032:人間の悪意、天使の躾。
気づくのが遅れた。
これまでのことからダンジョンの魔物は俺の命令をなんだかんだ守るものだと思っていたし、それに少し気が緩んでいたのかもしれない。
なぜかって?
今回の侵入者共がクッッッソ弱かったんだよ。
どのくらい弱かったかというと、この前やってきたヴァルキリーな隊長さん率いる兵隊共と比べれば蟻と象くらい違ってた。
なんていうんだろう、あれ。
現場を知らないキャリアってやつか?
知識は豊富にあるみたいだったが、いざ実践となるとてんで役に立たないパターンの奴ら。
だから俺は少し浮かれていた。
自分が考えた通りに人間共が罠にかかり、混乱し、そして死んでいく。
その光景を見ることは言葉にはし難い達成感と歓びがある。
今回もその例外ではなかった。
二手に別れた部隊の一方を俺は見ていた。
するとどうだろう。
どんぐり率いるコロックルたちに視力を奪われ、混乱し、罠にかかりさらに混乱する。
めちゃくちゃ気分が良かった。
最高にハイってやつ。
それから《必中眼》のスキルを持つオーガに人間一人を狙い撃ちさせた。
いとも呆気なく命中し絶命。
今までの敵はなんだったんだろうか。
念の為もう一度オーガに狙撃の指示を飛ばす。
またもや呆気なく成功。
はっきり言って拍子抜けだ。
……それでも人間は侮ってはいけない。
今は気が動転しているだけで、本当は反撃の手段を持っているのではないか。
この世界には『スキル』や『魔道具』といった人間をさらに厄介足らしめるものがある。
だから決して侮ってはいけない。
俺はしばらく観察する。
……だが、やはり何も無いようだ。
となればここからは間引きになる。
今回は余裕があるので家畜として何人かは捕獲できそうだ。
危険な魔法使いは真っ先に殺害。
それ以外は適当に厄介そうな奴を殺した。
結果、なんと今回は7人も家畜を捕獲できた。
最高すぎるわー。
さて、隣の部屋はどうなっているかな〜。
そこで俺はようやく気づく。
人間を弄び殺している馬鹿の存在に。
俺は翼を全力ではためかせた。
嫌な予感がしたから。
人間を侮ってはいけない。
アイツは知らないんだ。
人間の底知れない悪意を。
鋭利な爪や牙はなく、優れた身体能力や悠久の寿命があるわけでもない人間がこの世で最も繁栄しのさばっている理由を。
決して付け入る隙を与えず、考える暇を与えないほど迅速に殺す。
それが、最後まで何をするか分からない人間という生き物を最も安全に殺すための鉄則だ。
アイツには今回それを見せるつもりだった。
それなのに……なにやってんだコイツは?
なぜ俺の命令をきかない?
ダンジョンモンスターの認識を改める必要があるかもしれない。
そんなことを考えながら俺は全力でシエルの元へと向かった。
シエルの姿が見える。
それと同時に、1人の人間を中心に展開する魔法陣も視界にとらえた。
ほらな。
人間は何をするか分からない。
“大物喰い”が他のどの生物よりも容易く起こるんだ。
嫌な予感は間違っていなかった。
俺はそのままシエルを殴り飛ばす。
───なぜ?
───見殺しにすればいい。
───お前が庇う必要がどこにある。
───守るべき最優先はルル。
───次に自分だろう。
───お前が死んだら誰がルルを守る?
冷静な自分が訴えてきた。
だが無理だ。
止めることができない。
俺はどうやら変わってしまったらしい。
以前の自分に、ルル以外何も持っていなかった頃の自分に戻ることなどできない。
俺は翼をはためかせ、魔法陣の中心に佇む人間に向けて加速する。
さらに回転を加え、右の腰から包丁を手に取る。
そのまま勢いを殺すことなく、包丁を奴の首へ。
首を斬り飛ばした。
その感覚を確かめるべく振り返ると……そこには何もなかった。
どうやったのかはまるで分からないが、跡形もなく消えていた。
目を疑うが紛れもない事実。
───良かった。
どこかへ瞬時に移動したとしか思えない。
この世界ではこんなことまでできるのか。
俺は自分の行動が正しかったことを確信した。
もし逃げられていたら、このダンジョンのことやシエルのことが何らかの形であの恐ろしい幼女な魔王の耳に入っていただろう。
アルム王国にはアイツの配下がめーっちゃ紛れてるようだし。
そうなれば万事休すとまではいかなくても、最高にまずい状況になっていたのは明白だわ。
++++++++++
そして現在───
俺はシエルを殴り飛ばす。
するとまるで漫画のように一直線に飛んでいく。
すでに何度も俺に殴られシエルはボロボロだ。
それでもまだやめるつもりはない。
殴り飛ばされた先にももたろうが居て、シエルのことを受け止めた。
「はぁ……はぁ……もうし、わけ……あり、ません」
「主様、俺からも頼みます。……死んでしまいます」
「───ダメだな。こればっかりはダメだ」
俺はももたろうに支えられているシエルの胸ぐらを掴み地面に押し倒す。
