042:それはいつも突然で、呆気なくて。
「な、なんだ今のはッ!?」
「鳥……いや、竜ッ!?」
村人の声が一瞬で遠ざかっていく。
なんか言っていたようだが、今の俺にその声を聴いている余裕は無かった。
ただ一心不乱に翼をはためかせる。
あまりの速さに木々が悲鳴をあげた。
俺が通った跡は、まさに嵐の後のように荒れていた。
どうでもいいことだ。
村を発ち、どれくらい飛んでいただろうか。
3、4分くらいか。
ようやくダンジョンが見えてきた。
それと同時に黒い軽鎧に身を包んだ緑山と───緑山に抱えられるルルの姿も目に入る。
あぁ、クソが。
そんな緊急事態に陥ってんのかよ。
俺は己の不幸を嘆く。
やっぱ〈幸運〉なんてクソの役にも立たない。
───俺はそのことを、よく知っていたはずなのになぁ。
「あ、あぁぁ……ボス……」
緑山が俺を見つけて声を上げた。
今にも消えそうなか細い声だ。
いつものおちゃらけた様子は微塵もなく、怯えきって震えている。
俺はダンジョンに降りる。
すると、すぐさまダンジョンとしての感覚が俺に接続された。
そして見る。
見えてしまう。
今起きている───惨劇を。
……あぁ。
……あぁ、本当に。
どうしていつも───
「緑山、よく聞け。反論は許さない」
「……りょ、りょうかいっす……」
「このリュックには旅に必要な道具が全て入っている。念入りに準備しておいてよかった。これを背負って遠くへ行け。できるだけ遠くに」
「……ぼ、ボス───」
「───反論は許さないと言った」
「…………」
俺が少しだけ声を強めると、緑山は顔を伏せた。
「もしも俺が無事だったら【エイグル】で連絡する。そしたら帰って来い。だが、連絡がなければ───」
───ルルとできるだけ長く生きてくれ。
緑山は言葉を返さなかった。
うん、さすが俺の配下だ。
ただのゴブリンじゃないな。
「ルル」
俺はルルの頭を撫でる。
「にゃー」
「いってくる」
「にゃー いってらっしゃい るいー」
うん。
悪くない。
元気出た。
「じゃあ行け、緑山」
「……うっす……ボス。……………………死なないで下さいっす」
俺の背負っていた無駄に大きいリュックを背負い、緑山はタッタッタッと走っていく。
すぐに見えなくなった。
相変わらず足が早い。
ルルのこともその逃げ足で守ってくれるだろう。
「さて、行くか。あまり時間もない」
俺のダンジョンは現在、襲撃を受けている。
───たった2人の老人に。
今はシエルがなんとか持ちこたえている。
だが満身創痍だ。
もうあまりもたないだろう。
俺はダンジョンへと続く階段を下り、第一階層の扉を開け、その様子を見ながら飛ぶ。
俺の記憶が正しければ第一階層は樹海のフロアのはずだ。
しかし、俺の目には樹と呼べるものは1本も映っていない。
どうやったのかはまるで分からないが、全ての樹が根元から切り倒されている。
もはや平野って感じだ。
ご丁寧に『どんぐり』達コロックルも全て真っ二つにされ、転がっている。
親指サイズの奴らをどうやって真っ二つにしたってんだ。しかも全員。
───心が冷えていく。
次に俺の視界に入ったのはオーガ達の死体だ。
壁際に並ぶように転がっている。
下半身と上半身が繋がっている死体は一つもない。
その中には───『ももたろう』の死体もあった。
───心が冷えていく。
反対側のフロアは全てが氷に包まれている。
もはや別世界だ。
本当に何が起きたんだろうな。
確認するまでもなく全滅しているだろう。
虚ろな心のまま第二階層に下りた。
迷路になっているフロア。
あらゆる場所でオークが壁に擬態している迷路だ。
いろんな工夫をしていた。
オーク達の存在を悟られない工夫を。
だが、なんの意味もなかったようだ。
分かっていた。
ダンジョンに到着し視界が接続された時に、第一階層の惨状を目にした時には既に分かっていた。
こうなっていることは。
全てのオークが切り殺されるか、氷漬けにされて死んでいる。
その中には当然───『豚キムチ』の死体もあった。
───心が冷えていく。
あぁ、本当に。
本当に別れってやつは突然だ。
『死』という抗いようのない絶対の別れは、なんの前触れもなく訪れる。
そしてあまりにも呆気ない。
いとも簡単に俺から大切なものを奪っていく。
いつも。
いつも。いつも。
いつも。いつも。いつも。
いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。いつも。
俺から奪いやがって。
やっぱりまた『人間』だ。
俺から奪うのはいつも『人間』なんだ。
第三、第四階層『瘴気と虫の迷宮』はどういうわけか変わった様子は何もなかった。
どうしてなんだろう、とか。
どうやってこの瘴気の迷宮を抜けたのだろう、とか。
そんな疑問は一つも湧かない。
今俺の頭の中にあるのは───どうやってこの老人共を殺してやろうかということだけ。
圧倒的な実力差を覆し、できるだけ惨たらしく殺すにはどうすればいいのだろうか。
俺の思考はそれだけに塗りつぶされていた。
燃えるような激情は心を凍らせて、遥か上空から自分を俯瞰しているもう一人のどこまでも冷静な自分が、ただ殺す方法だけを淡々と思考し続ける。
ありとあらゆるシミュレーションが繰り返される。
何十、何百、何千、と。
どの道逃げるなんて選択肢はないんだ。
刺し違えてでも絶対に殺してやる。
さて、クソな侵入者とご対面だ。
俺は第5階層『終点』へと続く扉を───静かに開けた。
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