Scene 55. 質問と、豹変。

最初の一口を味わい終わると、ラッザリーニの両脇にいた女の一人が一度席を立ち、料理の皿を運んで来た。生魚を薄く切ったものを丸めて、繊細な香草で結び留められたもの、旬の青菜を和えたもの、そして汁物の椀だった。テーブルにそれらを配膳し終えると、女はラッザリーニの隣に座り直した。その様子を眺めていたヴァースと、腰を下ろした女の目が合う。ヴァースは視線を離さないまま、自分の隣の女が注いだ盃をまた煽った。向かいの女も、目を逸らさなかった。


「はは、これは頼んだ通り河豚の様だな。」

「ええ。」


運ばれて来た生魚に手を伸ばし言ったラッザリーニの言葉を聞いて、向かいの女は反射的に視線をヴァースから逸らして、ラッザリーニに向ける。にこりと微笑んで答える。


「店主自ら捌いたんですって。」



大振りの器に申し訳ない程度に収められたそれら摘みながら、ヴァースとラッザリーニは酒を堪能した。


「お前、どうして戻って来た。」


ひとしきり出された料理を味わってから、ラッザリーニは単刀直入に切り出した。ヴァースの反応すら待たずに、ラッザリーニは続ける。


「良くまあ戻ってこれたもんだぜ。尊敬するぜはっきり言って。」


そう鼻で笑って、また盃を煽る。呻く様な溜息を吐きながら盃をテーブルに戻すと、両腕を広げ背もたれに身体を預けた。乱れた髪と髭の隙間から片目だけが覗き、肘をソファーの背にかけてそれにぶら下がるような様子は、まるで磔にされた海賊そのものだった。しかし、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。


返事を焦らずに、生魚の後に口に含んだ酒をゆっくり味わっているヴァースをよそに、ラッザリーニは更に続けた。


「親の七光りで艦長の座に駆け上がっといて、上がったら上がった途端にやっぱり辞めます、で、トンズラだ。お前の後援者はさぞ困ったろうぜ。辞めたのも神経が図太いが、それで戻って来るなんざ、更にイカれてるとしか思えんな。」


ヴァースは酒が喉を焼く刺激をやり過ごす為に伏せていた目を開いた。ラッザリーニを見返すが、隣の女もこちらを見ていた。またさっきの女と目が合う。


「しかも訓練班の引率なんざ引き受けたらしいじゃねぇか。全く、何を考えている?あぁ?」


ラッザリーニは殆ど笑いながら言った。


「お前、なんでわざわざ戻って来た。」


また同じ質問を繰り返す。それから、もう一言付け加えた。



「復讐か。」



まだ微かに笑ったままの片目だけの視線を、ヴァースは受け止め、見つめ返した。



嘲笑を含んだラッザリーニの物言いが、本音を引き出すための挑発であるのは明らかだった。しかしヴァースは、こちらの手の内を全て明かすかどうかは相手によって良く吟味するつもりだった。


盃をテーブルに置きながら、ヴァースは答えた。


「他にやる事が無いからさ。」

「はは、暇つぶしに復讐か?」

「そういう意味じゃないな。」


ラッザリーニに倣うように、ヴァースもソファーに寄りかかった。椅子の背に掛けた腕の脇に擦り寄るように、片側の女が身を寄せて来た。それをちらりと一瞥してから、ヴァースはラッザリーニと、その隣の女へ視線を移し、それからテーブルに視線を落として続けた。


「結局俺は、ここでの生き方しか知らん。急に地上に降りてみても、何をしたらいいのか分からなかったのさ。」

「はん、気高い『ロングネーム』様には、地上は下賤すぎたかい。」

「……貴方はどうしても俺を性格の悪い奴にしたいらしいな。」

「はははっ!!お前が言うのか!!」


ラッザリーニは、ひときわ盛大な笑い声をあげた。耐えられないとでも言うように身を起こし、腹を抱えて膝を叩く。


「『氷の貴公子』と呼ばれたお前が!!はーっはっはっ!!」


寡黙で冷徹な振る舞いを誇張した士官時代のヴァースの二つ名を持ち出して、ラッザリーニは笑い続けた。それにつられるように、ヴァースもフッと笑いを漏らす。


「『英雄』に『氷の貴公子』か。全く、好き勝手に呼んでくれる……悪いが自分で主張した呼称じゃ無い。正確性に関しては保証致しかねるな。」

「はっはっはっ!!あーっはっはっ!!」


笑い疲れて気がすむまで笑い続け、ラッザリーニはまた背もたれにドサリと寄りかかった。その乱雑な様子に、両隣の女は少し身を引いた。まだ笑いを漏らしながら、ラッザリーニは機嫌良さそうに言った。


「最高だ!最高の酒の肴だ!!我らが『純血種』のアクレス家御子息は、地上に降りて随分腑抜けちまったらしい!!はっはっ!!」


ラッザリーニがまた小さな盃を手に取ると、隣の女が酒を注いだ。


「全く最高だ。」


ヴァースを見ながらニヤリと笑って言って、盃を一度空に掲げてから、ラッザリーニはそれを煽った。ヴァースは特に表情を変えずに、ただそれを眺めた。

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