038:幸運な虐殺劇。


 俺は今、目の前で繰り広げられる虐殺劇を見ながら、己の幸運を噛み締めていた。

 いや〜、運なんてものを信じたことはないけど、こりゃー幸運としか言いようがないわ。

 〈幸運〉──全然期待してなかったけど、このスキルの評価がググーっと上がった。


 まあ、なんでこの虐殺劇がそこまで幸運なのか、これだけじゃよくわかんないよな?

 だからちょっとここまでのことを振り返ってみようと思う。


 

 ++++++++++



 ももたろう、豚キムチ、緑山、そしてシエルがわざわざ見送りに来た。

 うん、なんだか少し嬉しいが絶対に言わない。

 恥ず過ぎるから。

 

「マスター、いってらっしゃいませ!! マスターの留守は私が守ります!!」


「お土産期待してるっすよ〜」


「我が主、主を越える強者がいるとは思えませんが、お気をつけて」


「け、ケガしたら、いたいんだな、うん。だがら、ケガしたら、すぐ帰ってきて欲しいんだな、うん」


 くそー。

 こいつらなんなんだー。

 

「さんきゅー、すぐ帰るわー。留守は任せぞ〜」

 

 平静を装いそれだけ言って俺は歩き出す。

 恥ず過ぎるから。

 まじ嬉しすぎるんですけど、どうしよー。

 いつの間に俺の中でコイツらの存在がここまで大きくなったんだろうな、ほんと。

 ルルやコイツらのためにも早く帰ろう。


 さて。

 アギナ村まではだいたい14kmくらい。

 徒歩だと約半日って感じ。

 まあ実際は森の中を進まないと行けないから、もうちょいかかると思うけど。

 ちなみに、うちのダンジョンから城塞都市ヴァルグラムまでも同じくらいの距離。


 今回の最大の目的は村人を集団拉致するための下見だが、単純にこの世界の人間の文明の視察も兼ねている。

 俺はまだ知らない。

 科学ではなく魔法が発達したこの世界のことを。

 魔法が生活にどのように応用されているのかということを。

 

 侵入者の装備や持ち物を通して少しは知っているが、こんなものは情報とは呼べない。

 浅はかな知識は無知よりタチが悪い。

 きっとこの情報不足は、今後のダンジョン運営においていつか壁となると思うんだよねー。

 魔法の応用の仕方を見れば、ダンジョンにも応用できるかもしれないし。

 

 というわけで、村人集団拉致って目的がなかったとしても、俺はいずれ1度自分の目で見たいと思っていた。

 ちょうどいい機会だったってことだな。


「これで大丈夫か……今更ながら不安になってきたわ……」


 俺の服装だが、いかにも旅人って感じになってる。

 背中にはそこそこ大きいリュックまで背負ってる。

 腰にはロングソード、懐には包丁。

 

 いろいろ迷ったんだが、各地を転々としている旅人、っていう設定で村人に接触をはかることにした。

 知識が足りない俺にはまあボロが出にくい無難な設定だと思うが……どうだろう。

 不安になってきた。

 怪しいと追い返されたらどうするか。

 殺すか。

 いや、それはまずい。


 村八分とかあんのかなー、あったらしんどいなー。

 まぁ、悩んでも仕方ないか。

 とりあえず向かおーっと。


 ダッシュ。

 久々の外でなんか無性にテンションが上がった俺は、めちゃくちゃダッシュした。

 普段は翼に頼りきりだからなー、走るのは久しぶりですんごい気持ちいい。

 森の中って人目がないから、この歳でもはしゃいじゃうわー。


 堕天種になり、向上しすぎた俺の身体能力によって、10分くらい走ったら村が見えてきた。

 ヤバ……わかってたけど足速いわ俺……。

 息も全然あがらないし。

 

 だけど、村が見えてきて俺は軽く絶望した。

 嫌な予想は当たるもんだと思い知った。


「うわー、どうしよー」


 これマジでどうしよ。

 今俺の視界に映るアギナ村は高さ4mくらいの防護柵で囲まれ、物見櫓まで設置されている。

 完全に戦争の時には砦の1つとなるであろうほどの堅牢な村だった。

 しかも、規模も2000人はいるだろと予想できるくらいに大きい。


「なー、馬鹿すぎだわ俺ー。なんで気づかなかったんだろ」


 村の入口には門番みたいな奴までいる。

 最悪だわマジで……。


 考えてみればすぐにわかる事だった。

 地図を見た時になぜ気づかなかったのか不思議すぎる。

 このアギナ村は帝国との国境に最も近い村。 

 しかもすぐ傍にはウルガの森もある。

 そんな場所にある村が、ただのしょぼい村なわけがなかったんだ。

 ヴァルグラムの兵士が駐屯してる可能性だってある。

 

