037:初めての外出は慎重に。


 おはようございます。

 俺はこの身体になってから眠る必要がほぼなくなり、便利になったなーと思うのですが、その代わりなぜか眠る度に過去の夢をみます。

 俺は過去の夢を見るのが嫌いです。

 思い出したくないんです。

 

 きっとこれは管理者Lの嫌がらせだと思うんです。

 なぜかすごーく自信があるんです。

 えっと、いろいろ話ましたが、俺はつまりはこう言いたい───


 ───くたばれ管理者L。


 さて。

 話は変わるが、俺は人の容姿というものに対してものすごく関心がない。

 これからどのくらい関心がないかわかりやすく説明しようと思う。

 例えば、満天の星空を見たら大半の奴は綺麗だなーって感想を抱くだろ?

 俺が美人とされる奴を目にして抱く感想は、この『綺麗だなー』と何も変わらない。

 そこに一切の違いがないんだ。


 容姿なんてクソどうでもいい。

 興味がない。

 綺麗な景色と同じだ。 

 それ以上でもそれ以下でもない。

 これはある意味呪いだわー。


 んで、なんで俺がこんな話をしてるかというと、今俺の目の前には絶世の美女が半裸で寝ている。

 あぁそうそう、シエルである。

 俺が目覚めるとなぜかコイツが同じベッドで寝ていた。


 普通、男ならこういう時どうするだろうか。

 ドキドキしながら結局なにもしない───いいと思う。

 勇気をだして触ってみる───いいと思う。 

 もっと勇気をだしておそっちゃう───いいと思う。


 だが、俺は違う。

 今俺の中に渦巻くのは、ルルのポジションでなにしてんの? という憤怒の感情一色。

 だから全力で蹴飛ばす、これが答えだ。

 もちろんその時に、蹴り飛ばした先にルルがいないか細心の注意を払いながら。


「もぎゃッ!!」


 聴いたこともない鳴き声をあげながらシエルはベッドから落ちた。

 当然の報いだ。


「な、何するんですかマスター!!」


「よく怒れたなお前。こっちが聴きたいわ、なにしてんのお前?」


「え? それはマスターに添い寝してあげようと……」


 今の言葉、お分かりいただけただろうか。

 コイツは自分が添い寝してあげることが誰に対しても喜ばれると思い、まったく疑っていない。

 ナチュラルなナルシスト。

 美人の弊害。

 それがコイツだわ。

 これがヴァルキリーの特性だとしたらとても疲れる。


「ありがとう、でも二度としなくていいから」

 

「え!? なぜですか!? 私なにか間違ったことしましたか!?」


「俺は一人で寝たい派なの」


「うぇ……じゃあ私はどこで眠ればいいのですか?」


「他の魔物は外で寝てるでしょ。緑山も木の上で寝てるっぽいし。外行けばー」


「う、うぅう、ぅうぅうぅうう………」


「分かった分かったごめん。ここに居ていいから」


「いぇぇええええいい!!」


「大声だすな、ルルはまだ寝てる」


「あ、ごめんなさい……」


「んじゃ、いよいよ今日なんで、準備しますかー」


「……そういえば、そうでしたね」


 露骨に不満そうな顔をするシエル。

 俺にはその原因がわかる。

 実は今日、俺は初めてダンジョンの外へと行くのだ。

 具体的には『アギナ村』へ行く。

 村人を集団で拉致するための下見、そしてこの世界の人間の観察のために。

 外に出る価値は大きい。

 シエルはそれについていきたいとずっと言っているのだが、それだけは無理だ。


 いや、シエルが外に出ることが可能かどうかでいえば、可能なんだよな。

 なぜなら、一応コイツは〈無缺偽装〉を持っているから。

 あのヴァルキリーな隊長さんと出会った時からそうかもなーと思っていたが、シエルが〈無缺偽装〉を持ってたことで確信した。


 このスキルは、ヴァルキリーという種が持ってるスキルっぽい。

 まあ、他も持ってるかもだけど。

 でもこれは大発見。

 種族の固有能力みたいなもんなのかね?

