Scene 77. 襲撃と、収束。

ヴァースは腹を目掛けて突き出された刃を身をよじって避けた。そのままの勢いで素早く一回転し、裏拳を振り切って、襲撃者の側頭部を思い切り叩く。体格差で優位に立つヴァースからの一撃をまともに食らって、相手は呻き声を上げてよろめいて膝をついた。


未だ凶器を手放していない相手を畳み掛けようと構えて、ヴァースは別の気配に気付く。


辛うじて身を引いたヴァースの鼻先を、金属の棒がかすめていった。


「ぅらぁぁっ!!」


奇襲が失敗したとなれば声を潜める意味も無いのか、二人目の襲撃者は大きく気合いの声を声を上げて、手に持った整備用器具を再度振り下ろして来た。こちらも整備員の制服を着ていたが帽子はかぶっておらず、逆立った黒い短髪が目に付く。


ぶん、と音を立てて髪や制服の裾をかすめて行く鈍器を何度かわしてから、ヴァースは蹴りを繰り出した。腕でガードされたが、男は横に吹っ飛ぶ。


再びの攻撃の機会を伺っていた一人目の襲撃者が、今度は大きく振りかぶって刃物を振り下ろしてきた。ヴァースはその腕を掴んで、その身体を投げ飛ばす。



「きゃあぁっ!!」


女性の悲鳴が聞こえて目をやれば、起こっている荒事を遠巻きに眺めている第三者達がちらほら見えた。扉から顔だけ出してこちらを伺っている者もいる。騒然とした騒めきが聞こえてくる。T字路の真ん中で騒動を起こしているのだから当たり前だ。


しかし、それらに混じらずにずっと近くまで来ている者たちが何人かいた。


それぞれ、片手に武器となりうるであろう物を手にして、こちらを睨みつけるように見ていた。



–––五人か……。


「これで全員か?」


ヴァースは、三方から距離を詰めて来た者たちそれぞれに聞こえる声量で言った。答えは無い。最初の二人が、よろめきながら立ち上がる。


ヴァースは彼らを見据えたが、構えは取らなかった。襲撃者達は、ジリジリと近付きながらヴァースの出方を伺っている。


「どうした?」


ヴァースが言って、さっさとかかって来いと言わんばかりに軽く顎をしゃくる。


「あああぁぁっ!!」


挑発に乗ったのは、二人目の襲撃者である黒の逆毛の男だった。雄叫びを上げながら襲い掛かって来る。それを引き金に、ほかの四人も一気距離を詰めて来た。



ヴァースは逆毛の男の攻撃の手を掴んで、顔面に拳を叩き込んで沈ませると、別の一人の攻撃をかわして上段回し蹴りで側頭部を叩いた。反対側から来た別の相手は長い足のリーチを生かして中段蹴りをカウンターでお見舞いする。四人目は武器を持った手を掴んで投げ、進行方向にあった壁に叩きつけてやった。


一人目は呻いて動こうとしていたが、二人目はそのまま壁に壁にぶつかって倒れてピクリともしなかった。三人目は蹲って嘔吐している。四人目は床に落ちたところで、倒れたまま呻いていた。


「ひっ……」


一撃でのされてしまった同志達の様子に怖気付いたのか、最後の一人は動きを止めてしまった。ヴァースはそちらを見つめて歩を進め、男は後退る。



ヴァースの背後で、一つの影がゆっくりと立ち上がった。四人のうちの一人、逆毛の男だ。


「おおおおぉっ!!」


ヴァースは再び武器を持って向かって来た男に向き直ると、一撃を避けてから、鳩尾に拳を叩き込んだ。男は呻き、蹲って、今度こそ動かなくなった。


「う……うわぁぁぁっ!!」


最後の一人は、背を向けたヴァースに向かって小さなナイフを振りかぶった。やけになったような攻撃は当然意味を成す筈がなく、その手はヴァースによってやすやすと囚われる。そして、もう片方の手が男の喉笛を掴んだ。


やがて、男のつま先が床から離れる。


「!!……がっ……はっ」


男はナイフを取り落とし、まだ自由な方の手で首の拘束を外しにかかるが、締め上げの圧は少しも緩まない。


呼吸を止められて目を白黒させながら、それでも男は標的であった、自分の首を締め上げている人物から視線が外すことが出来なかった。



男を射抜くように見つめている仄暗い緑の瞳の中で、金色が僅かに煌めいていた。


◆◆◆


「失礼。遅れて申し訳無い。」


そう言いながら会議室に現れたヴァースを、室内の殆どの者達は驚愕の表情で迎えた。唯一、フラーだけが表情を変えない。何人かが立ち上がって敬礼をしようとしたが、ヴァースはそれには取り合わずフラーを見やった。


「おお、来たか。こっちじゃ。」


フラーは顎をしゃくって自らの左隣を指し示す。そこにある空席と、フラーの背後に立つチェビー中将を見て、ヴァースは少し眉を顰めた。以前と変わらぬグレーの制服姿のチェビーは、やはり不機嫌そうに金色の片目を光らせている。フラーの隣に座るのは少し場違いな気がしたが、ここで末席を希望して押し問答を行うのも面倒だと、ヴァースはそのまま指定された席に向かった。


室内の何人かは、裏返した上着を腕に掛けたまま歩くヴァースのズボンに、赤黒いシミが散っているのに気づいて息を飲む。



「私がここに座るのは些か不適切では?」


着席しながら、ヴァースは小声でフラーに囁いた。フラーは当たり前のように答える。


「お前さんみたいにデカいのが突っ立って見下ろしてたら皆落ち着かんだろうが。」


論点はそこでは無かったのだが、とヴァースは思ったが、言い返しても無駄な気がして口を噤む。



「付いとるぞ。」


言われて、何が、とヴァースがフラーを見ると、フラーは自分の顎をトントン、と指差していた。ヴァースは親指で自分の顎を拭う。


見れば親指には、赤黒い色が霞んで広がっていた。


「ああ。」


ヴァースは、その親指をペロリと舐めた。


まるで、朝食で着いてしまったジャムでも舐め取るかのように。


「ご心配無く。私の血ではありませんので。」


微笑んで見やるヴァースの視線の先で、会議の参加者達は皆一様に青ざめていた。ヴァースは、上座にいる議長らしき者に声をかける。


「どうぞ、続けて下さい。」

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【天空のカヴァルリー】 〜若き元空挺軍総帥の憂鬱〜 瀬道 一加 @IchikaSedou

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