 いや誰だって分かんだろこんなん……。

 自分の無能さを呪うわガチで……。


「はぁー、こんな素性の知れない俺みたいな奴が入れるとは思えんわー。さて……どうするか……」


 夜になるまで待って空から忍び込み、村の様子をサッと見て帰るか。

 うーん。

 夜間の警備をこの村が怠っているとは思えない。

 物見櫓もあるし無理か……。

 

 ……やっぱり殺すか……いや、そんなことしたらより警戒されて余計に集団拉致計画が実行しずらくなるか……。

 

 ぬわーッ!!

 八方塞がりだぁぁあああ!!!

 ちきしょう!!

 認識が甘かった!!


 ……帰る……しかないのか……。

 アイツらになんて言うの?

 なんか無理だったから帰ってきましたーって?

 恥ずッ!! 恥ず過ぎるだろそんなんッ!!

 あんな盛大に見送られておいてさ!!


 ん……待て。

 1つだけあるじゃないか、村に侵入する方法が。


 それは───『全裸になりスキル〈不可視化〉による侵入』


 …………。


 …………。


 …………。


 無理だぁぁあああ!!!

 尊厳が、俺の尊厳が消え失せるぅぅうう!!

 見えないとはいえ全裸で村を徘徊するとかヤバすぎる、ハードルが高すぎるわぁぁあああ!!

 

 …………。

 

 はぁ……。

 やっぱ帰ろう。

 今回はアギナ村が結構凄い村だって分かっただけでもよしとしよう。

 全裸になるのは無理だ……精神的に……。


 ───ん?


 俺が諦めて帰ろうとしたその時。

 10人くらいの黒ずくめの集団がアギナ村に向かっているのが目に入った。

 めちゃくちゃ速い。

 え、何あいつら。

 普通に人間の動きじゃないんですけど。

 当然のように木々を飛び移ってるんですけど、忍者かよ。


 見た目は局所的に鎧のようなものをつけてはいるが、あくまで動きやすさを重視している感じ。

 妙な仮面を被ってる。

 手袋もしてて肌は一切見えない。

 やっぱり忍者か。

 マジで何アイツら。


 …………は?


 さらに驚くことが起きた。

 あろうことかそいつらは、勢いそのままに4mはある防護柵をぴょんと軽く飛び越えた。

 どう考えても人間の脚力じゃない。

 しかもついでのように物見櫓にいた人間を短剣で斬り裂いて殺した。

 魔法か?

 いや、魔力は視えなかった。

 なら……純粋な身体能力なん?

 

 は?

 なんじゃそりゃ。

 なんなんだよアイツら。


 しばらく俺は様子を見ていた。

 すると直ぐに変化は起きた。

 村から血を吐くような叫び声が聴こえ始めたのだ。

 すぐに門番も村の様子を見に行った。

 

 ラッキー。

 何が起きてるかは知らんけど、俺もちょっと様子を見に行ってみよう。

 そんな軽い気持ちで俺は村の門の前まで近づき、中の様子をそっと覗いてみた。



 そこに広がるのは───紛うことなき虐殺劇だった。



 ++++++++++



 というところで、冒頭に戻る。

 うん、タイミングがよすぎる。

 これはマジで幸運以外のなにものでもない。


 だってさ、ここで颯爽と現れた俺がこの村人達を助けたら身分を証明する必要なんてないよね?

 なぜなら、“命を救ってくれた”というこれ以上ないほどの身分証明書を俺は手に入れるわけだから。

 いぇあ。

 日頃の行いがいいからなー俺。

 運も味方するってわけか。


 それに、あの黒ずくめの奴らふざけんなって感じだしな。

 うちのダンジョンの家畜になる予定の奴らをなーに勝手に殺してくれちゃってんの?

 横取りも甚だしいわ。


 よーし、待ってろよ村人ー。

 俺が助けに行くぞ〜。


 …………。


 んー。

 もうちょっとあの黒ずくめの奴らが村人を殺してくれたタイミングの方がいいかな。

 それから俺が現れた方が効果的だよな。

 

 うん。

 しばらく待って、それから助けに行くか。

 

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