011:黒の祭壇。

 

「なんか……霧が出てきたな……」


「えぇ……」


 俺たちは、リーナのダンジョンの魔力を感じるという言葉に胸を高鳴らせ、意気揚々とそのダンジョンへと向かった。

 魔力を感じるにはめちゃくちゃ集中しなければいけないらしいが、ダンジョンの魔力は別らしい。

 生物の持つ魔力とは種類が全く違うため、めっちゃ分かりやすいんだとか。


 まぁ、俺にはその感覚を理解することはできないが、リーナが言うなら間違いない。


 ダンジョンへ向けて動きだし、しばらくしてのことだった。

 霧が出てきたのは。


 別に、霧それ自体が珍しいというわけではない。

 だが─── この場所で、というのが奇妙なのだ。

 俺らがいるのは、もう何度もクエストや探索で訪れている大森林、『ウルガの森』。

 城塞都市ヴァルグラムの冒険者にとってここは、誰もが知る馴染みの場所だ。

 ここで霧が出たなんて話、一度も聞いたことがない。


「誰か、心当たりあるか?」


 …………。


 やはり、誰からの返事もない。

 全員が困惑の表情を浮かべるばかりだ。

 それでも、たかが霧ごときが新ダンジョンを諦める理由には到底なりえない。

 ここで引き返すようなら、冒険者じゃねェよ。




 ++++++++++




 それから俺たちは、浮かれて緩んでいた心を切り替え、周囲を警戒しながら進んでいった。

 霧はどんどん濃くなっていく。

 周囲の景色が霧に飲み込まれていく。

 この視界の不明瞭さが、俺たちの警戒心をより一層駆り立てる。


「リーナ、あとどのくらいだ?」


 俺は小声でリーナに尋ねる。

 周囲の警戒を緩めずに。


「───もうすぐ。かなり、近い……」


「───了解」


 その言葉を聞いても、誰も警戒を緩めたりはしないが、やはり全員興奮を隠せない。

 僅かだが表情が緩んでいる。

 かくいう俺もそうだ。

 いよいよだ。

 いよいよ俺たちはダンジョンに挑むんだ。

 そう考えると、高揚せずにはいられない。


 …………ん?


