041:届くはずのない知らせ。


「へえ……ダンジョンの調査ですか」


「はい、そうなんです。ヴァルグラム近郊に見つかったダンジョンが新たに特定危険指定ダンジョンになりまして。もうご存知かもしれませんが、最近何かと話題にあがる『濃霧の黒き祭壇』です」


「はは、そういった話には疎いもので。今初めて知りましたよ」


 ……え、『濃霧の黒き祭壇』って俺のダンジョンの事だよね?

 そんなふうに呼ばれてんの?

 初知りなんですけどー。

 ダサいから変えて欲しいんですけどー。

 しかも何?

 『特定危険指定ダンジョン』って。


 コイツさー、当然知ってますよねって感じで話してくるけど、マジで分からないことだらけだわクソ野郎。

 てか、話題にあがるんかい俺のダンジョン。

 ……いや、そりゃそうか。

 結構殺したからな、人間を。

 それに一人逃げられたし。

 いや、殺せはしたんだけど……死体が消えたというね……。


 それからしばらく吐き気を抑えながらガウェインと喋っていると、タッタッタッという小走りの音とともにあの恐ろしいハルバード女、ユマルが現れた。


「あ、ガウェイン〜! お父さんが今日うちに泊まっていいって!」


「えぇ!? そんなの悪いですよ!! 僕はここの宿に泊まります。そ、それに……女性の家に泊まるなんて……」


「なーに言ってんのよ。同じパーティーなんだからそのくらい当然でしょ。それとも何? もしかしてガウェインは、私にいやらしいことを───」


「しませんよ!!」


 顔を真っ赤にして、声を荒らげるガウェイン。


「ならいいじゃん。はい決まりね〜」


「はぁ……分かりました……」


 いや、は?

 ため息つきたいのはこっちだわ。

 何見せられてんの俺は?

 キモッ!! 

 悪寒が凄いわ。

 めっちゃ鳥肌立つわ。


 すると、またタッタッタッという音と共に一人の女が現れた。

 今度はユマルの妹、ウマルだ。

 

 うわー、増えたー。

 とか呑気なことを思っていると、ウマルはそのまま俺の足に抱きついた。

 その瞬間悪寒と鳥肌が倍になり、俺は思わずビクッとしてしまった。


「勇者様もうちに泊まっていいよ!!」


「結構です」


「……え」


 なぁー!!

 思わず素で返事してしまった。

 ヤバいヤバい。

 こいつ俺にこんな反応させるとか逆に凄いな。


 うわぁ、ガウェインとユマルが驚いた表情でこっち見てるー。

 ウマルなんか泣きそうだー。


「あ……えっとね、気持ちは嬉しいんだけど、俺は一人じゃないとよく眠れなくてさ。人の家ってどうも落ち着かないというか……。だからね、本当に嬉しいんだけど、俺はこの宿で眠るよ」


「そう……なんだ」


「長い間一人で旅をしているせいかもね。だからいつでも遊びにおいで。明日まで俺はこの村にいるからさ」


「わ、わかった!!」


「マーティンさん……妹がすいません」


「いえいえ、構いませんよ」


「ですが、うちが歓迎しているのは本当です。気が変わりましたらいつでもいらしてくださいね」


「感謝します」


 ふぅー。

 なんとか乗り切った。

 てかなんでこんなに懐かれてんの?

 不思議で仕方ないわ。

 俺がコイツの立場なら、こんな今日会ったばかりの男を信じるなんて絶対無理だけどな。

 ときどき本当に理解できないわ、人間って。

 


 ++++++++++



 ───その日の夜。


 

 ユマルは数年ぶりの自室にて、寝支度を整えていた。

 ホコリ1つない。

 この部屋で寝ることなど久しくなかったというのに、まったくそんな気がしない。

 とても心が安らぐのを感じる。

 それもこれも、自分が友と共に冒険者を夢見て村を出てからずっと、父と妹が掃除や手入れを怠らないでくれたおかげだろう。


 そう思うと、ユマルは少しだけ胸が苦しくなった。


「ありがとう……お父さん、ウマル。───それとごめんね」


 これは嬉しさなのか、哀しみなのか。

 ユマルにはよく分からなかったが、なぜだか少しだけ目尻が熱い。

 今日は疲れたからもう寝てしまおう。

 ユマルはベッドにダイブする。

 そのまま枕に顔をうずめると、懐かしい匂いがして少しニヤけてしまった。

 

