035:脅迫電話と村人集団拉致計画と瘴気と虫と。


 『黒い板』が振動とともに魔法の光を発した。

 いついかなる時であっても“コレ”に対しての対応を逃すわけにはいかない。

 そんな思い……いや、恐怖と不安から部屋を出る時は必ずポケットにしのばせ、部屋にいる時は最も目に留まりやすいPCのすぐ側に置いていたのだ。

 

 マジでよかった。

 俺は心底安堵した。

 

 それは全てこの瞬間のためだ。

 リザルトを確認し終えて一息つこうとしたその時、なんの前触れもなく『カンナ様』から渡された通信系魔道具が反応を示したのである。


 同時にいろんな嫌な想像が脳裏を駆け巡る。

 もしかしたらこの通信の後には文字通り全てが終わるかもしれない。

 そんな俺の様子を敏感に感じ取った緑山とシエルもどこか不安げだ。

 しかし、ここで待たせるのは最も愚かだろう。

 相手は気分ひとつで何もかも思い通りにできる存在なのだから。


 落ち着けー俺ー。

 大丈夫、大丈夫。

 何もミスはしていない……はず。


 深呼吸をひとつ。

 覚悟は一瞬。


 意を決して、俺はその通信に応じた。



『もしも────』


『王都まで《領域》広げたら連絡よろー』



 プツッ─────


 …………。


 …………。


 …………。



「フ○ッッッッッッッッッッッック!!!!!!!」


 様々な感情が濁流のように押し寄せ、超緊張状態からの解放とともに解き放たれたそれを俺はこの叫びに乗せて吐き出した。


「ま、マスター……一体何が?」


「あぁ、俺の知るかぎり最高にヤバい奴からの連絡だよ」


「えッ!! マスターよりヤバい御方なんているんですか!?」


「……ねぇ、それどういう意味? 殴るよ?」

 

「もしかして、この前来たあのヤバそうな子供っすか?」

 

「そうそう、見た目は子供だったなー。絶対中身は違うけど」


「マスターより……お強いのですか?」


「は? 当たり前だろ。俺なんかあの幼女からしたら虫けら同然だと思うよ?」


「し……信じられません!! マスターより強大で偉大な御方などいるはずがございません!!」


「……どっからくるんだよその過大評価。───でもまぁ、いつかは殺すけどさ」


 ぱっ、とシエルの表情が明るくなった。

 なんなのコイツ。

 

「その幼女には、お前の存在をまだ知られるわけにはいかないんだよねー」


「え……? なぜでしょう?」


「まぁいろいろ。だから絶対俺の言いつけは守れよ。あの幼女の“目”はどこにあるかわからないから。じゃないと……俺もお前もみーんな死ぬことになるぜマジで?」


「……は、はい。分かりました」


「胸に刻んどけよ。───今はまだ、な」


 ……よし、今起こったことは忘れよう。

 忘れたい、すごく忘れたい。

 でも無理だー、嫌なことほど目につくんだわー。


 ───さて。

 《領域》を王都まで広げたら連絡よろ、って言われてもそんなの当分無理なんですけど。

 けどあまり待たせすぎるのもヤバいか。

 焦りすぎるのも良くないけど……。

 はぁ……王都まで《領域》を広げさせて何をさせるつもりなんだか。

 目的がわからんわ……。

 

 期限を決められなかっただけましか。

 ……いや、むしろそれが普通怖い、不気味。

 うん、でもかけ直すなんてことはしないでおこう。

 当分あの声を聴きたくない。 

 夢に出そうだわ。


 よし、忘れないうちに必要なDPを計算してPCに記録しておこうかな。

 

「なぁ、その辺に地図なかった?」


「え、地図ですか?」


「あ、オイラ知ってるっすよ〜」

 

 そう言うと、緑山はトコトコと歩いて本棚の隙間に挟まっている地図を取り俺に渡した。

 なぜそんなところに。

 そしてなぜ緑山は知っている。

 コイツ、俺より俺の部屋に詳しくないか?


