胎動

010:とある冒険を生業とする者たち。

 

「ウラァァァアッ!!」


 もう何年も使い続け、俺の血と汗を多分に含んだ愛剣を勢いよく振るう。

 ただ振るうのではない。

 入射角、タイミング、呼吸、狙う位置、間合い……、様々なことを意識しながら剣を振るう。

 何も考えずに剣を振ってはいけない。


 常に思考し、悩み、如何にすれば強くなれるのかを考えながら剣を振るわなければ、これはただの労働で終わってしまう。

 こんな……たかがゴブリン程度の魔物……。


 自己研鑽以外に使い道はない。


 剣を振るい。また振るう。

 その度に汚い血飛沫が舞う。


「オラッ! 死ねッ! 死ねやァッ!」


「ギィッ! ギギギィィィッ!」


 また一匹。そしてまた一匹。

 ゴブリンが減っていく。

 怯えて逃げていく緑色のゴミを追いかけ、首を刎ね飛ばし、また追いかける。


「アアァァァアアアアッ!!! クソがァァァアアッ!! 飽きたァァァアアアッ!!」


「レン頑張れ〜応援してるー」


「そうだぞー、お前が1人でやりたいって言ったんだぞー」


「わァってるよッ!! うるせーなッ!! 黙って見てろッ!!」


 アザベルとクイナが茶化してくる。

 ……うぜェ。

 俺以外のパーティーメンバーは日陰で涼みながら、喉を潤し、ただただ鑑賞しているだけ。

 中には寝そべってる奴、もはや完全に寝息をたてている奴もいる。

 クソこの野郎……。


 まぁ……確かに俺が一人でやりたいって言ったんだけどよ……。


「畜生がァァァァッ!!! なんでッ! なんでランクがッ!! 上がらッ! ねぇェんだッ!!」


 言葉の合間にゴブリンの首を刎ねる。

 こんな奴らは喋りながらやるぐらいがちょうどいい。

 なかなかランクが上がらないことや、日頃の鬱憤晴らしに使うにはこれ以上のものはないな。


 はぁ……でもそろそろ腕痛てぇ……。


「疲れた……終わる……」


 俺は剣を鞘に収める。

 もう無理。疲れた。ダルい。

 踵を返し、とぼとぼとみんないる方へ身体を引きずるように歩いていると、パンッ、と少し遠くで本を閉じる音が聞こえた。


「はい、じゃあ交代ね。───《チェインライトニング》」


「ギギィッ!! ギィィィィィィッ!!」


 黒ずんだ紫色のローブに身を包み、自身の身長と変わらないほどの長杖をから魔法を放つのは───俺らのパーティー『竜翼』の魔法詠唱者『リーナ・ヴァレンティノ』


 2匹の生きた蛇のような稲妻が、次々とゴブリンの命を刈り取っていく。

 それがさも当然の理であるかのように。


 これが……リーナ。

 これがリーナ・ヴァレンティノ。

 ちきしょう……。

 悔しい……やっぱ魔法は羨ましい……。


 魔法は生まれつきの才能だからな〜、仕方ねぇ……クソ……。


 リーナが片手間に放った魔法は、それだけで十数匹のゴブリンの命を無慈悲に摘む。


「───《ブリザード》」


 そして、リーナが次に放ったその魔法が全てを終わらせた。

 リーナの扱える最大攻撃魔法───《ブリザード》

 視界に映る全てのゴブリンは、瞬きした次の瞬間にはすでに永遠の氷の牢獄に閉じ込められていた。


 うぅぅっ、さむっ。


 すげぇ……。

 素直にやっぱすげぇわ………………。


 勝てねぇ……。

 勝てねぇなぁ……。


 ちくしょう……これじゃあ、まだまだ全然───




 ─── 告れそうにねぇじゃねぇかよ………………




「リーナ、お疲れ」


 複雑な気持ちで、俺はリーナに声をかける。


「─── ん」


 リーナの返答はそれだけ。

 一言……というより一文字だ……。

 なんだよ……つれねぇなぁ……。


 まぁいい。

 今日は魔石もだいぶ……とはいかねぇが集まった。

 依頼の数は軽く超えているな。


 これで少しは、『Dランク』に近づけただろうか。


 ─── ってコイツら……。


「オォイッ!! 起きろアザベルッ!! そしてアルカッ!! もう帰るゾッ!!」


「んあぁぁ〜もう終わったのか〜?」


「ほぉあぁぁ〜今日は早かったですねー」


「うるせぇッ! さっさと支度しろッ!!」


 寝起きの情けない顔を晒すアザベルとアルカに、俺は憂さ晴らしも兼ねて怒鳴りつけた。

 そしてそのまま、俺たちは若干足早に帰路についた。



 ++++++++++



「今日どのくらい取れたのー魔石ー?」


「─── 微妙」


「……うるせぇよッ!! 働いてねェ奴が文句言うなやッ!!」


 確かに……今日は微妙だが……。

 本当のことだからより一層腹が立つ。


 魔石ってのは、言うなれば魔力の結晶だ。

 学のない俺には詳しいことは分からねぇが、なんかいろいろな用途に使えるらしい。

 魔道具や船の燃料とか、だな。

 うん、エネルギー系だ、エネルギー系。

 魔力を貯めておける物質ってのが、俺ら人間には作れねぇから価値があるんだとよ。

 ギルマスが言ってた。


 それと魔力ってのは、主に魔物や人間が生まれながらに持つものだな。

 全ての生物は魔力を宿している。

 当然、大小がある。

 ほとんどの奴は微量な魔力しか持たない。

 だからこそ、魔法詠唱者は貴重なんだ。

 国が魔法詠唱者の育成に対し、莫大な金を惜しげも無くかけるほどに。


