Section 7. 着任式へ。
Scene 36. 施設と、新人。
「知り合いだったの?ミィヤ。」
広場から二階に向かうエスカレーターに乗ってから、マイクが聞いてきた。先に進んでしまってはいても、2人はミィヤが誰かと話していたのは見ていた様だ。
「うううん、違うと思うけど……」
まだ先ほどの困惑から抜けられず、不安そうな様子でミィヤは答える。
「なんだ?人違いか?」
ロブソンも怪訝そうに言った。
「そうね……多分そう、きっとそうよ。」
ミィヤは、まるで自分を納得させるかの様に繰り返した。
もし自分が忘れているだけなのだとしたら申し訳ないと不安になって、ミィヤはまた思い出す努力をしては見た。しかしやはり思い当たる人物はいない。年も違うし、訓練校の知り合いではまずあり得ない。親戚やその顔見知りにも心当たりのある人物は浮かばなかった。ミィヤが母艦に来たことがある事を知っているなら、それなりに近しいものであるはずだが、全く記憶にない。もしかしたら母艦に来た時に同じツアーにいたかここで知り合ったのだろうかとも考えたが、覚えは無い。随分若いようだから、前に会った時はもっと幼かった事を考慮に入れてもだ。
「はぁ、全く迷惑なやつだなぁ。」
ロブソンは呆れたように呟いて、エスカレーターを登りきった所で柵の内側から広場を見下ろした。ミィヤもちら、と目を向けては見たが、もう人混みの中で青年の姿を認めることは出来なかった。
巨大な空中船艇の中は、徒歩で移動するには広すぎるため、様々な交通手段が用意されていた。3人は通信バンドのナビゲーションに従って、動く歩道通路を使いながら目的地までの道のりを進んだ。連絡船広場から八方に伸びる動く通路は上部にシャトルが走っており、より高速での移動が可能だったが、周りを見ながら移動したかった3人は、シャトルには乗らずに動く歩道をのんびりと歩きながら進む。ついさっきの不穏な出来事も忘れて誰よりも興奮しているのはもちろんミィヤだったが、ロブソンとマイクも初めて見るマザー・グリーンの内部施設の素晴らしさに驚きを隠せずにいた。明るい光に満ち、植栽に飾られた広い通路を進みながら2人が呟く。
「すげー、道の終わりが見えねーぜ。」
「全然圧迫感がないね。宇宙空間にいる気がしないや。」
「明るいでしょう?マザー・グリーンの中の通路の照明の強さは、ダミメの港の日照時間に合わせてあるのよ。今は明るいけど、港の夕刻には少しずつ暗くなって、夜には街灯程の明るさになるわ。」
「へえーっ!」
「流石だね、ミィヤ。」
ツアーガイド宜しく進む先々で豆知識を披露するミィヤにも、2人は感心しっぱなしだった。
「このままだと暫くかかってしまいそうね。シャトルに乗り換えない?」
着任式は3人の寮とは連絡船広場を挟んで反対側にある集会場で開かれるので、ミィヤは少し時間が心配になっていた。ミィヤの提案を受け入れて、3人はシャトルに乗り換えることにした。
連絡船広場から放射状に伸びていた直線状の通路から、広場を中心に円形に走る通路に一度乗り換えて、3人は、後は下の階に下がるだけという所にたどり着いた。連絡船広場のあったあたりに比べると、随分殺風景な作りの区画だった。
「何処から降りるんだ?」
それらしいエレベーターもエスカレーターも、階段すらも見当たらず、ロブソンが不満げに呟いた。この辺りは、ミィヤもツアーで来たことはない。
3人が何処から降りれば良いのかわからずうろうろしていると、3人のちょうど左側にあった自動ドアの一つが開いて、ドアの中から突然、勢いよく人が飛び出してきた。危うくロブソンとぶつかりそうになる。
「わぁ!?」
「うわっ!」
ロブソンはすんでのところで横に飛び退いて、何とか衝突を避けることができた。
「あっぶねぇ!」