 緑山から地図を受け取り机に広げ、ここから王都までの大まかな距離の算出とそこまでの『領域拡大』に要するDPの計算に取りかかる。

 なぜか親の仇を見るような目でシエルが緑山を見ているが無視。

 ぴょんと机に飛び乗り、大人しくお座りしたお利口さんなルルの頭を一撫で。


 うーんと、だいたい……って遠いな。

 あ、でも直線距離でいいのか。

 それなら少しは……ってやっぱり遠いわ。

 

 んーおよそ───1200000DP……か。

 約1200万DPかなー、王都の面積も考慮すると。


 高すぎわろた……。

 はぁ……コツコツやるしかないなー。

 不労DPが現在8万DPだから、単純計算このまま何もしてなくても150日後には溜まるか。

 ……かかりすぎだわ。

 そんなに待ってくれるとはとても思えない。

 ってか俺がそんなに待たせられない、怖すぎて。


 ならどうすればいいか……───まぁ、すでにひとつ案は思い付いてるんだけど。

 というか、あの幼女な魔王に出会う前からこの計画は頭にあった。

 ダンジョン内で人間を飼うことが最も効率的なのではないか、ということに気づいたその時から。



『村人集団拉致計画』



 本当は冒険者や騎士のような強い人間の方がいいんだけど。

 まぁ、費用対効果を考えれば断然こっち。

 それに『アギナ村』を実際に見てみるまで確証はできないが、ヴァルグラムのような都市に比べ村なら警備が甘いと思う。

 つまりそれは大量の人間を拉致できる可能性が高いことを意味している。

 質より量、いぇい。


 誰にも見られることなくやり遂げられれば、ダンジョンの仕業だと見抜くことはまずできないはず。

 近隣には広大な森があるわけだし、凶悪な魔物の仕業だとでも思ってくれるだろう。

 ま、だからここを選んだんだけどねー。


 まさしく完璧。

 まさに完全犯罪。

 でも、その後の弊害としていろんな強い人間がここら一帯に集まってくる可能性も非常に高い。

 だって村人が大量に消えるわけだから。

 そんな不穏な場所を放置するわけにはいかないっしょ。

 

 なんで、とりあえずダンジョン強化しよーっと。

 まずはルルとコイツらと俺の命を守ることが最優先だわ。




 ++++++++++




 うーん。

 俺のダンジョン強化の方針は基本『罠で殺す』だったんだけど、ちょっと変更が必要かもと思い始めている。

 というか完全に思っている。


 なぜかというと、ある程度実力がある侵入者ならどんなに罠を張り巡らせても見破られたり対処されたりするなーとこれまでを見て思ったから。

 そもそも雑魚な侵入者なら第一層の樹海で死ぬし。

 だからそこを突破するってことはそれなりに強者なわけじゃん。


 そいつらが罠で死ぬとは思えない。

 というより、俺がそんな奴らを殺す罠が思いつかない。

 罠の勉強でもしとけばよかった。


 よって方針変更。

『強い配下をたくさん創造して殺す』に変更ー。

 これは量より質でしょ。

 ってか、そうじゃないと無理。

 だって俺って配下を無下にできない優しいダンジョンマスターなわけじゃん? 物凄く強い配下じゃないと人間と直接戦わせられないわけよ、心配で。

 最低でもシエルと同等くらいの配下を増やそう。

 


 ───これは人間嫌いの反動なんかなぁ。



 あ、でもこれからも階層は増やすよ。

 侵入者を殺せなくても疲弊させることはできるし。 

 その分こっちの生存率も上がるし。

 それにひとつ面白いものもカタログで見つけちゃったしねー。


 というわけでダンジョンの改造を始めよう。

 現在───248185DP

 うむ、十分すぎる。


 まずはB2FとB3Fの間に階層を2つ追加。

 そしてその2つの階層を完全に連結させて『迷路化』と『フロア倍化』を実行。

 これでどうなったかというと、平面構造ではなく立体構造の大迷路ができたわけだ。


 つまり上と下を行ったり来たりしないと進めないということ。

 しかもこの立体構造の迷路の上と下を繋ぐのは全て螺旋階段や螺旋上の坂道。

 大いに方向感覚が狂うことだろう。

 そして罠も充実させた。

 罠で死ぬことはなくても、意識しながら進むのは精神的に疲れることだと思うから。


 うんうん。

 これだけでも十分いい階層だと思う。

 しかしこれだけじゃない。

 今回『瘴気』というものでこの立体構造の迷路を覆ってみた。



 瘴気化[20000]:1つのフロアを丸ごと瘴気で覆う。任意に変更可能(魔力使用により)