「お、おい、あれ……は?」


「─── 祭壇、でしょうか」



 ようやく霧が晴れてきた。

 俺がそう思った時のことだった。

 その黒き祭壇が、姿を現したのは。



「な、なぁ、もしかしてこれが……」


「えぇ……」


「まじかよ、ついにかよ……」


「…………」


「で、でも、大丈夫かな? ─── 祭壇のダンジョンなんて聞いたこともないけど…………」


「リーナ、魔力はどうだ?」


「─── 微量、完全に新ダンジョン」


 リーナは断定する。


 次は、リーダーである俺が決断する番だ。

 この新ダンジョンに挑むのか、否か。

 確かに不確定要素はある。

 それはダンジョンの形状だ。

 大抵は洞窟や塔なのだが、このダンジョンは黒く荘厳な祭壇。


 もしかしたら、このダンジョンを支配する『支配種』が強力な魔物の可能性もある。

 高ランクのダンジョンの支配種は、総じて高い知性を有していると言われている。

 西側には、とあるダンジョンの支配種と条約を結び、互いに協力関係を築くことに成功した国があるというが、本当かどうかは分からない。


 俺らみたいな低ランクの冒険者には縁もゆかりも無さすぎていまいち想像できないが、一つだけ分かるのは、そんなのは超絶稀だということだ。


「───レン、どうする?」


 リーナが聞いてくる。

 悩んだのは一瞬。

 そんなの、決まっているじゃねェか。


「行こう。万が一、強力な支配種がいたのなら全力で逃げればいい」


「───ん」


「そうだなー、それは言えてる」


「ここまで来て帰るなんて、無理ですよね」


「───うむ」


「賛成〜」


 よし、決まった。


「気を引き締めろよ、俺らの初ダンジョンだッ!!」



「「「おうっ!!」」」



 そして俺たちはゆっくりと、ダンジョンへと入っていった。




 ++++++++++




「……森、ですかね?」


「いや、ちょっと違うくねぇか?」


「密林……いや、樹海……の方が適切か?」


 その黒の祭壇を調べてみると、地下へと続く階段を見つけた。

 通路は細く長い階段だったから、一列になって降りていったんだ。

 するとここに出た。


 リーナの魔法───《フォロイングライト》で明らかになったそれは、まさに樹海だった。

 俺たちがさっきまでいたウルガの森とは明らかに違う。

 樹が非常に高い。

 そして密度が高く、先が見えずらい。


 ダンジョン内の暗さも重なり、視界はだいぶ悪いな。

 ないとは思うが、罠には一層注意しねぇと。


 そして、おかしな点がもうひとつある。


「魔物……いませんね?」


「……あぁ」



 そう、静まり返っているのだ。

 不気味なほどに。



「リーナ、ここは本当にダンジョンなのか?遺跡かなんかじゃねぇの?」


「─── 違う、ダンジョン。間違いない」


「そ、そうか。なんかゴメン」


 生まれたてのダンジョンには低ランクの魔物が溢れる。

 これは常識だ。

 だからこそ肩透かしをくらった気分で、なんとなしにリーナに尋ねてみたのだが、返ってきたのは自信に満ちた力強い返答。

 怯んで思わず謝ってしまった。


「まぁ、もうちょっと奥を探索してみよう」


「そうだな」


「賛成ー」



 そして俺たちは、さらに奥へと進んでいく。



 …………。


 …………。


 …………。



 ─── だが、いねぇ。

 魔物が一匹もいやがらねぇ。

 あれからしばらく探索しているが、ずーっと樹、樹、樹、岩、樹……………………。


「あぁぁああッ!! まも───」


「シッ!! 静かにッ!!」


 俺が悪態をつこうとしたその時、盗賊のアザベルが鋭い小声でそう言った。


 それとほぼ同時に、ドサリッ、ドサリッ、と重いものが草の上に何度も落ちるような音が遠くから聞こえてくる。



 いや─── これは足音だ。



 ようやくかッ!!

 俺たちは臨戦態勢をとり、ゆっくりと前進する。

 そして、姿を現したのは────



「ブォォォオオオッ!!!」


「なッ! オークだとッ!?」



 豚の頭を持つ巨大な化け物─── オークだった。

 俺たちは内心驚く。

 なぜならオークは、Eランクの魔物だからだ。

 ゴブリンを代表するFランクの魔物とは格が違う。

 決して油断できる相手ではない。

 ランクが一つ違うとはそういうことだ。


 だが、てっきりFランクの雑魚い魔物が蔓延っていると思えば、いたのはEランクの魔物、オーク。

 しかも一体だけ。


 謎が多すぎるな、このダンジョンは。

 でもまぁ、別にいい。


「総員ッ!! 気を引き締めろッ!!」


「「「おうッ!!!」」」


「…………」


「───ん」


 一体だけなら、脅威にはなりえない。


 俺は剣を鞘から抜き、構える。


 さぁ、どっからでもかかってこい!!



 ………。



 ………ん?



「来ませんね……」


「あぁぁぁッ!! さっきからこのダンジョンはどうなってんだッ!!」


 オークはただ、距離をとって俺たちを見ているだけだ。

 俺たちが一歩近づけば、一歩さがる。

 これの繰り返し。

 なんだコイツ?

 何がしたいんだ?


 と、様々な疑問が俺たちの身体を硬直させていると、突然オークは踵を返し奥へと帰っていってしまった。


 は?


「なんだよ、アイツ……」


「帰っていきました……ね」


「もう嫌だァァァアアアッ!! 意味がわからんッ!!」


 なんだ今の奴は。

 本当に何がしたかったんだよ。

 俺は剣を地面に思い切り叩きつけた。






 ─── そのオークの不可解な行動に、俺たちは動揺し、困惑し、そして呆れていた。




 ─── いや、遠回しな言い方はやめよう。




 ─── 俺たちは、油断していたんだ。あれほど油断せずにいこうと、誓ったのに。




 ─── それは運が悪いことに、リーナも他のメンバーも同じだった。






「みんな危ないッ!!!!!!」


 最初に気づいたのは、最も後方に控えるリーナだった。

 耳を劈くような、久しく聞いていないリーナの悲鳴。

 その声の意味を、咄嗟に理解できた者はいなかった。


 俺は反射的に振り向く。

 だが─── それよりも早く、目を開けていられないほどの凄まじい暴風が吹き荒れた。



 クッ!!

 なんだこれはッ!!



 その暴風は刹那に収まる。

 すぐさま俺は辺りを確認するために目を少しだけ開く。

 すると、何かが地面を這うように高速で滑空し、そのまま空へと急上昇して消えていくのを横目でとらえた。

 だが、あまりに速いそれがなんなのかまでは分からなかった。


 …………いや、それ以上に存在感を放つものがある。

 無意識にその事実を目の当たりにすることを、避けていたのかもしれない。

 見ないように、気づかないようにしていたのかもしれない。

 俺は……既に気づいている。






 だって、そこには────






 首が切り落とされた四人の─── アザベル、アルカ、ロック、バナンの死体があったのだから。






 な……



 な、ん……




「アアアァァァアアアアアアッ!!!!」




 俺は何も理解できないまま、あまりに呆気なく、一瞬で─── 同じ村で共に育った仲間を四人も、失った。

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