そして殴る。
また殴る。
「1、人間の能力は他の生物に比べ個体差が非常に激しい。故に人間という種族を一括りにしてその能力を判断することができない。適宜判断する必要あり」
殴る。
殴る殴る。
意識を刈り取ってしまわないよう注意して。
「2、人間が単体で何かをするのは稀であると心得よ。大抵の場合群れをなす。徒党を組み、道具を使い、策を練り、罠をはり欺く。これが、人間が獲物を仕留める時の典型パターンだ」
持論だが、最も身体に染み込み忘れられないのは“恐怖”であると思う。
圧倒的な恐怖。
いわゆる『トラウマ』というやつ。
これは手遅れになる前にトラウマとして刻み込んでおかなければならないことだ。
───俺がそうであるように。
だから俺はシエルを殴る、また殴る。
腫れた顔をさらに腫らす。
「3、人間に考える時間を与えてはならない。自らさえ使いこなせないほどに脳を発達させた人間という生き物の最大の武器は、考えることであるからだ」
コイツは危険にさらした。
ルルを、俺を、俺の配下たちを。
そして───コイツ自身を。
「4、完全に無力化するまで絶対に気を抜いてはならない。人間とは、極めて危険な毒虫であると考えろ。形勢が逆転するまではいかなくとも、甚大な被害を被ることは大いにありえる。───以上、“人間”を殺す時に絶対に忘れてはいけない4箇条でしたー。もう何度目かは分からんが、いい加減理解できた?」
「は……い……もうし……わけ……───」
「あーそれはもういいから」
最後に一発殴り、俺は息を整える。
心が平静を取り戻すと妙に不思議に思えてきた。
俺はなぜ今こんなに怒っているのか、と。
なんで俺はこんなに感情的になっている。
いつからこんなやつになった。
今までは感情のない抜け殻のようなやつだっただろうが。
俺は侵入者共から手に入れたポーションをいくつかシエルに振りかける。
するとシエルははっとしたようにすぐさま立ち上がり、頭を下げた。
「───二度とするな、こんな真似」
「……はい。申し訳ありませんでした」
「疑問か? 俺がなんでそこまで人間を恐れるのか。お前の言葉で言うなら、人間なんて下等生物だもんなぁ」
「いえ……」
言葉ではそう言っているが、シエルは物言いたげだ。
躾は失敗だな。
自分でも分かってた。
トラウマと共に人間を侮ってはいけないという教訓を植え付けたかったのだが……それには至らなかったらしい。
……手を抜いてしまっていたんだ、俺が。
シエルのことを本気で殴れない。
どこか手加減してしまう。
あぁ本当に厄介だなー、感情って。
ここに来て余計にそう思う。
まだ人間への嫌悪感を我慢する方が簡単だったように思えるわ。
それに、すぐに理解しろという方が無理かもしれないな。
元は人間であった俺とは違い、シエルは最初から人間を遥かに凌ぐ存在として生を受けたんだ。
むしろ人間を侮るのは至極当然のことか。
「悪かったな。痛かったか?」
「い、いえ!! マスターが謝られるようなことはありません!! 未熟な私が───」
「怖かったんだよ。お前を失うのが」
「え……マスターそれって……」
「100万かかったし」
「ですよねー」
「冗談。本当に怖かったよ。どうしようもなく臆病な男になってしまったもんだなーまったく」
「じゃ、じゃあ本当に……にへへ……」
照れたように目を伏せながら、妙にモジモジくねくねするシエル。
なんだこいつ気持ち悪っ。
というかシエルだけじゃない。
ももたろうや緑山たちだってそうだ。
俺は心のどこかで失うことを恐れている。
だからなんだろうな───
───配下の魔物に直接人間と戦わせることをできるだけ避けているのは。
はぁ……やだねぇほんと。
無意識に見ないようにしてたことが、コイツのせいでいろいろ見えてくるわ。
「ってか、なんでこんなことをしたんだ?」
「……え、えと。マスターに私が有能であることを分かってもらいたくて……」
「………………」
が、ガキかッ!!!
なんなんだコイツは。
マジで言ってんのか、なんてくだらん理由でやらかしてくれてるんだ。
見た目詐欺なんですけど。
子供のまま大人になっちゃってんですけど。
精神年齢はランダムで決まんのかよダンジョンの魔物ってやつは…………。
「はぁ………」
ちょっと疲れた。
ルルに会いたい。
心を癒してもらおう。
メンタルケアは大事、めっちゃ大事。
俺は無言でとぼとぼと歩きだした。
そして唐突にダッシュした、全力で。
「え、あの、どこ行くんですかマスター!! 待ってくださいマスター!! 捨てないでくださいマスター!!」
なんか意味わからんこと言ってる。
無視一択だな。
ルルに癒してもらったらリザルトを確認しよう。
さすがに楽しみだわー。
これだけの人間を殺した対価ってやつが一体どれほどなのか。
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