 久しぶりに『知識だよん♡』で『瘴気』について調べてみたんだけど、詳しくは載ってなかった。

 人間や一部の魔物にとって有毒なものであるということしか分からなかったというね。

 相変わらず適当で腹立つ。


 ちなみに、俺は最高級ポーションを片手に恐る恐る瘴気の中に入ってみたんだけど、なんともなかった。

 当然シエルも問題ない。

 ……ただの薄い霧じゃねぇか。

 と思ったけど、緑山は猛烈に入ることを拒否した。

 本能で感じ取ったんだと思う、ヤバいって。


 うん、気休め程度かもだけどないよりマシかなー。

 ……んで、まだ終わりじゃない。

 


 俺は『瘴気虫』という面白そうなものを発見したのだ。



 瘴気虫[20]:害悪指定魔虫。瘴気を唯一の糧とし、病原菌や寄生生物の媒介となることが多いため危険。



 見た目はゴキブリと蟻を混ぜたような感じ。

 全長40mmくらいで色は白。

 サイのような角が頭部から1本生えており、ムカデのような大顎も持ってる。

 キモい、最高にキモい。

 色が白ってのがキモさを一層際立たせてる。

 虫が苦手な俺にとっては特に。


 だが、これは大半の侵入者にとっても同じなのではないだろうか。

 もしかしたら、どんなにヤバい侵入者であってもこのフロアを見て引き返すのではないだろうか。

 それどころかこんな小さな虫なら、剣や弓はほぼ無力だから魔法使いいないとほぼ詰みじゃね?


 なら手段は選ぶわけにはいかない。

 俺はルルと配下の魔物たちを失いたくない。

 自分のダンジョンにこんな虫が大量にいるというのは些か……いや、本当はすごーく嫌なんだけど仕方がない。 

 コイツら瘴気の中でしか生きられないっぽいし、ここから出てくることはない…………はず。


 というわけで、シエルと緑山に猛烈に反対されたが俺は2000匹の瘴気虫を創造したのである。

 さすがに虫に知性があるはずもなくコミュニケーションは役に立たなかった。

 元々意思疎通したくもないけど。


 こうして、ある意味うちのダンジョンで最も凶悪な『瘴気と虫の迷宮』が出来上がったのである。


 おえー。

 気分悪い。


 あーあと、前の改造でオーガたちの投擲が失敗した時のために『カラクリ壁』をたくさん作ったんだけど、そこの1つに隠し通路を作って第五層の『終点』に繋げておいた。

 じゃないと戦利品の運搬ができないし、ももたろうや豚キムチと話し合いたい時とか無理だから。


 オーガもオークも瘴気ダメっぽいし。

 正確にはオーガは嫌なだけな気がするけど……虫が……。


 そこだけは侵入者にバレないように注意しないとなー。

 まぁまずバレないと思うけど、一応、隠し通路がバレた時に備えて道を10本くらいに枝分かれさせて、そのうちの9本を『瘴気と虫の迷宮』に繋いでおいた。


 ふぅ。

 まぁ今回の改造はこんな感じ。


 


 階層追加×2───40000DP


 迷路化×2───1600DP


 フロア倍化×2───14000DP


 瘴気化×2───40000DP


 充実したトラップ───約10000DP


 瘴気虫×2000───40000DP


 隠し通路───2500DP




 合計約148100DP

 まあまあかなー。

 そんで、手元に残ったのはだいたい10万DP

 んー、強い配下は次に持ち越しだなー。

 あー疲れた、精神的に。

 ちょっと寝よ。


 それから様々な確認を終えてよたよたと自室に戻った俺は、ベッドにダイブしてそのまま眠った。




 ++++++++++




 【ルイのダンジョン】


 第一層:失明の樹海


 第二層:精神メッタ刺しの迷宮


 第三層:瘴気と虫の迷宮


 第四層:瘴気と虫の迷宮


 第五層:終点

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