 正直まだまだわからないことだらけだけど、それも外の世界へ行けば分かるかもしれない。

 やっぱ行くべきだな、うん。


 えっと、そういうわけでシエルをつれていこうと思えばできるんだけど、さすがにそれは無理。

 ダンジョンが不安すぎる。

 かといって、人間を見下すシエルに村を見てきてもらうなんて論外。

 絶対厄介なことになる。


 だから消去法で、俺が行くしかないってわけよ。

 …………本当はあまり行きたくないんだけど。

 ここは理性を優先させなければ……ルルを守るためにも……。


「この件はもう散々話あっただろー。とりあえず今回はお留守番してくれ」


「……わかってますよ」


「そうかい。なら地図持ってきてくれ」


「……はいはい」


 …………。


 完全にいじけてるよ……。


 俺はデスクに地図広げる。

 改めてアギナ村までの距離を確認するために。

 確認は何度やっても損はない。


 あの弱っちい騎士30人を殺してから今日でちょうど2週間。

 侵入者はめっきり来なくなった。

 人間側にどういう変化があったのかは知らないが、望むところだわ。

 そっちが何らかの策をうつ前に俺も行動してやる。


 そして現在───1223874DP


 素晴らしい。

 素晴らしきかな家畜。

 既にシエル級の配下をもう一人創造できる。

 だが、今回は『領域拡大』に使うとしよう。


 〈領域〉はダンジョンを中心に円状に広がる。

 これを変更することはできない、ってとこまでは調べてある。

 アギナ村を完全に領域内におさめるにはだいたい、70万DPってところ。

 意外とかかるが仕方ない。

 先行投資と考えよう。


 〈無缺偽装〉のレベルもすでに4まで上がってる。

 ずっとこのスキルで翼を消して、レベルを上げてたから。

 でも、まだ顔や体格を大きく変えることができない。

 翼を消せたのはいいが、顔はせいぜい髪の色を変えるくらいしかできないんだよなー。

 

 まぁそれで十分だわ。

 俺なら上手くやれる。

 どれだけの時間俺が自分を騙しながら人間の世界で生きてきたと思ってるんだ。

 何も問題はない。


 とりあえず金髪にしとこ。

 この世界ではそれが一番普通っぽいし。


 あとは装備。

 装備はどうしようかなーって迷ったんだけど、1番最初に侵入してきた奴らを参考にしようと思う。

 しっかり記録しておいてよかったわー。


 ……さすがに包丁は装備できないので、見せかけだけのロングソードを腰へ。

 包丁は懐に隠しておこう。

 言うまでもなく、いざという時使うのは包丁だけど。


「やばくなったら絶対連絡しろよ? 俺が言ったこと覚えてるよな?」

 

「大丈夫ですよ。私強いですもん」


「…………」


 なんかふてくされてるぅぅうう。

 腹立つんですけどコイツの態度。

 コイツは本当にガキだ。

 自分の意見が通らなくて不機嫌になってるガキ。

 

 次の配下はもっと大人な奴でありますように。

 俺は密かにそう願った。


 本当にダンジョンがヤバい時は、通信系魔道具【エイグル】で連絡する手筈になってる。

 もし連絡がきたら、その時はどんな状況であっても全力で帰還しよう。

 だから不安なのはシエルなんだが……。

 

 見栄を張って連絡しないなんてことはさすがに……いや、コイツは馬鹿な訳では無い。

 精神年齢が幼稚なだけで頭はいい。

 …………信じよう。


「……な、なんですかマスター、その疑いの眼差しは」


「分かってんじゃん、疑いの眼差しだよ」


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。マスターについて行けないのは不服ですが、だからといってマスターのご迷惑になるようなことをこの私がするわけないじゃありませんか」


「…………」


「……ま、まだその目を……」


「…………」


「もう! 少しは信じて下さいよ!」


 よく言えたな。

 でもまあ……そうか、そうだな。

 信じるとしよう。


 よし、忘れ物はないな。 

 ……本当にないか?

 もう一回チェックしとこ。


 …………。


 えっと、よし、大丈夫だな。


「それじゃあ、留守は任せるわ」


「はい、マスター。いってらっしゃいませ」


 久しぶりに見る陽の光。

 一面に広がる広大な森。

 その豊かな景色が、逆に俺を少し不安にさせる。

 

 だが、行くとしよう。


 この世界に来てから初めての外出。

 慎重すぎるくらいがちょうどいい。

 さて、人間と関わるのは久しぶりだなー。

 ……吐かないように注意しよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る