Scene 22. 昔話と、言い訳。
ヴァースは妻を失ったことを知った日のことを思い出していた。
「返してよ!!」
年配の女性が、自分の胸元に取りすがって泣いている。
「返してちょうだい!あの子を返して!!」
ヴァースの視線の先には、真っ新な布に包まれた箱があった。丁度、人一人が横たわれるくらいの大きさ。腰の高さの台に乗せられ、その上には、白い花束が置かれていた。部屋の壁と床の色も、真っ白だった。
「返して!あの子を返して!!」
悲痛な叫びを発しながら、年配の女性は足元に泣き崩れていく。大切な者を失った嘆きの嗚咽が、ずっと続いた。それ以外は、物音は一切聞こえなかった。
「あなたのせいよ……」
足元の女性が、泣くのをやめて呟いた。
「あの子が死んだのは、あなたのせいよ……あなたが、あの子を殺したのよ!!」
◆◆◆
「先輩?」
ヴァースははっと我に返った。見れば、心配そうな目で、ミィヤが自分の顔を覗き込んでいる。微笑みを返して、自分が何を話していたかを思い出す。
「……俺の妻が亡くなったのは、」
また自分の手元に視線を戻して続けた。
「事故だったんだが、俺にも責任があってな。」
俺は、なんでこんな事を話しているんだろう。身の上話なんて、長く知っているティーチにすらまともにしたことがない。この子と2人で会ったのは、今日が初めてだって言うのに。
ヴァースは少し、自分が可笑しく思えてきてしまった。それでも始めた話だ。最後まで続けなければ。
「俺が艦長になってすぐの頃だった。俺がもう少し人間らしい考え方をしていれば、彼女は死ななくて済んだかもしれない。」
人間らしい考え方?俺はそんな事を考えていたのか?
ヴァースは自分の口が紡ぐ言葉を、信じられないような気持ちで聞いていた。まるで言葉にして初めて、自分の感情の正体を知ったような、そんな気分だった。
「詳しくは、軍の機密事項だから話せないんだが……」
だったらこんな話、しなければいいんだ。お前は一体何がしたいんだ?
口にした言葉とは裏腹な思考が、内側からヴァースを責めた。内心では自分が理解ができずに戸惑っていたが、ヴァースは話すのは止めなかった。
「その頃からだな。俺は自分のやっている事に疑問を持ち始めた。俺は全て……軍を率いる事だけを最優先に考えてやってきた。母艦の長になる事が、自分の生きる目的だと信じて生きていたんだ。だけど、それで良かったのかと。俺は、親父やその周りの人間が権力を保持する為の人形でしか無いんじゃ無いかと……」
お前はそんな事を考えていたのか?もうやめろ、こんなみっともない事。話したって何にもならない。
「要するに俺は、何もかも嫌になったんだ。幸運な事に、俺以外に艦長としての適任者はいた。だから俺は、全部捨てる事にしたんだ。」
内側から、昔話をしているヴァース自身を咎める声はいつのまにか消えていた。一番の弱点を晒してしまった今、もう止める意味すらないと、諦めてしまったのだろうか。
「親父の期待も、周りへの責任も……何もかもだ。俺はマザー・グリーンを捨てて、地上に降りた。だからと言って、やりたい事があるわけでもなかった。酷かったよ、本当に。酒ばっかり飲んで……薬にも手を出したりした。」
隣にいるミィヤが、身体を強張らせたのがわかった。
この子は、俺のこんな話を聞いて、どんなにがっかりしているだろう。本当に、何をしてるんだ?俺は。
「船のことを忘れられるなら、なんでも良かったんだ。でも俺はマザー・グリーンを率いる事以外、何も知らなかった。どうして良いのか全く分からなかったんだ。ティーチと知り合わなければ、今頃どうなっていたか分からない。」
「え。」
ミィヤが意外だと言うように、声を上げた。ヴァースはミィヤを見ると少し笑って、ついさっき怒鳴りつけた相手の事を話し続けることにした。
俺に痛い目に合わせられた後だ。少しぐらい株を上げてやるのも悪くない。
「薬をやっているって知ってぶん殴ってくれたよあいつは。あれだけは手を出すなってな。ああ見えてあいつは、遊びの加減を心得てる。俺とはその道のキャリアが違う。」
ヴァースはそう言って、自分で笑ってしまった。ミィヤも少しリラックスしたようで、少し表情を緩めていた。
「まぁそれで、あいつとつるんでいたわけだが……」
ああそうだ。と、ここでヴァースは思い出した。
ここだ。ここに繋げたかったんだ。ティーチが言った言葉の真相。
「その、まぁ、適度に色々遊ぶようになってだな……」
どうしたことか、船を降りたことより話しづらい。言葉が詰まる。彼女はどんな反応をしてるのか、確認するのが怖い。
「まぁ、なんだ、その、丁度飽きた頃に、朝礼で言った通りホーク氏から誘われて、訓練船に乗ったわけだ。」
何かを乗り越えた気分だ。しかしまだ油断は出来ないような気もする。
「延々と話してしまったが、何を言いたかったかと言うとだな……」
ああ、そうか。
「今の俺は、ただの寂しい独り身のおっさんだってことだ。」
俺は、言い訳をしてるのか。この子を傷つけてしまった後で。
俺は、何とか繋ぎ止めておきたいんだ。俺を慕ってくれるこの子を。
それでこんなに色々話してしまったのか。
俺はきっと、この子が思うような人間じゃなくて、でもこの子がそれを知らないのでは、不公平な気がして。
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