013:波ひとつない。
ダンジョンの最上部。
俺は翼をはためかせ、上空から全てを見渡す。
まぁ、いくら目を凝らしたところで一面に広がる樹しか見えはしない。
だから目は閉じる。
そして、ダンジョンとしての"目"へと意識を切り替える。
─── うん、よく見える。
心もなぜかとても穏やかだ。
ついさっきまでめちゃくちゃ焦ってたのに。
なんでだろーな。
よく見えるし、よく聞こえる。
今なら全てを知覚できる気がする。
何をやっても上手くいく。
どんなことでも正しい判断ができる。
初めての感覚だわ。
必要な情報だけが目に映り、聞こえる。
周りの景色から色が消え、全ての速度が一段階遅くなった。
すっげー集中できてる自分を客観視しているような、不思議な感覚。
俺の心は今─── 波ひとつない。
あ、ここだ。
狙うべきは絶対に今だわ。
アイツらのうち4人が、俺の射程範囲内に来た。
ローブの女は……無理か、仕方ない。
オーク、いい働きだ。
みんなお前に意識が削がれている。
大雑把な指示しかしてないのに、よくやった。
─── あとは、任せろ。
俺は羽ばたくのをやめる。
重力に逆らうのをやめ、自由落下する。
一面に広がる緑の海へと、落ちていく。
そしてここで─── 1回、羽ばたく。
数にして1回だが、全力の羽ばたきだ。
恐ろしい速度で加速する。
地面が恐ろしい速度で迫ってくる。
だが、うん、問題ない。
どんな繊細な動きでも、今の俺ならできる。
その確固たる自信が俺にはあった。
樹が10cmのところまで迫った。
だから俺は翼をたたみ、身体を限りなく直線へ。
枝や草木の僅かな隙間を縫うように。
よし、樹を抜けた。
かすり傷程度で、速度もほとんど落ちてない。
アイツらが見えた。
大丈夫、気づいた時には全てが終わっている。
俺は右手に持つ包丁を強く握る。
ここで、もう一度全力の羽ばたき。
さらに景色が加速する。
さぁ、回転も加えよう。
景色が廻りだす。
高速回転しながら、高速で落ちていく。
でも大丈夫。
俺の平衡感覚は最高に冴えている。
今自分が右を向いているのか、左を向いているのか。
完璧に把握できる。
「みんな危ないッ!!!!!!」
女の声が聞こえた。
さすがだな。
やっぱりお前が一番脅威になりそうだ。
だが─── もう遅せーよ。
俺の位置が、アイツらの首の位置と重なる。
─── ここだ。
回転する勢いに、ありったけの腕力をのせる。
思いっきり包丁を振り抜く。
鈍い感覚が4回。
とった。
─── 四人の首を、刎ね飛ばした。
遅れて、噴水のように舞い上がる鮮血が見えた。
シャオラッ!!!
やってやったぜぇぇえええッ!!!
おおっと!!
地面に激突する寸前に、俺は翼をはためかせ勢いを殺す。
そして地面擦れ擦れを滑空し、再び上空へ。
「ウラッシャアァァァアアアッ!!! ざまぁみやがれこの野郎がぁぁああ!!!」
思わず俺は叫んだ。
包丁を見れば、確かに血が垂れている。
凄まじい達成感に満たされた。
初めての感覚だ。
人間を殺す感覚。
─── 悪くない。
凄く気分がいい。
ずっと考えていたんだ。
人間を羽虫のように殺せたのなら、どれほど世界は綺麗になるのだろう、と。
「アアアァァァアアアアアアッ!!!!」
男の悲痛な声が聞こえてきた。
心地よい悲鳴だ。
お前らが悪いんだぞ?