「何やってるんだあんたはっ!!」
飛び出してきたのは向こうなのに文句を返されて、ロブソンは困惑と怒りで固まってしまう。急に現れたその男性は、ブルーの作業服を着ていた。3人より少し年上のようだ。男性はロブソンと、少し離れた所でやはり固まっているミィヤとマイクを一瞥して、やれやれと首を振った。
「新人か。ここは出口専用だぞ。」
服装で3人がまだ着任していないと気づいたのか、そう言いながら男性は足元を指差す。黄色い枠が、扉の左右からロブソンの立っているあたりまで囲っていた。男性は、今度はミィヤとマイクの後ろを指差して続けた。
「入り口はあっちだ。」
3人が指さされた方を見ると、また別の扉があり、扉の横には青色のボタンがあった。床にはやはり青で、枠が描かれている。
「全く、ちゃんと案内して欲しいもんだ。」
男性は文句をこぼしながら、3人が来た道を去っていった。
3人は男性が指差した扉に近づいて、恐る恐る青色のボタンを押してみた。扉が開くと、存外に近くに壁があった。床が無い。代わりに、扉と壁の間に、一本のポールが真っ直ぐ下に伸びていた。
「何だこれ?滑り降りろってか??」
困惑する3人の思考を代弁するかの如く言いながら、ロブソンが下を覗くように身を乗り出す。
「ん?」
何を不思議に思ったのか、ロブソンは声を上げると、おもむろに床の無い空間にひょいと身を投げだした。
何処にも捕まらずに。
「きゃあ!?」
「ロブソン!?」
ミィヤとマイクは同時に叫んだが、次の瞬間、別の驚きで息を呑む。
ロブソンの身体は落下することなく、その場にふわりと浮いていたのだ。
床を蹴った時の勢いで向こう側の壁にゆっくりとたどり着き、ロブソンは片手を壁に着いた。肩に掛けていた大きなボストンバッグも、その重さを見ることはもう出来ず、ロブソンから離れていくように浮かんでいく。
「無重力だ……お?」
また何かに気づいたらしいロブソンは、今度はポールを掴んで、ミィヤ達から見て下に方向転換すると、2人に声をかけた。
「2人とも来てみろよ!」
ロブソンはそのまま、ポールを頼りに下の方に沈んでいってしまった。ミィヤとマイクは、少し緊張しながらポールに飛びつくように地を蹴った。胃が浮く感覚があって、身体から重さの感覚が消える。お馴染みの、全身の機能が混乱する瞬間が一瞬あって、上下の認知が無くなる。
ロブソンの進んでいった方向を見て、また2人は息を呑んだ。
扉のあった床の下は、3人がいた通路のの幅と同じ分だけの空間があった。そして、その奥の壁一面に、マス目のように一定の間隔で、規則正しく扉が並んでいる。それが、左右の距離もかなり広いが、底が見えないほど下まで続いていた。扉はそれぞれが寮室になっているようだ。所々で時折人が出入りし、上下に移動しているのが見えた。二人は自然と、蜂の巣を連想した。
「成る程、これならエレベーターは必要無いね。」
マイクが納得したように言った。よく見れば、寮室の扉が並ぶ壁と反対側の壁の間に、一定間隔でポールが上下に走っている。無重力では、多少の空気抵抗があったとしても、一旦勢いをつければ何かにぶつかるまで物体は基本的には進み続ける。どんなに下に部屋があっても、一度ポールを掴んで一方向に身を投げ出せば、いずれはこの出口に辿り着くというわけだ。一番上の出口と入口はいくつかあるようだ。3人が入ってきたもの以外にも、黄色と青の扉が交互に並んでいる。
「おーい、2人とも早く来いよ!」
随分と下まで進んだところでポールを掴んで、ロブソンが2人を呼んだ。2人もポールを掴んで、ぐいと引いて勢いをつけると、ロブソンを追って下へと沈んで行った。
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