Scene 60. 見学と、いざ。
事の発端は、ロブソンがミィヤの通い始めたジムに同行すると言い出したところから始まる。
「ったく、もっと早く教えてくれよな〜。」
両手を頭の後ろで組んで、訓練校時代の指定運動服であるTシャツにスウェット姿のロブソンが、既に何度か言っているセリフで先を歩くミィヤにボヤいた。
「あら、私だってまだ一度しか行ってないわよ?」
ミィヤは足を止めずに、中途半端に背後のロブソンの方を振り向きながら、少しむくれたように答えた。意図的に揃えたわけではなかったが、ロブソンと同じ服装だ。必要最低限の荷物しか運び込んでいない今、服装の選択肢は限られている。身体を動かすのに適した服装を選ぶとなれば、自然とこれになってしまう。
「ミィヤと一緒に見て回るのをやめたのは君だろう?文句を言うべきじゃ無いよ。」
ロブソンの隣を歩いていた、やはり同じ服装のマイクが、ミィヤを庇うように口を挟んだ。
「そうだけどさ。面白い所があったなら教えてほしかったぜ。」
「それじゃあ全部だよ。ミィヤにとったら、何処も同じくらい面白いんだから。」
異性の親友への深い理解を示すマイクの言葉に、ミィヤは振り返らずにうんうんと頷いたのだった。
着任式が終わって数日。今日は休日だった。
休日と言ってもこの日までに本格的な訓練はまだ始まっておらず、所属することになる部隊への顔合わせの後のここ数日は、新任の空士達を対象としたオリエンテーション続きだった。
つまりは椅子に座って説明を聞いたり、引率の空士に従ってのろのろと施設の団体ツアーに行ったり。
従軍にあたっての細かな規定やら制約やら罰則、母艦内、及び各施設の使用ルール、所属部門、部隊、そして小隊における特別な規則の説明、そしてそれらに対する同意書、誓約書の署名等々。
全く面白くはないが軍の一員としては必須の知識とやりとりのオンパレード。
早い話がロブソンは飽きていた。
ミィヤやマイクも重要な事だと理解はしていつつそれなりにうんざりしていたが、ロブソンに至っては説明中に堂々と寝落ちるということを何度かやらかしている。隣に2人のどちらかがいた時は脇を小突いて起こされていたが、たまたま離れて座ってしまった際には教官に至近距離でわざとらしく咳払いをされて起こされていて、見ている2人が冷や汗をかいた。本人は事後も「はっはー、やっちまったぜー」とケラケラ笑っていたのだが、初っ端から親友が上官に目を付けられてしまったのではと、2人は気が気では無い。
もともと身体を動かさないでいるのがむしろ苦痛になるタイプであったロブソンは、初日は1日の拘束時間が終わった後、マイクと一緒にミィヤの母艦内探索に付き合っていた。母艦に到着してからというもの、ミィヤはここぞとばかりに、暇さえあれば初等空士の権限で許可され得る限りの範囲を文字通り駆けずり回っているのだ。
因みに、引率のもと訓練場や研究施設の見学に訪れた時には、ミィヤは目をキラキラさせて、まるでテーマパークを訪れた少女か洋服やアクセサリーのショッピング、もしくはケーキバイキングに訪れた女性並みに食いついてはしゃいでいた。周りには、ついでに引率者にすら奇異な目で見られるか若干引かれていたが、本人が気にしている様子は一切無い。
周りの目をあんまり気にしないあたりこの二人は良く似ている、という事に気付いているのは、ここではマイクだけである。
そんな訳で、暇つぶしにミィヤの後をついて母艦内を回っていたマイクとロブソンだったが、早々にリタイアとなった。
ミィヤがあんまりにも熱心に隅から隅まで探索するからだ。
ロブソンとマイクなら気にしない様な、関係者しか入れない扉しか無い脇道や、行き止まりの通路の奥までもわざわざ進み、「成る程ね〜!」とウキウキしながら隈なく眺めたり、視界に入るものすべてを目に焼き付けるかの如くひとところにじっと立ち止まったかと思えば、「早く早く!」と次の場所まで走っていく。
正直、ロブソンには何が面白いのか全く分からない。そして進みが悪いのでイライラする。
ミィヤのこだわりに対して理解はしたいと思っているマイクでも、流石にすれ違う人たちが揃って向ける訝しげな視線は辛かった。不審に思った巡回中の警備員や勤務中の空士達に声をかけられたこともある。「見学です!」と胸を張ってしかも物凄い嬉しそうにミィヤが言うので、それ以上引き止められはしなかったが。
翌日、また一緒に行くかと聞くと「僕等がいたら好きなように見れないだろうから」とマイクがやんわりと答え、ロブソンがその横で何度も頷いたので、ミィヤは二人を置いて一人で探索を続ける事にしたのだ。
ミィヤは二人が一緒に来ない事で若干の寂しさを感じはしたが、母艦の中を見て回ることは孤独を耐えて余りある喜びであったし、それを好都合だと思うまた別の要因もあった。
(何処かで、先輩に会えるかもしれない。)
折を見て声をかけると言ってくれた。
それを疑う気持ちはもう全く無い。
それでも逸る気持ちは抑えられない。
母艦の何処かに先輩がいる。そう思うだけで、ただでさえ至福であるまだ見ぬ母艦の内部の探索が更に心ときめくものとなる。ミィヤは時間と権限の許す限り、自分の足で母艦の中を歩き、時に走り回り、毎晩心地良い疲労感の中眠りについた。
結果として、想いを寄せる将官と鉢合わせることは無かったが、ミィヤはものの数日で、着任したての初等空士にしてはあり得ないほど母艦の施設と内部構造に詳しくなっていた。
あらかた自分の権限で周れるところは周り尽くしたと判断し、そろそろ着任前の長期訓練で疎かになっていた体力作りを最近新しく建設されたのだというジムで再開することを話題に出すと、「そーゆー場所があるならもっと早く教えてくれよ!」とロブソンに言われ、今に至る訳である。
三人が向かっているのは、「蜂の巣」の愛称で呼ばれる初等空士寮とは随分離れた所にある大きなジムだ。小さなトレーニングジムなら近くにもいくつかあったが、これから向かうのは随分大規模なものだ。筋力を高める為の機材やランニング用のフィールド、水泳用プールだけでなく、様々なスポーツ専用のトレーニング施設も併設しており、それらは全て最新のテクノロジーを搭載しているのだという。
中を見て回るだけでも随分と時間がかかりそうだが、三人の目的は出発前から決まっていた。
「へへっ、腕がなるぜ。覚悟しとけよ二人とも。」
「そう言えばきちんと対戦できるのは久し振りだね。きちんとウォームアップしないと。」
そう言う二人を振り返って、ミィヤは少し楽しそうに微笑んだ。
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