俺のダンジョンに入ってくるから。
お前らに守りたい仲間がいるように、俺にも守りたい存在がいるのさ。
さて───
次の一手に、俺が移ろうとしたときだった。
「───《ブリザード》」
絶対零度の女の声。
それと同時に俺の目の前の空間が─── 凍りつく。
その勢いは凄まじく、避けることは叶わない。
これが、これこそが─── 魔法。
その真の脅威を俺は今初めて知った。
俺は油断していたんだ。
四人を一気に屠ることに成功し、無意識のうちに安堵していた。
ほんの一瞬、集中力が途切れた。
絶対に油断なんてしてはいけなかったのに。
クッ!!
俺は咄嗟に身体を捩り、直撃を避けることは何とかできた。
しかし片方の翼は完全に凍りついてしまう。
そしてそのまま、空中にとどまる手段を失った俺の身体は落下を始めた。
だが─── 大丈夫。
俺はすぐさま思考を切り替える。
反省は後だ。
落下しながら、俺は思考し続ける。
コイツらをどうやって殺すか。
その一点だけを。
++++++++++
許さねぇ。
絶対に許さねぇ。
俺は剣を強く握る。
血が滲むほどに。
コイツが……。
俺の目の前に転がっている、羽の生えたコイツが…………
四人の─── アザベル、アルカ、バナン、ロックの命を奪った。
「おい、言葉はわかるか?」
俺は、コイツに話しかける。
リーナも俺とコイツの方に近づいてきた。
その顔は決して笑っていない。
そりゃそうだ。
たった今、子供の頃からずっと共に過ごしてきた仲間を四人も失ったんだ。
あまりに実感がない。
現実味が全くない。
明日になればまた一緒に笑えているのではないか、という感覚さえある。
これは現実ではないのかもしれない。
本当にそう思ってしまう。
そうであって欲しいと、思ってしまう。
だが……これは現実だ。
みんなコイツに殺された。
俺はチラリと横に目を向ける。
そこには生々しい─── 首が切り離された死体が四つ。
クソッ!!
あぁクソッ!! クソがッ!!
俺はコイツを睨みつける。
心の奥底から湧き続ける無限の怨嗟をのせて。
「少しでも妙な真似をしたら─── 殺す」
リーナがコイツに杖を向けて、そう告げる。
リーナの魔法でコイツは機動力を奪われている。
既に勝負はついた。
気がかりなのはあのオークだけだが、現れる気配はない。
つまり─── あとは、コイツを殺すだけ。
だが、ただで殺しはしない。
「俺の言葉が分かるのかと聞いている」
「……ふーん。人間の言葉はわかるのか。さすがふぁんたじ〜」
「───あ゛?」
やはりだ。
コイツには知性がある。
見た目もほとんど人間に翼が生えただけのように見える。
こんな種族聞いたこともない。
少なくとも俺は。
─── ただ。
俺はコイツを思い切り殴りつける。
ふざけた態度をとりやがって。
自分の状況分かってんのか?
「待てッ!! まだだッ!!」
すると、コイツはいきなり意味の分からないことを叫んだ。
「いいぜ、話をしよう。何か聞きたいことでもあんのか?」
殴られたことなど気にもしない様子で、コイツは突然そんなことを聞いてきた。
「ないなら俺の方から聞きたいんだが。─── お前らは何をそんなに怒っている?」
は?
