045:失念、全ては。


「ほっほっほっ。これはこれはアシュリー嬢。久しいのう。最後に会ったのは……いつだったかな、婆さん」


「知りませんよ。私は初めて会いましたがねぇ。こんな可愛いお嬢さん、1度見たら忘れませんよ」


 えー。

 こいつら知り合いなの?

 もうマジ勘弁なんですけど。

 正直考えんの疲れたわ。


「おうこれは、誰かと思えば。帝国の剣聖殿ではないか。久しいな。侵入者は貴殿であったか。───そういえば、最近の貴殿の噂は私の耳にも届いているぞ。なにやら人間を辞め、ガルゴレアンに下ったらしいではないか。して、我らが同胞に何用か?」


 ……はい?

 今サラっと凄く聞き捨てならない言葉があったぞー。

 え、なんて?


 ───『帝国』って言ったのか?


 このクソ老夫婦は……帝国から来たの?

 王国じゃなくて、帝国?

 しかも『ガルゴレアン』……って。

 それって確か……カンナ派と双璧をなしてる派閥のボスだよなぁ……。

 いや、うん、間違いない。

 ヴァルキリーな隊長さんが言っていた。


 ……なんでそんな奴の名前が出てくるんだよ……。



 ───このクソ老夫婦は……ガルゴレアン派閥の奴らなのか……?



「おう、さすがに耳が早いのう。なーに、用というほどじゃないわい。ただの勧誘じゃよ。見込みがありそうなんで見定めてこいと命を受けてのぅ。いやぁ、誰かに指示なんてされたの初めてじゃから、とても新鮮じゃわい。老後の暇潰しに選んで正解じゃったよ。なぁ、婆さん」


「えぇ、そうですねお爺さん。……ただ、時折心から殺してやりたいって思う時がありますが……。しかしまあ、それもまた新鮮で楽しいですがねぇ」


「そうじゃ、そうじゃ。殺したい相手に仕える、なんとも矛盾していて心躍るわい。ほっほっほっ」


 ……なんだこのイカれた老いぼれ共は。

 全く理解できない。


 いや、待て。


 今考えるべきはそれじゃない。


 目を背けるな。


 考えろ。


 考えるんだ。


 思考が加速する。


 様々なピースが組み合わさっていく。


 見えなかった絵が見えてくる。


 そして───

 

 ───俺は今ようやく、この状況を理解した。


 胸糞悪いこの状況を。


 あぁ……最悪だ。


 これは完全に俺のミスだ。

 目と鼻の先にいる超生物『カンナ様』のことだけを警戒して、『ガルゴレアン』なんて奴のことは頭から完璧に抜け落ちていた。

 コイツと関わるのなんてもっと先のことだろと勝手に思っていた……。

 南の帝国側の話だし、北の王国側にいる俺には関係ないって勝手に決めつけていたんだ。

 そんな保証はどこにもないのに。

 

 …………。


 俺はガシガシと頭をかく。


 本当にクソだ。


 自分の浅はかさが本当に嫌になる。


 ヴァルキリーな隊長の言葉が鮮明に思い出される。


 アイツは言った。


 カンナ様の〈領域〉は、大陸東側の半分を覆うほどだと。


 なら───それと対等に渡り合っているガルゴレアンの〈領域〉も、最低でもそれくらいはあると考えるべきだったんだ。


 アギナ村は帝国と王国の国境付近にある。

 その近郊のウルガの森にある俺のダンジョンも、当然国境付近にあるってことだ。



 ───じゃあなんで、俺のダンジョンのある位置はガルゴレアンの“領域内”でもあるんじゃないかって考えなかった?