 その魔力を、大気中の魔素と反応させて特定の現象を引き起こすのが─── 魔法だ。

 これは子供でも知ってる。

 すごいよなー。

 俺も使いてぇよ。リーナが羨ましい。

 リーナほどの腕があるなら、無償で魔法学校にも通えただろうに。

 俺らと村を出て冒険者になってくれたのには、感謝してもしきれねぇ。


 つまり、魔法は数少ない選ばれた者だけが扱える至高の代物だったわけだ。

 まぁ、過去形だけどな。

 今は魔道具があるから、金さえあれば誰でも使える。

 一部の強力な魔法を除いて。

 魔石がなきゃ無理だけど。


 ……あーあともう一つ。

 魔石と同じように、様々なエネルギーとして役立つものがある。

 それも魔石の何倍もの価値があるヤツ。



 それは─── ダンジョンの核だ。



「あァァッ!! 俺も早くダンジョンに挑みてぇぇよォォォッ!!」


「そうですよねーそれは私も思います。ちょっと楽しみですよね。ダンジョンってなんか夢とロマンがありますし。ダンジョンに潜って初めて冒険者って認められるみたいなところありますからねぇ」


「だなー。それはあるわー。俺らはまだまだガキんちょってことだわ。ダッハッハッハッハ」


「何笑ってんだよッ!! そしてあとどんだけクエストをこなしたらDランクになれんだよォォォッ!!」


「───うるさい」


「……ごめん……リーナ……」


 はぁ……。

 焦っても仕方ないんだけどな……。

 冒険者認定審査に一発で受かっただけでも、儲けものだし。


 ダンジョンはその脅威度によってランク分けされていて、俺ら冒険者は自分のランクの一つ下のランクのダンジョンまでしか挑めない。

 だが、ダンジョンの最低ランクは─── Eランク。


 そして俺らのランクもEランク。

 つまり俺たちが挑めるダンジョンは……ないってことだ。


 はぁぁ……。




 ──── まぁもちろん、何事にも例外はあるのだが。




 ……ん?


 リーナが突然、立ち止まった。

 しかも明らかに動揺の色を見せている。

 立ち止まったまま微塵も動こうとはしない。


 そのあまりの不可解な行動に、リーナを除く俺ら5人全員が戸惑いを隠せない。


 だが───


 それも束の間。

 盗賊のアザベルは新たな敵を予期し、誰に言われずとも周囲の警戒と索敵を始めた。

 弓士のバナンは空中に弓を構えた。

 重戦士のロックが前へ出る。

 他のメンバーもすぐさまリーナを守る陣形に移り、臨戦態勢に入る。


 俺らは基本ふざけているが、全員がコロネ村出身の幼馴染みだ。

 ガキの頃からずっと一緒なんだ。

 共に冒険者に憧れ、共に鎬を削り、そして強くなった。

 だからこそ、言葉など必要ない。


 誰かがつまづいたのなら、誰かがそれを補う。

 当たり前の事だ。

 それが今回は、珍しくリーナだったというだけ。


 俺も剣を構え、感覚を研ぎ澄ます。

 全神経を剣に集中する。


「……どうした、リーナ。敵か?」


 俺は警戒したまま、小声で尋ねる。

 すると、はっとしたようにリーナはキョロキョロとしだした。

 今ようやく、自分が全員に守られていることに気づいたらしい。


「あ、ごめんごめん。敵じゃない」



 …………え。



「な、なんだよもぉぉおお。脅かすなよリーナー」


「ふぅー、びびったー」


「リーナが固まったらビビるよねー。レンならともかく」


「それはどういう意味だゴラァッ!?」


 空気が弛緩する。

 さっきまでの緊張が嘘のように、一瞬でいつものおふざけモードだ。

 だが、俺はなんだかんだこの感じが嫌いじゃない。

 やっぱりコイツらと居るのが、一番楽だわ。


「で、結局なんだったんだよ」


 気になった俺は、リーナに聞いてみる。

 意味もなくリーナがあんな状態になるとも思えない。

 他のメンバーもそれは気になっていたようで、全員が耳を傾ける。


「えーっと、たぶんだけどね。ほんとたぶんだよ? 間違ってるかもだよ?」


「わーったから、焦らすなよ」


「いや、実は─── ダンジョンの魔力を感じるの……とても小さなやつ……ここからもう少し歩いたくらい……のところ……」


 リーナの言葉に、今度は俺たちの方が固まってしまった。




 …………何事にも例外がある。




 ダンジョンとは国にランク付けされ、明確で厳格な管理がなされているものだ。

 ただしそれは、すでに発見され認知されているもののみ。

 つまり、新ダンジョンに関しては一切の制約はない。

 全ての冒険者に挑む権利があるということだ。


 しかも、新ダンジョンは魔物が大量発生するという特徴を抜きにすれば、罠もほとんどなく、浅く矮小。


 それは同時に、新ダンジョンではダンジョンの核すら手に入ってしまう可能性が極めて高いということを意味するわけで──────。






「「「「「イィィヤァホォォオオイイイッ!!」」」」」






 その事実を瞬時に理解した俺たち全員の、この日一番の歓喜の雄叫びが重なり、森にこだました。

 疲れを忘れ、足取りも軽くなり、揚々と俺たちはその新ダンジョンに向けて走り出す。






 今日は最っっっ高にツいてるゼッ!!!!

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