036:ねぇ、お父さん。
「ねぇ、お父さん」
「なんだ、息子よ」
「……その前に、なんでそんな感じ?」
「そんな感じ、とはどういう意味だ息子よ」
「いや、だからその感じだよ。息子よ、ってなに。なんで威厳ある父っぽく振舞ってんの?」
「───ったく、いいじゃねぇかよ〜たまには威厳あるお父さんになりたいんだよ俺も。お前が人前で“子供っぽく”振舞ってんのと一緒〜」
「はぁ〜? アンタの気色悪い笑顔よりは僕の演技の方が絶対上手い自信あるね」
「クク、否定できねぇな〜。だが、俺の方が人と上手く付き合っていけるぜ〜。ムカついても虫眼鏡で右目を焼いたりしないからなー俺は、ククク」
「……否定できない。ごめんなさい……」
「だろ〜? ま、謝らなくていいけどなー、しゃーないことだし」
そう言って、僕のお父さんはニヤニヤと笑う。
めちゃくちゃ人を馬鹿にするような、他人が見たら心底腹が立つような笑い方だけど、実のところ僕はそこまで嫌いじゃない。
からかわれるから絶対言わないけどね。
「ところで、今日の肉はどうだー? 美味くね? 結構細かく指示して作らせたんだぜー」
「うん、すごく美味しい。……けどね、お父さん。だからこそ僕は気になるよ。───お父さんの仕事ってなんなの?」
「だからいつも言ってんだろ? 『人と関わるお仕事』ってよ〜、クク」
「クク、じゃないよ。なんなの『人と関わるお仕事』って。ほとんどのお仕事は人と関わるんじゃないの? 小学生の僕でもわかるよ」
「お、まじ? お前頭いいな〜さすが俺の息子だわ〜」
「馬鹿にしてるでしょ。全然教えてくれないし。この大きな屋敷は何? なんでうちはこんなにお金持ちなの?」
「そりゃ〜俺がバリバリ働いてガッポガッポ稼いでるからに決まってんだろうがよー」
「いや、バリバリ働いてるってのは嘘だね。時々ふらっといなくなるくらいで、ほとんど家で寝てるよね?」
「だからよー、そのふらっといなくなる時にバリバリ働いてるんのよ」
「…………」
「ククク、なんだよその目はよぉ」
「お父さん、僕は真剣なんだ。前話したよね、“僕はできるだけ人と関わらずに生きていきたい”ってさ。真剣に悩んでるの。教えてくれてもいいでしょ」
「うんうん、分かるぞ〜、これは俺らの“呪い”みたいなもんだしな。悩むのはわかる。だからお前がもーちょい大人になったら教えてやるって言ってんだろ〜」
「僕は今知りたいの!」
お父さんは話をいつもはぐらかす。
それにイライラして、荒々しく僕は夕食のお肉を頬張る。
美味しい。
そのおかげで少し機嫌が良くなった。
そんな僕の心を見透かしたように、お父さんはニヤニヤと笑う。
はい、またイライラしてきました。
「じゃあ次の質問」
「おうおうなんでも聴いてくれー。愛しの息子の質問ならいくらでも答えるぜ〜」
「……“お母さん”について教え───」
「それは無理」
即答だった。
でもお父さんのこの反応はいつものこと。
僕がお母さんのことを聴くと、お父さんはいつもこういう反応をする。
だから僕に落胆や失望なんてものはなく、やっぱりなと思うだけ。
お父さんは怒るというよりは、途端に無感情になるって感じ。
だけど僕も知りたい。
お母さんのことを知りたいんだ。
「お願い教えてよお父さん。気になるんだ、僕と同じで“人間が嫌い”なお父さんがどうやってお母さんと出会ったのか」
「だから話したくねーっていってんだろ〜。まじ頼むぜ類ー。誰にだって話したくねぇことはあんだよ」
「じゃあ少しだけ教えてよ。それで満足するから、お願い」
「……ったく、しつこいなーお前も。……しゃーない。ちょっとだけだぞ。まじでちょっとだけだかんな」
「ほんと!? おけおけ、よし。ありがとう」
これは初めての事だった。
何回も聴き続けた甲斐があった。
努力が実るってこういうことだね。
僕は慎重に質問を考える。
お父さんのことだ。
答えてくれる質問はほとんどない。
…………。
……うん、よし、決まった。
「お母さんって───もう死んでるの?」
「…………。あーあ、子供らしくない質問だなぁ全く。お母さんって優しかった〜? とかにしてくれよー」
「いない人間に興味はないよ」
「──クク、ククク。そうだよな〜、俺とお前はそういう奴だよな〜。クク、気分がいい。だから特別に答えてやる、感謝しろよ? お前の母さんはなぁ───生きてるよ、たぶんな」
思わず目を見開いた。
絶対に死んだのだと思っていたから。
いや、勝手に思ってただけだけど。
それでも僕なりに考えた結果だった。
───母さんが生きている。
ならこれも知りたい。
知りたいことが増えた。
チラりとお父さんを見る。
…………。
また、ニヤニヤしてる。
僕が何を考えてるかなんてお見通しだって言わんばかりだ。
ムカつく。
「いいぜ、聴いてみろよ」
ほらやっぱり。
「じゃあ遠慮なく。お母さんは───“人間”なの?」
「……クク、クククククク」
この時、お父さんは心から笑っているように見えた。
とても楽しそうに。
子供のように。
正直それが正しいのかわからない。
お父さんは嘘がすごく上手いから。
騙すのがすごく上手いから。
そうじゃなくても、僕があまりに馬鹿げた質問をするもんだから、笑っているだけかもしれない。
でも、それでも────
「───さぁな。その答えは秘密だ。絶対教えてやんね〜。だが、お前がこれからも“人間と関わりながら”生きてりゃあ、そんですごーく運が良ければ、いつかその答えを知る日が来るかもなぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます