、指導者と訓練員、上司と部下、士官と一般公募、将校と初等空士、そして相手は元マザー・グリーン艦長……冷静になって見れば、2人の関係はスキャンダルの要素だらけだ。万一ほかの空士にでもバレてしまったら、大騒ぎになるに決まっている。
おまけに、まだ関係はこの先どうなるかわからない。バレてしまうこと自体は勿論怖かったが、もっと怖いのはバレてしまった上に関係が上手くいかなかった場合だ。家族にも、心配はかけたくない。
ミィヤの心境は相変わらず複雑だった。2人だけの秘密を持っているという嬉しい気持ちと、それを周りに公にできないというもどかしさと。
デートの約束が確定して、自分も楽しみにしていると言ってもらえて、ミィヤの不安と混乱は幾分軽減していた。しかし、新たに加わった懸念点も、ミィヤを悩ませている。
アクレス前艦長は、結婚していた。
PMJでその事をビーに言及された直後は、ミィヤはショックで事実を確認することが出来なかった。翌日、実家への移動中に過去のニュース記事を恐る恐る漁った。
そう言えば当時ニュースになっていた様な気もしたが、ミィヤはマザー・グリーンの設備や歴史に関しては誰よりも詳しいものの、人事に関してはからっきしだった。その温度差と言ったら、マイクやロブソンがびっくりするほどだ。何故マザー・グリーンをそれほど好きで、それを治めている人々のことに関してそんなに無頓着なのか、と。一年間艦長を務めたハンサムな士官のことも、当時話題になった時に、ニュースで軍服姿を見てああ確かにかっこいいなぁと思い、流石に名前だけは記憶していた程度である。実際に会って一目惚れしたわけだが。
結論を言えば、当時結婚していたことは確実だが、現在はどうか分からなかった。アクレス艦長についての話題は、退任の知らせを最後に、ぷっつりと無くなっていたのだ。その前までは公に出ている写真付きの記事などもあり、勿論当時の奥方と並んでいる画像も見つかって、ミィヤはかろうじて、暖かく迎え入れて着任を祝ってくれる家族に動揺を隠せるギリギリのレベルのショックを受けていた。
防護船ではヴァースは指輪をしていなかった。しかし結婚していても、業務上の理由から指輪をしない人も沢山いる。本人の振る舞いがプレイボーイなため、誰もその可能性を疑わなかった事もある。さぞかし沢山のガールフレンドとその候補がいるのだろう、と、皆噂していたのだ。
奥さんとは別れたのだろうか?だとしたら、どうして?それとも、もしかして、まだ–––
『まぁー、いけてる下着つけといてやる価値も無い様な奴である可能性もあるけどな……』
もやもやと考え始めてしまったミィヤの思考を読んだかのようなビーのセリフに、ミィヤはどきりとする。
「ちょ、ちょっとやめてよ。」
あの人がそんな人な訳がない。
と、ミィヤは思いたかった。
が、不安がないと言えば嘘だ。
それでも、期待する気持ちを抑えられない。
また考えこんでしまいそうになって、ミィヤは気持ちを切り替えるために大きな深呼吸を一つした。明日、直接確かめるしか無い。それまでは何も分からない。
「とにかく、明日会うのは確実なんだから、お願い、手伝ってよ。ね?」
『だーからさっきから言ってんだろーが、持ってる下着全部出せ。』
「もー何でそうなるの!?」
『えー、ミィヤダメだよー、ちゃんと気をつけないとー。ラインも変わるし、アウターとイメージがちぐはぐなの付けるのもアウトだよー?』
おそらく一番ファッションにこだわりを持っているであろうリディにもっともらしい事を言われてしまい、ミィヤは何も言い返せない。
『その調子じゃ、まともなの持ってないんだろどうせ。しゃーねーな、リディあたしらで見繕うぞ。』
『あー、あたし即日配送のいいサイト知ってるぅー。』
『よし、ミィヤ測定データ送れ。訓練校のはスリーサイズ適当だからダメだ。計り直せ。』
ほらさっさと測定し直せ、と言われ、もはや反抗する気力もなく、ミィヤは大人しくビーに従って、服を脱いで家庭内AIのスキャンを受けるために立ち上がったのだった。
結局、ミィヤは頭のてっぺんからつま先までビーとリディのコーディネートを受け、殆どの装着物を新調することになった。
『もー、デート前にエステも美容院もネイルも行かないなんて信じられなーーーーい!!』
しかもあんなにイイ男とのデートで!!と、リディは殆ど本気で腹を立てていたが、残念ながら郊外のミィヤの実家からでは時間がなかった。それに、あまりにもあからさまな容姿の変化は流石に引かれてしまうのではないかと言う不安もある。普段からこういう事に気を使っていれば良かったのだろうが、残念ながらさほどの努力を身なりに傾けてこなかった事を、ミィヤは初めて後悔した。
『まぁ、進歩だよなーこれも。』
と言って、今まで恋愛の相談などミィヤからされた試しのないビーは笑った。
『ま、楽しんでこいよ。上手くいかなかったらヤケ酒くらい付き合ってやる。』
「……ありがとう。」
多少強引ながらも、なんだかんだ言って世話を焼いてくれる2人に、ミィヤは心から感謝していた。
『上手くいってもちゃんと報告してよぉー?どこまで行ったか報告してくれなきゃ怒るからね!!』
と、リディに言われたが、こちらには何と返答したら良いものかミィヤはわからなかった。
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