Scene 53. 過去と、決意。

司令室の正面には連絡船のそれと同じ様に巨大なスクリーンがあったが、画面は小さく区切られ、それぞれが別々の情報を映し出していた。宇宙空間の映像もあれば、数値やグラフを映しているものもある。その手前には、ステージを囲う観客席の様に何列もの操縦席が並んでおり、白い服を着た無数の人員が作業を行なっていた。


(よおジェイ、お前のフルネームなんだっけ?)


室内の光景を見て、同胞との最後の会話があざやかに蘇り、ヴァースは息を呑む。ぐうと、喉のあたりが締め付けられる様な感覚を覚えた。そういえば、あんな時でもあいつは全く調子を変えなかった。


(あんた、地上でジェット乗った事無えって言ってたよな。俺の愛機、使ってくれよ。惚れた女でも連れて乗ってみな。)



ああ、乗ったよ。


お前の言う通り。




「アクレス准将!」


すぐ近くから声をかけられ、ヴァースは現実に引き戻された。見ると、驚いた様子でグレーの軍服を着た赤毛の女性が敬礼の姿勢を取っていた。


「ヴァンコーヴ大佐。」


ヴァースは敬礼を返したが、名を呼ばれた女性は更に驚いた様だった。ヴァースが自分の名前を知っていることに驚いたのだ。ヤヤ・ドール・ヴァンコーヴ・クランプ。ヴァースとは、退軍前には直接の面識は無かった筈だった。


「初めてお目にかかりますが……」


驚きで半ば呆然としつつもヴァンコーヴが差し出した手を、ヴァースはしっかりと握り返す。


「ええ、お会い出来て光栄です。」




グレーの制服は、マザー・グリーン艦長の側近を勤める者達だけが許されたものだ。ヴァースは着任式の数日前に母艦に来ていたが、要人への面会以外に何もせずにいたわけではなかった。母艦内で、そして将官の権限でのみアクセスできるデータベースを参照し、現在の従軍者の顔と名前と得られる限りの経歴を頭に叩き込んでいたのだ。艦長の側近ともあれば、覚えていないわけがなかった。


「ここはあなたが預かっているのか。」

「いえ、チェビー中将が……」

「アクレス准将。」


ヴァンコーヴとの会話を遮る様に、別の人間が声をかけてきた。


「チェビー中将。」


ヴァンコーヴがその存在に先に気づき、ヴァースの肩越しに敬礼をした。その視線の先に、ヴァースも向き直る。


鋭い金色の眼光と、視線がぶつかった。


やはりグレーの制服を着た男だった。色黒の肌に、片目だけが金色に輝いている。もう片方の目は色が濃く肌の色にも馴染んでいるから、余計に片目だけが目を惹く。


「チェビー中将、久し振りだ。」


言いながら敬礼をしたヴァースに、男は厳しい顔つきでゆっくりと敬礼だけを返した。フィリップ・アイン・チェビー・ウェイブ。フラーが三衛星だった頃はフラーの艦隊の一船を任されていたのを、ヴァースは覚えていた。


「大佐、代われ。」

「はっ。」


チェビーは片腕につけていた、指揮官であることを示す黒いラインの腕章を外す。ヴァンコーヴはそれを受け取ると、再度敬礼をしてから部屋の中央に向かって行った。チェビーはヴァースから視線を外そうとしない。


「そう言えば、フラー艦長にお伺いをするのを失念しておりました。」


ヴァースを睨みつける様に見たまま、チェビーは言った。


「貴方の立ち位置は、何処になるのか、と。」



フラーはヴァースを「准将」として任命したが、他の士官と比べてのその官位は明らかにしていなかった。チェビーは、果たして自分がヴァースに従うべきなのかを聞いているのだ。正直なところ、ヴァースにもそれは分からなかった。おそらくフラーの一存で、状況によって変わるのだろうとヴァースは予想していた。


色の違う左右の色を見つめていると、何処か落ち着かない。見ているものが本当に正しいのかと意識が混乱して、そうだと説得するために、集中して理性を使わなければいけない様だ。剥き出しの敵意を跳ね返す様に、ヴァースは、金色の片目に視線を集中して言った。


「おそらく、何処でもないだろう。」

「それは困りますな。はっきりさせて頂かなければ。」


顎を上げてきっぱりとそうチェビーの意図は明らかだった。自分は認めない、貴方の下に着くのはごめんだ、一度裏切った者の下に着くなど不本意だ、と、チェビーの視線や態度全てが物語っていた。潔く表現された嫌悪に、ヴァースは何故だか幾許かの安堵を感じた。いつだって厄介なのは、行動と本心が噛み合わない者達だ。


「ここは貴方が任されているのは確かだ。私が指揮権を主張するつもりはない。」

「では何故ここに?」

「……手厳しいな。」


ヴァースは言葉に詰まり、苦笑いをした。フラー達には、現場のカンを取り戻す為だと言ったが、チェビーはそれでは納得しそうにない。


「元艦長である貴方がわざわざいらっしゃったのだ。何か重要な目的がおありでは?」


緊迫した状況に、冷やかしにか、それとも権威を誇示する為にか、用も無いのに来るなんてなんと呑気な、と皮肉でも言いたげだ。この様子では、この先も衝突は避けられないだろうなとヴァースは思う。だがやはり湧いてきたのはむしろ快さだった。裏表のない清々しさを前に、ヴァース自身も取り繕うことは無意味だと決心する。ヴァースはチェビーから視線を外し、正面の巨大なスクリーンを見つめた。


「大した理由じゃない……決意を新たに、だ。着任式ついでにもう一度見ておこうと思ってな。」


大した理由では無いと聞いて、チェビーは金色の目の方の片眉を跳ね上げる。それを見て、ヴァースはそう言えば彼は四年前のことをフラーから聞かされているのだろうかと、ぼんやりと考える。彼は確か、フラーと共に遠征に出ていた筈だ。ヴァースは続ける。


「同朋をこの手で葬った場所をな。」


それを聞いて、ピクリと、チェビーの顔が僅かに歪んだ。



そうだ。


あいつと、最後の通信をした。

そして散ったのを見届けた。

四年前にこの場所で。




「標的の姿を確認!」


スクリーンに近い列にいた空士が立ち上がり、指揮官席にいるヴァンコーヴに向かって言った。チェビーはそれを聞いてスクリーンに視線を移す。


「映せ。」

「はっ。」


ヴァンコーヴに言われ、空士は敬礼を返すと、素早く座り直す。程なくして、スクリーンの中央に、新しいウィンドウが映し出された。黒一色の平面のその手前に、赤い線で描かれたポリゴンの立体映像が浮きあがる。



それは禍々しい姿だった。


2つに折れ、くの字になった宇宙船。


その折れ目は、凸凹の腫瘍のようなものが埋めるようにして取り繕っていた。


折れ目以外の損傷部分も、同じようになにかいびつなものに覆われている。



「旧式の連絡船か……。」


チェビーがボソリとつぶやいた。


ヴァースは何も言わなかった。

その映像を、ただぼんやりと眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る