012:限られた選択肢。

 

 ダンジョンに侵入してくる者の存在を、不快感と異物感とともに感じとり、俺はすぐさま配下の3匹の魔物を呼び寄せた。

 時間はもうないに等しい。

 現在DPは──── 102DP

 選択肢は限られている。


 畜生なんだってんだ。

 俺が何したってんだよ。

 武器も罠もまだ設置してねーぞ。


 …………あーダメだ。


 現状を嘆いている時間はない。

 落ち着けー俺ー。

 今何が出来る?

 今できる最善はなんだ?

 今俺の手元にある駒はなんだ?


 クソが……人数が多すぎる……。

 結局人数を分断する手段も用意できていない。

 どうする。

 どうすればいい。

 一手で全てをひっくり返すには………………



 俺はカタログを高速でスクロールしながら目を通していく。

 逆転の一手を求めて。

 だが─── そこで突きつけられたのは、さらなる絶望的な事実だった。



 …………は?

 カタログから罠が一切消えてねーか?



 ─── そう、罠の類が全て消えていたのだ。

 


 おいおい嘘だろ。

 これ以上選択肢奪うとか有りかよ……。

 頼むから死んでくれー管理者L。

 ふざけんなマジ死ね。


 うわーまじかー。

 侵入者がいるからか?

 侵入者がいるときは罠は設置出来ません……ってか?

 オワター。

 無理ゲーすぎワロエナイ。



 ─── クソクソクソクソクソッ!!!



 …………無理、じゃね……コレ。

 詰んでね?

 …………いや、ダメじゃないだろ俺。

 諦めるな。

 考えろ。考えろ。考え続けろ。休むな。

 ないものはない。

 今考えるべきは………。


 あー材料が少なすぎる。

 選択肢が少なすぎる。

 検証する時間もない。

 しかも6人もいるんだぞ、侵入者。

 部が悪すぎる……。


 クソ……何も……何もないのか…………?

 ここで……終わりかよ……?

 こんな、こんな……呆気なく…………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



 ……………………………………………………



「にゃー」



 濁流のように押し寄せる負の思考。

 絶望、怨嗟、悲哀、恐怖、自棄、悲嘆…………

 そんな黒い感情に囚われ、俺の心は完全に閉ざされてしまっていた。



 だが───



 ─── 黒く閉ざされた世界に、ルルの声が響いた。




 はは。

 やっぱり、お前なんだな。

 いつも俺を助けてくれるのは。


 気づけば、いつの間にか俺の足元にルルがちょこんと座っていた。

 こんな絶望的状況だというのに、遊んで欲しいのか、なんども頬を擦り付けてくる。

 呑気なやつだな、まったく。



 ─── あぁ、俺は何を迷っていたんだ。

 やるべきことなんて決まっているじゃないか。

 俺が何を犠牲にしてでも守らなければならないもの─── それは、ルルだ。

 ルルを守るために、全力を尽くす。

 俺のすべきは、結局それだけじゃないか。



 よし。



「ルル、ちょっと行ってくる」


「にゃにゃー《行って……し……い》」


「うん、すぐ戻るよ」



 覚悟は決まった。

 ある程度の勝ち筋も見えた。

 ルルのおかげだな。



 世界一可愛いルルに見送られて、俺は玄関を出る。

 そこには、三匹の配下─── オーガ、オーク、ゴブリンがすでに集まっていた。

 緊急事態ということを理解しているのか、全員の表情が若干固いように見える。

 サボり魔のゴブリンでさえ、今回は俺の呼びかけに応えてくれた。


 コイツらもダンジョンの魔物。

 全員が理解しているのだ。

 ここが、正念場であると。


「よく集まってくれた。今からお前らがすべきことを伝える。緊急事態だ、1回しか言わない。だからよく聞いておけ、いいな?」


「グゥガッ!」


「ブォッ」


「ギギィ」


 よし、全員が真剣に聞いている。

 俺の言葉を理解できている。

 〈コミュニケーション〉がなければ本当に詰んでいたな。


「まずは、オーク」


「ブォッ《ハ……》」


 俺はオークに目を向ける。


「お前の役割は、『検証』だ。まず、お前がアイツらの前に姿を現す。その時の反応を俺が見る。もし、アイツらが臨戦態勢をとったのなら、それはお前を殺せるということだ。分かるな?」


「ブッ! ブォブォッ! ブ───」


「あー黙れ。今反論は許さん。時間がねーんだ。黙って俺の指示を最後まで聞け」


「ブ……ブォ……《ハ……もうし……せ……》」


「よし、それでいい。続きを話すぞ」


 オークが何やら反論してきたので、俺はそれを切って捨てる。

 〈コミュニケーション〉が発動しなかったからこれは予想でしかないが、おそらく人間など取るに足らない、自分なら倒せる、と言っているのだろう。


 だが、今そんなことにかまってる時間も余裕もない。


「もし、逃げ出すようならそれでいい。だが、臨戦態勢をとった場合。次にお前がすべきは、できるだけ注意を引くことだ。決して攻撃を仕掛けるな。お前に意識が集中し、他への意識が薄くなった機を見計らって─── 俺が空中から奇襲をしかけ、できるだけ大勢を仕留める」


