Scene 18. 訪問と、誰。
ヴァースの家も、まだ自然の多い郊外にあった。ミィヤには見覚えのない風景なので正確な位置は頭に浮かばなかったが、マザー・グリーン空挺軍の連絡船の港からは随分離れている気がする。
ヴァースの家は、広いガレージへの入り口が正面にあった。2人が到着すると自動的にシャッターが上がり、ヴァースはジェットをガレージの中に滑り込ませた。車の隣でエンジンを止めて、ジェットを降りる。
ヘルメットを外したミィヤは、無意識に両手を口に運んで、はぁー、と自分の息を吹き付けていた。両手はひんやりと冷たい。
「おいで。暖かい飲み物でも入れるよ。一度温まろう。」
手袋とヘルメットを外したヴァースは、寒がるミィヤを急かして、ガレージから室内に繋がる通路を急いだ。その後をミィヤは追う。
まさか本当にヴァースの家を訪れる事になるなんて考えていなかったミィヤは、さっきから暴れている心臓を落ち着かせるのに必死だった。
いや、取って食わないって言われたけど。なんかもうほんとにこの流れは。いやだから大丈夫だから。ないない絶対ない。
自分に言い聞かせながら、ミィヤは通路を進んだ。動的センサーが二人の進入を感知して、明かりが灯る。
壁の片側はガラス張りになっていて、その向こうは食料庫になっていた。大きな銀色の冷蔵庫の横に、食料が詰め込まれているであろう箱がたくさん積み重なっているのが見える。両脇の壁には棚が据え付けられ、ワインやビールも積まれている。落ちてしまったのか、床の一角にチップスの大きな袋がいくつも散乱していた。ヴァースの意外な一面を見たようで、ミィヤは鼓動がまた早くなった気がした。
通路の突き当たりにあった絨毯の貼られた螺旋階段を、ミィヤはヴァースの後について登った。
半分登ったところで、突然、既に登りきったヴァースが歩を止めたことに気がづいた。怪訝に思ったミィヤがヴァースに声をかけようとした瞬間、
「あら?」
と、人の声が聞こえた。
女性の声だった。
え。
誰。
ミィヤはその場に凍りついた。
そして思いつく。
さっきのパントリー。山盛りの食料。
先輩は訓練の長期引率から帰ったばかり。また数日後にはマザー・グリーンに着任。そんなに買い込む必要なんてない。
ここに住んでるのは、先輩だけじゃない。
「おかえりなさぁい。」
また女性の声がした。
ヴァースと奥さんが写っていた写真が、再度ミィヤの頭に浮かぶ。
「ローレン……」
ヴァースの口から女性の名前らしい言葉が紡がれる。
ミィヤが見上げると、ヴァースは階段を上がったすぐのところでしゃがみ込んでうずくまってしまっていた。頭を抱えて、大きなため息をつく。長い長いため息だった。
それが済むと、ヴァースはすぐ後ろにいたミィヤに向かって静かに言った。
「すまない、ちょっと待っていてくれ。」
そして、ミィヤを残して早足で通路の先に進み、
バァンッ!!
と、突然、何かが爆発したのではないかと思うほど大きな破裂音がして、ミィヤは身体をすくませた。続いて罵声が響く。
「ティーチ!!一体何回言ったらわかるんだお前は!!俺は昨日なんと言った!?」
ミィヤのいるところまでビリビリと響いて来るような声だった。ミィヤは、いや、防護船にいた誰も、ヴァースのこんなに取り乱した物言いを聞いた事はない。
ミィヤは驚きで動けなくなった。
その後、
「ああ?うーん……」
と、今度は男性のうめき声が聞こえた。
他にも誰かいる?
「頼むから!俺が頼んだ時ぐらい遠慮してくれ!!誰の家だと思ってるんだここを!!」
「あー……うるせえなぁ。」
ヴァースの剣幕は先程と変わらない程だったが、何事かと怖いもの見たさで、ミィヤは階段を上がりきることにした。螺旋階段の終わりから二階の通路の先を恐る恐る覗き込むと、ヴァースが扉の開いた部屋の入り口に立っていた。
「なにキレてんだよ。今更だろ。寝みぃんだよこっちは。」
と、くぐもった不機嫌そうな声が聞こえて、部屋の中から男が顔を出した。ヴァースと同じくらい背が高い。タトゥーだらけの腕、引き締まった体躯、色黒の肌、くしゃくしゃの、真っ黒な髪と髭。下着一枚で、服を着ていない。
首をボリボリかきながら部屋を出ようとしたところを、ヴァースに肩をがっと掴まれ、
「あんだよ。」
と顎を上げて見下ろすようにヴァースを睨みつけた。ヴァースは睨み返す。
ふと、人の気配に気づいたのか、男がミィヤの方を向いた。人がいることを認めて、目をパチクリさせる。
「おう。」
と、男がミィヤに向かって言って片手を上げたので、ミィヤは混乱しながらもゆっくり頭を下げて、頷くように会釈を返した。ヴァースは片手で顔を覆って天を仰ぐ。
「ふぅーん?」
男は、今度は目を細めてニヤニヤしながら、ヴァースの方に向き直り、頭を傾げてその顔を覗き込んだ。
「おおー?へぇー?『人が来るかもしれないから明日は空けてくれ』ってぇー?へぇー?ふぅーん?」
「服を着てくれ、ティーチ。」
苛立たしげにそう言うヴァースには応えずに、明らかにからかうような口調で、ティーチと呼ばれた男は楽しそうにヴァースに話しかけ続ける。
「人が来るとか言っておいて出かけるから、何かと思ってたんだよなぁー?へぇー?ふぅーん?」
「ティーチ。」
「わーったわーったよ。大人しくしておいてやんよ。ローレンも部屋から出さねぇようにするよ。安心しな。あと便所くらい行かせろ。」
ヴァースの背中をばん、と叩いて上機嫌でそう言うと、男はミィヤの方へ大股で歩いて来て、
「よぉーじょーちゃん名前なんてぇーの?俺はティーチだ。こいつに酒とタバコと女教えてやったんは俺だぜ。」
と、言ってからゲラゲラ笑いながらミィヤに握手を求めて来たので、ミィヤは反射的に手を差し出すところだったが、
ついて来たヴァースに後ろから髪をがっ、と掴まれ、
顔面から横の壁にごん、と叩きつけられたので、ミィヤとの握手は叶わなかった。
ぐえ、と、カエルを潰したような声が漏れる。
「服を着ろと言ったんだ……」
呆気にとられて見ていたミィヤは、男の頭を壁に押し付けて押し殺したように呟く、表情のないヴァースの顔を見て少し青ざめる。
「ってーなわーったわーった!!わーったよ!ったく容赦ねぇなぁ。」
男は髪を掴まれていた手を何とか振りほどいてヴァースから逃れると、顔をさすりぶつぶつこぼしながら、諦めたようにさっきの部屋に戻って行った。男が部屋の中に消えて扉を閉めたのを見届けると、ヴァースは額を片手に埋め、また長い長いため息をついた。
「すまない……飲み物は途中で買うよ。車に乗ろう。」
そう言ってミィヤを階下にエスコートするヴァースは、どうしてか、物凄く落ち込んでいるように見えた。
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