044:負け死合。
一瞬だ。
ほんの一瞬の隙を作れればいい。
2人は無理だ。
まず1人殺す。
狙うのはババアの方。
ジジイの方は……正直いくら考えても殺し方が分からない。
だが今は1人殺すことだけを考えよう。
それが失敗すればどの道話にすらならない。
このババアを最初に殺せるかどうかに、全てがかかってる。
……ハハッ。
笑っちまうわーまじで。
全てがかかってる?
何頭ん中まで言い訳してるんだ俺は。
───このジジイは無理だろ。
魔法使いはヤバいけど一発逆転ができる。
魔力を封じればいいんだからなぁ。
でもこのジジイは……無理だわ。
いくら考えても、どんなにシミュレーションしても死ぬのは俺。
だからこれは初めから負け試合……いや、負け死合か。
俺とシエルはここで死ぬ。
本当に申し訳ないわー。
あんなに偉そうなことほざいておいて、結局人間に殺されるなんてクソみたいだわ。
情けなさすぎて死にそう。
だからごめん。
ほんとごめんシエル。
もしあの世があるなら死ぬほど土下座するわ。
そんでさ、ごめんついでに図々しいかもだけど───
俺はシエルの方を振り向く。
───その命、俺のために使ってくれよ。
シエルは黙って頷いた。
あれ〜、伝わってんの? なんで?
そう言えばシエルのこと知らんことだらけだったわ。
もっと聴いとけば良かった。
ルルのことももっと撫でておけばよかった。
「んで、結局なんの用があってきたんすかね?」
「ほぉっほぉ。良かったわい、今度は話がわかりそうで。実はな───」
俺は左手で懐にある包丁を取り出し、ジジイの右目に刺突を放つ。
が、躱される。
それも半身になり、最小限の動きで躱される。
うん、知ってた。
「おいおい。お前さんも嬢ちゃんと同じかい。うかうか話もできんのか、最近の若いもんは」
だから続け様にダンジョンを操作する。
これはシエルにできないこと。
初見だろ。
俺は地面から槍を生やし、天井から矢の雨を降らせる。
それをジジイは避けるだろうから、避けるために移動する可能性がある全ての場所の落とし穴を発動する。
ナイフも左手で4本投げる。
一瞬でいい。
一瞬ジジイの気を逸らせればそれでいい。
「ほぉ〜面白いわい。こんなこともできるんじゃな」
軽々と避けられる。
どういうわけか空中を蹴って移動してる気がする。
なんじゃそりゃ。
あんたホントに人間かいな?
だが───
───良かった。
想像を越えてこなくて。
それくらいなら想定の範囲内すぎて笑う。
お前がよくわからん能力で、俺の思考を読めたりしちゃったら本当に終わりだった。
お前がよくわからん能力で、俺の右手に持つソレに気づいたりしても終わりだった。
でもそんなことはない。
お前はヤバい人間だけど、化物じゃない。
カンナ様ほどじゃない。
俺の狙いはたったひとつだけだった。
お前を俺から見て右側に避けさせること。
ババアに背中を向けるように、避けさせること。
俺はジジイが俺と罠に意識を割いた一瞬、スキル《不可視化》を発動させこのフロアに入った時からずっと右手に持っていたソレを、手首のスナップだけでババアに投げる。
───あぁ、良かった。
ジジイの視線は動かない。
気づいてない。
俺が投げたソレはババアの足首に命中。
カチャリとハマる音。
声にならない声を上げ、賢者バハアは無様に倒れる。
は、ざまぁ。
「ん? 婆さん?」
「イタタ……おや、こりゃまずいねぇ……」
俺が投げたのは───『絶魔の首枷』
これでババアは魔法が使えない。
俺は翼をはためかせる。
高速でババアへと迫る。
この瞬間に全てがかかってる。
「シエルッ!! 俺とババアの周りを炎で囲めッ!!」
これで伝わるか……?
「はいッ!! ───《魔場掌握》《性状変換:遊天ノ炎》ッ!!」
ゴワッと炎が俺とババアの周りを包む。
それは巨大な炎の柱となり、ジジイから俺たちは見えなくなった。
完璧。
完璧すぎるシエル。
俺は包丁片手にババアへと迫る。
残念なのは、なんにも怖がったりしないことか。
「見事ですねぇ……」
包丁を振りかぶる。
あとは振り下ろすだけ。
もう少し。
本当にもうす───
「でも甘いですよ。───魔力を操る者は、魔力を封じられた時のことを当然考えていなければなりません」
ゾワり、と嫌なものが全身を巡る。
なんて言ったんだこのババアは?
「───“転移”」
ババアの姿が掻き消えた。
あーあ。
失敗した。
ダメだ、打つ手がない。
最悪だ。
もう反撃の芽はない。
結局何もできなかったか。
クソ腹立つけど、ルルが逃げる時間は稼げた。
まあ、それで良しとしよう。
「シエル、炎を解いてくれ」
「は、はいっ!」
炎が消える。
クソ老夫婦はなぜかニコニコ顔でこちらを見ていた。
「……気色悪ぅ」
「見事じゃぁァ!! 凄いっ! 凄いぞお前さん!! 婆さんにとっておきまで使わせるなんてっ!!」
「えぇ。本当に見事ですね、お爺さん」
「うんうん。新生でこの強さ。これはますますどう────」
「遅れすまぁぁああああん!!」
知らない女の声が響いた。
目を向けてみれば、そこには炎を思わせる赤いくせっ毛で長い髪の少女がいた。
……それだけなら普通なんだけど、なんか木の枝みたいな角が2本と、ドラゴン感が半端ない翼を生やして飛んでる。
……え。
うわー。
コイツらに集中しすぎて全然気づかなかった。
こんなヤバい奴が侵入してたのか。
カオスすぎるってー。
でもまあ、今更か。
「我が名はアシュリーッ!! 偉大なるカンナ様の配下にして、誇り高き龍人族の女ッ!! カンナ様の命により、我が派閥の同胞にして期待の新人たるルイ殿を援護しに参ったッ!! 助太刀いたぁぁすッ!!」
…………。
…………。
もう、疲れた。
……ん?
あれー、カンナ様って。
俺はてっきり、全てカンナ様の仕業だと思っていたんだけど……違うのか。
ならこのクソ老夫婦、本当に誰の差し金なんだろうなぁ。
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