コイツは……何を言っているんだ。
「お前らが俺の大切なものを奪おうとしたんだ。それに俺が反抗して何が悪い? なんだお前らは? 自分は奪うのに、奪われるのは嫌ってか? とんだガキだな」
「黙れッ!!!」
俺はコイツを殴る。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
コイツの言葉の一つ一つが、無性に腹が立った。
「当ててやるよ」
だが、またもやコイツは気にもかけない様子で、言葉を続ける。
「お前らは、"人間は別"って考えてるんだろ? いつだってそうだ。お前ら人間は、人間とそれ以外という考え方しかできない。しかもタチが悪いことに、それが無意識ときてる。本当に吐き気がするわ。人間を殺すのには罪悪感を感じるくせに、他の生物を殺すことは一切躊躇わない。お前らが今まで殺してきた魔物に、家族はいないのか? 友人や恋人だっていたかもしれないぞ。そんなことを一度でも、考えたことがあるか?」
「………何を………言ってるんだ? お前……」
「レン、もういいよ。─── 殺そう」
「…………あぁ、そうだな…………」
コイツは何を言っているんだ……。
人間と魔物が一緒のはずがないだろ。
人間が虫や動物と一緒のはずがないだろ。
俺らがゴブリンを殺すのと、ゴブリンが人間を殺すのでは意味が違う。
当たり前だ。
本当にわけが分からない。
まあ、どうでもいい。
"魔物"が言うことだ。
到底理解できるものではねぇ。
それでもたった一つだけ、はっきりしていることがある。
コイツは、俺の仲間を殺したってことだ。
「じゃあ─── 死ね」
俺は剣を振りかぶる。
「くっ、殺せッ! ─── なーんつって」
そして───
─── パチンッ
指を鳴らす音。
続けて激しい無数の貫通音。
肉を貫き、骨を砕く音。
血の吹き出る音。
それが何度も、何度も。
するとなぜか、俺の全身の力が抜け、地面に崩れ落ちた。
なに……が………………
…………は?
低くなった俺の視界に映ったのは─── 蜂の巣と化したリーナだったもの……………………
わけがわからない。
何も理解できない。
一体……一体、何……が………………
どんどん視界が狭まっていく。
なんとか自分の身体に目を向ければ、俺も蜂の巣になっていることが分かった。
血が無くなっていくのがわかる。
血溜まりができていく。
意識が遠のいていく。
クソ……何………………が………………
「あーやっぱ無理だわ〜。生理的に無理だわ〜」
俺が最期に聞いたのは、気だるげで、力が抜けるような、それでいて底知れない本物の憎悪が込められている、そんな言葉だった。
++++++++++
「グゥガーッ!!《大丈……か……じ!!》」
「ブォーッ!!」
「ギギギィ」
「おーお前ら、よくやってくれたな本当に。俺なら大丈夫だ」
俺は地面にへたり込んだまま、しばらく動けそうになかった。
極限状態が続いていたせいか、終わった途端に疲れがどっと押し寄せてきた。
イテテ……あの野郎本気で殴りやがって。
配下の魔物達が心配して駆け寄ってくれるが、疲れすぎていて上手く対応できない。
あぁ本当に良かった、ルルを守ることができて。
今はその安堵に浸ろう。
でも、こいつらは本当によく頑張ってくれたな。
こいつらがいなかったら、絶対に生き残れていない自信が…………あ…………る。
あぁ、やべぇ…………。
眠…………い……………………。
「悪い…………ちょっと……俺、寝る…………わ………」
「グゥ! グゥガグガ!!」
「ブブォッブォ!」
「ギギィ」
頼りになる…………やつ……ら……だ………………
急激な睡魔に襲われ、俺はそこで意識を手放した。
獲得DP:14039
殺害数:6
家畜数:0
現DP:14039
不労DP:0.5/h
【獲得アイテム】
・アルテナンの長杖
・オルランダのローブ
・鋼の長剣
・鋼のアックス
・鋼の短剣×2
・鋼の軽鎧
・鋼の重鎧
・弓と矢が数本
・鉄のナイフ×7
・ヴァルナの魔導書
・その他書物数冊
・黒雷狼の籠手
・黒雷狼の手袋
・黒雷狼のレザーブーツ
・その他衣類多数
・装飾品多数
・ポーション×17
・上級ポーション×4
・金貨や銀貨などの硬貨が数枚
・少量の携帯食糧と水
・人間の死体×6
【獲得スキル】
《チェインライトニング/連鎖する稲妻》
《ドラゴニックアロー/竜の一矢》
《斬撃》
《剛防壁》
《雷光加速》
《索敵範囲》
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