「……ブ、ブォッ」


 できれば、あのローブを着た魔法使いのような奴もこの段階で仕留めたい。

 これは、俺がダンジョンを支配する魔王になったからだろうか。

 何となくだがアイツらの強さが分かる。

 あのローブを着た女が、一番ヤバい。


 しかし、ここではあくまで人数を最優先する。

 数の不利がそれ以上に問題だ。

 できるだけ多くの奴を、ここで俺が殺す。


「次にオーガ、お前には渡す物がある。両手を出せ」


「グゥガッ」


 コイツは一番気合いが入っているな。

 いいことだ。

 頼もしい。


 本当は、コイツも検証に使おうと思っていたが、やめた。

 ここ数日の訓練の様子を見て、コイツはかなり優秀だと分かった。

 腕力も一番強い。

 ならこの状況では、コイツは侵入者を殺すために役立ってもらった方が絶対にいい。


 そこで俺は考えた。

 コイツを生かす最適解はなんだ。

 そして─── 一つの答えに辿りついたんだ。




 パチンコ玉[2]:パチンコに使われている玉。




 これだ。

 管理者L、これを2DPは失敗じゃねぇか?

 と、思わずにはいられない。

 パチンコ玉、とは言っても実質金属の玉だ。

 これは強力な武器となりえる。

 オーガの腕力と組み合わされば。


 オーガは人型の魔物だ。

 それから予測するに、おそらくだが骨格や筋繊維の形状は人間と似通っているはず。

 ならば、オーガの能力が最も発揮される行動、それは───『投擲』だ。


 人間の骨格や筋繊維は、何かを投げるために作られていると言っても過言ではない。

 何故そんなことを知ってるのかって?

 それはまた今度教えてやるよ。


 オーガの剛腕から、パチンコ玉を無数に投擲させる。

 それはマシンガンに等しい。

 確実に脅威となる。


 俺はできるだけのパチンコ玉をDPで購入する。

 合計51個のパチンコ玉が、オーガの両手に現れる。

 ───残りDPは、0。

 少し不安になるが、大丈夫、俺の選択は間違っていない。

 ここで出し惜しみする方が最悪だろう。


 そうこうしているうちに、侵入者が樹海エリアの探索を始めた。

 時間はない。

 俺は小声で指示を続ける。


「グガ?《こ……?》」


「お前は隠れて、アイツらの隙を伺え。そして、ここだと思うタイミングでそれを思いっきり投げろ。いいな? もしその時、ローブを着た人間の女がいたらソイツに投げろ。分かったか?」


「グゥガッ!」


「シッ! 声がでけぇ!」


「グッ、グゥガ……《も………わけ……》」


「よし、まぁいい。頼りにしてるぞ」


「グゥ……グゥ……グゥガッ!」


「だから声でけぇよ!」


「ガッ! グゥ……」


 ふぅ……。

 主要な指示は終わった。



 最後に、俺はゴブリンを見る。



「ギィ?」


「お前には、最重要な役割を任せる。だから頼むから、今回だけは俺の言うことを聞いてくれ。いいな?」


「ギ……ギィ」(コクリッ)


「よし。─── もし、万が一作戦が失敗し、俺が死んだ場合の話だ」


「……ギィ?」


「いいから黙って聞け。ないとは思いたいが、やっぱり可能性はある。しかも、そこまで低くない」


 俺が死ぬ可能性。

 大いに有り得る。

 敵はあまりに未知だ。

 最悪の場合は、やはり考えておかなければならない。


「この扉の向こうに、黒い猫が一匹いる。名前はルル。俺の命よりも大切な存在だ」


「ギィ……」


「万が一俺が死んだら、お前がルルを連れて逃げろ」


「ギッ!? ギギィギギギィッ! ギィ……」


「黙って聞けと言ったろうが」


「ギ……ギィ……《わか……》」


「何としてもここからルルを連れて逃げ出せ。お前は逃げるのが上手い。お前は訓練をサボって、怒る俺から逃げるのも日に日に上手くなっていったもんな」


「ギィギギ……」


「怒ってねぇよ。むしろお前のその能力に期待している。─── 頼むぞ」


「……ギギ」(コクリッ)



 うん、期待しよう。

 いい表情だ。



「よし、じゃあ頼むぞお前ら! 散開!」


「グゥガ!」


「ブォッ!」


「ギィッ!」



 全ての指示は終わった。

 限られた選択肢のなかで、これが俺の考えるベストだ。


 配下の魔物達が散らばっていく。

 最後なんか暗い雰囲気になったが、殺されてやるつもりなんてさらさらねぇよ?

 人間に殺されるなんて真っ平御免だ。


 絶対に殺してやるさ。

 さて、俺も準備しないとな。











 …………え?

 お前の武器はなんなのかって?

 いろいろ考えたんだけどな、新しい武器なんて今更使えねぇと思うんだわ。

 剣とか斧も意外と重そうだし。

 触ったことすらないし。

 品質も【劣】って不安しかないし。


 そこで、俺が扱える武器はないかなーと考えたら───あった。

 しかもDPもかからない。

 普段から使っている馴染みのあるもので、尚且つ武器となりえるもの─── それは『包丁』だ。

 自炊してるし、俺。


 うわぁーただの殺人鬼だなー、包丁を持った俺。

 全然ファンダジー感ないわー武器が包丁って。


 ─── でも、まぁいい。

 アイツらの首を、これで刎ね飛ばしてやるよ。

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