043:最強の老夫婦。

 

「ほっほっほっ。随分早いんじゃな」


「なにか連絡手段があったのよ、お爺さん」


「ほぉー、さすがに用心深いわい。聴いていた通りじゃな」


 最初に俺の目についたのはこのクソな老人共じゃない。

 シエルだ。

 生きてるのが不思議なほどに傷ついたシエル。


「ます……た……」


 それでもシエルは翼をはためかせ、空中を飛んでいた。

 だが俺を見たことで緊張の糸が切れたのだろう。

 その言葉を最後に自由落下を始めた。

 ただ、地面には既に彼女の身体の一部が落ちている。

 左腕と右脚だ。


 そう、今自由落下しているシエルの血塗れの身体には───左腕と右脚がついていない。

 斬り飛ばされたのだろう。


 俺は不用心にゆらゆらとシエルの方へ飛ぶ。

 でも心配ない。

 どういうわけか微塵も殺気がないんだ、この老人共。

 そして落下するシエルをそっと受け止めた。


「おいおい、無視するでない。傷つくぞい」


「でも可愛らしいじゃない、お爺さん。うちの孫そっくり」


「婆さんはいつもそれを言うな。どこが似とるんじゃ。まったく似とらんわい」


「あら似てますよ。耳の形なんて瓜二つじゃないの」


 老人共も俺のことを気にとめちゃいない。

 奇妙な時間だ。

 それでも俺は、構うことなく気を失ったシエルを抱えながら地面に下りた。

 そしてゆっくりとシエルを横たわらせる。

 大丈夫、息はある。

 本当によく頑張ってくれた。


 馬鹿で幼稚で反応がいちいちウザくて癇に障ることも多いが───根性あるな、コイツ。


 あぁ本当に……クソが……───待て、この感情は邪魔だ。

 今は必要ない、無くせ。

 どうやって殺すかだけを考えろ。


 すーっと俺の心に冷たい風が吹く。

 すると、大事な配下をいくつも失い、シエルをこれほどまでに傷つけられたことへの悲しみと憎悪と怒りが、ロウソクの火のように容易く吹き消えた。

 残るのは凪の心。


 相変わらず───不良品だ。


 さて。

 一つ息を吐きだしてから、俺はゆっくりと老人共の方を振り向く。


「待て待て、儂らは争いにきたのではないぞ?」


 最初にそんなことを言ってきた。

 ジジイの方が。


「へぇー、じゃあ何しに来たんすか?」


 俺はタイミングを伺いながらそう聞き返した。


「お爺さん、警戒されてますよ」


「ほっほっほっ。当然じゃな。……えー……あー……まずはなんじゃったかな婆さん」


「もう、お爺さんったら。ポーションですよ、ポーション」


「おっ! そうじゃった、そうじゃった。えー、おーあったあった。ほれっ、受け取れ」


 小さな小瓶が中を舞い、俺の手に収まる。

 見た事のある小瓶だ。


「それは最高級ポーションじゃよ。まずはそこのヴァルキリーの娘さんを回復しなされ。切断された手足も元に戻る。安心せい、毒なんて入っておらんよ。そんなことするくらいならすでに殺しておるわい」


「あ、どうもっす」


 嘘はついていない。

 そもそも俺とシエルに毒は効かない。


 俺は左手で受け止ったポーションをそのままシエルに振り掛ける。

 すると淡い光とともに、シエルの傷だらけだった身体が嘘のように一瞬で完治した。

 切り離された手足も元通りだ。


「ま、マスター……?」


「遅れてごめん」


 一瞬安心したような表情をしたシエルだが、すぐに2人の老人の存在に気づき油断なく身構えた。


「マスター……お気をつけを。彼らは───」


「分かってる。大丈夫、全部分かってる」


「…………」


 シエルはそれ以上何も言わなかった。

 警戒の視線だけはアイツらに向けたまま。


「これで分かってくれたかの? 本当に儂らには敵意はないんじゃ。その証拠に雑魚しか殺してないじゃろ?」


「そうっすね」


 雑魚?

 誰のこと言ってんだクソジジイが。


「そこのお嬢ちゃんにはね、最初から何もする気はなかったのよ〜。明らかに他の魔物とは一線を画してたしね。一目でお気に入りだと分かったわ。……それをこのお爺さんが……」


「なっ! 仕方ないじゃろうが〜、このお嬢ちゃんまるで聞く耳を持っとらんかったんじゃから」


「それにしてもやりすぎじゃないんですか? まったく、大人げない」


「だったら婆さんがやればよかったんじゃっ!」


「私は手加減が苦手と言ってるでしょ? 物忘れが激しいお爺さんですね」


「っ!? な、なんて────」


「───あのー、1つ聴いていいっすか?」


 本当に殺意を覚えるなぁ、コイツら。


「おっと、すまんすまん。この頑固婆さんがうるさくてな」


「お爺さんに言われたくありません」


「まず、あなた方は何者なんですかね?」


 会話なんて適当でいい。

 いつ仕掛けるか。

 その思考のみで俺は観察を続ける。

 ゆっくりと歩き、距離を詰めていく。

 それを見るシエルが狼狽を隠せないので、手でその場に留まるよう指示を出しておく。


「おぉ、これは失敬。まだ自己紹介もしとらんかったか」


 ジジイはわざとらしいジェスチャーをしてから、その口を再び開いた。


「儂はあれじゃ、いわゆる『剣聖』と呼ばれておるだけの単なる老いぼれじゃわい」


「ちなみに私は『賢者』なんて呼ばれていますねぇ。挨拶が遅れてしまって、ごめんなさいね」


 ふーん。

 剣聖と賢者ねぇ……。

 さしずめ、人類最強の老夫婦ってところか?

 なんでそんなのがこんな都合良く、こんなタイミング良く現れるんだ。

 誰だか知らんが、死ねよ。

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