 なぜこの事実を失念していた。



 俺のダンジョンが最悪の立地だって、なんでヴァルキリーな隊長と話した時点気づかなかった。



 2人のクソやばい魔王が接触してくる可能性があると、なんであの時点で気づけなかったんだ……。



 俺がそこまで思案を巡らせ、予め警戒していれば、俺の配下は………………ももたろうたちは、死なずに済んだんじゃねぇのかよ……。


 

 俺は急に足の力が抜け、膝から崩れ落ちた。


「ま、マスター! 大丈夫ですか!?」


 シエルが何か言っているが、なんて言っているのかあまりよく聴こえなかった。

 自分の無能さに吐き気がする。



 全て───俺のせいだったんだ。



 俺の致命的なミスが、ももたろうたちを死なせた。


 魔王共は話の通じない奴じゃない。

 それはカンナ様を見ればよくわかる。

 俺になんか微塵も脅威を感じていないから、潰すより利用しようって考える連中なんだ。


 じゃなきゃ派閥なんて作って遊んじゃいないだろ。


 だから、予めこの事態を予測してももたろうたちに伝えていれば、こんなことにはならなかった可能性が高い……。


 ももたろうたちは今も……生きていた可能性が高いんだ……。


「…………」


「ま、マスター……」


 あぁ……もう、本当に。


 上手くいかないよなぁ……どこの世界も……。


 そのとき、俯いていた俺の身体が浮きあがった。


 あ、違う。


 なんの前触れもなく現れたアシュリーとかいう奴に、胸ぐら掴まれて持ち上げられてるんだ。


「聴いてるいるのかルイ殿ッ!! 返事をしてくれッ!!」


「貴様……その汚ぇ手をマスターから離せ」


 ───うるさい。

 

「ほぉ、ヴァルキリーですかな? 既にヴァルキリーを召喚できているとは見事な手腕ですな。しかし、今の貴殿ではどうすることもできはしないだろう。大人しく見ていて下され」


「なんだとゴラ……? どうすることもできないかどうか、試してみるかトカゲ野郎がァァアアア゛ッ!!」


「な、なんと失礼なッ!! 私は───」


「───あぁ、すいません。少し考えごとをしていたんすよ……で、下ろしてもらっていいっすか?」


「あッ!! こ、これはとんだ失礼をいたした……。わ、私の悪い癖だ……」


 俺は無事下ろしてもらえた。

 あれ、なんかシエルがすごいアシュリーを睨んでるんだけど、なんで?

 まあどうでもいいか。


 ほんともう、どうでもいい。


「それで……なんでしたっけ?」


「聴いていなかったのか!? ならもう一度言うぞッ!! どちらの派閥に属するのか、今一度ルイ殿に問いたいッ!! 我らがカンナ様の派閥か!! ガルゴレアンの派閥か!! さあ選べッ!! まあ、選ぶまでもないと思うがなッ!!」


「……はい?」


 あれ、なんでこんな話になってんだ……?


「ほっほっほっ。そういう決まりがあるんじゃよ。領域が重なった場合、本人に選ばせるという決まりがな。まぁ、難しいことはよい」

 

 え。

 説明それだけ?

 どうでもいい話は長いのに、大事なことは適当かいこのクソジジイ……。

 

 はぁ……もう、しんどい……。


「ルイと言ったな。どうじゃ? 今から儂らガルゴレアンの派閥に鞍替えしたりせんか? お主のことは知っている。人間が憎いのじゃろう。だから己がダンジョンに来るものを全て殺している。ならばこちらの方が良いのではないか?」


「何を言うッ!! ルイ殿は───」


「───あぁ、大丈夫っすよアシュリーさん。もう決まってるんで」


「……? ルイ殿……」


 ───疲れたなぁ。


 なんで俺はこんなどうでもいいこと聴かれてるんだか。


「して、返答は?」


「いかにッ!?」


 ───どうせ、全員殺すのにさぁ。


「カンナ様の派閥で」

 

 だから俺は答えた。

 全員殺すにはどちらにいればいいか。

 もう間違わない。

 絶対に。


「な、なんじゃとぉぉッ!!」


「ぬぉおおおおッ!! 英断ッ!! お見事ですぞルイ殿ッ!!」


 なんでカンナ様の派閥なのか。


 疑問に思うか?


 いや、簡単簡単。

 

 『穏便派』って、一番ヤバそうだから。

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