「それにしても、今日は疲れたなー」

 

 思わず口に出てしまう。

 それも仕方ないだろう。

 ユマルは長年行動を共にした友と別れ、数年ぶりに村へ帰ってみれば、目にしたのは虐殺の光景だったのだから。

 記憶が蘇るとともに、ユマルの心には黒く濁った憤怒と怨嗟の念も蘇ってきた。


「獣人……」


 なぜ自分達の村を襲ったかなんてユマルにとってはどうでも良かった。

 どんな理由であっても許すことなんてできないから。

 ここでユマルは深呼吸を一つ。 

 今はこのことは考えたくない。

 黒い感情をユマルは頭から追い出す。


「さ、もういい加減寝よっと」


 そう思い、布団を羽織ったとき───


 コンコンッ


 ノック音が響いた。

 妹だろうか。

 

「はーい、ウマル?」


「いえ、夜遅くにすみません。ガウェインです」


「あ、りょうかい。今開けるね」


 扉を開け、立っていたのは見慣れた青年だった。

 意外だなとユマルは思う。


「どうしたのこんな時間に」


「すみません。少し話せますか?」


「うん、もちろん。入って」


 こんな時間に男性を部屋に入れるというのは女性として不用心かもしれないが、ユマルには欠片ほどの警戒心もなかった。

 それは王都からヴァルグラムまで向かう2週間の旅路を共にして、ユマルなりにガウェインという人間を分かっていたからだ。

 

「もしかして、よば───」


「違います!」


「ははっ。静かに。妹が起きちゃう」


「あ、すいません。……ほんと、やめてくださいよ」


「ごめんごめん」


 クスっとユマルは笑う。

 ガウェインはいつもいい反応をしてくれるので、ユマルはついからかってしまう。

 

「えっとそれで、何かな?」


「……ダンジョンの調査は道具や周辺地理の情報も万全を期したいので、5日後ということでどうでしょう」


「え……えぇ。それでいいんじゃない?」


「…………」


 ユマルは違和感を覚える。

 こんなことをわざわざ言いにきたのだろうか。

 いや、さすがにおかしい。

 ガウェインの様子を見る限り、明らかにそれが本題ではなさそうだ。


「ここに来たのは、他に話したいことがあったから……よね?」

 

「……はい。すみません。軽蔑されてしまうかもしれないと思うと、どうも……」


「軽蔑? 私がガウェインを? ないない、絶対ありえないよ」


 それはユマルの本心だった。

 まるで想像がつかない。

 ガウェインという人間は、ユマルにとってそれほどまでに完璧なのだから。


「だから話してよ。なんでも聞くから」


 それからしばらくガウェインは沈黙していたが、観念したかのようにポツりと話始めた。


「……ユマルさんは、ルイスさんをどう思いますか?」


 ルイス。

 その名が示す人物は一人しかいない。

 なぜ、ガウェインはそんなに話しづらそうにしているのか疑問を抱きながらも、ユマルは素直に答えることにした。


「とってもいい人だと思うよ。村を救ってくれたんだから、感謝してもしきれないよ」


「……そう……ですよね」


 神妙な顔持ちのガウェイン。

 未だユマルにはその理由が分からない。

 だが───


 (も、もしかしてこれは……)


 一つの考えが浮かぶ。

 それは───


「……嫉妬?」


「嫉妬? え、何にですか?」

 

「…………」


 (ですよねー)


 違ったようである。

 ユマルは少し落胆してしまった。


「じゃあ何よ。ルイスさんがどうかしたの? いい加減気になるから話して」


「……分かりました」

 

 理由は分からないが少しだけユマルが不機嫌なったのを感じ、ガウェインは意を決したように口を開いた。


「僕は……どうもあの人がただのいい人には思えないんです」


「……え?」


「すみません。村を救ってくれた方にとてつもなく失礼なことを言っているのは重々承知しています。ですが……僕は彼と話していて違和感をずっと拭えませんでした。まるで仮面をつけているかのような。口から出るその言葉全てが嘘であるかのような印象を受けたんです……」


 

 ───これは、僕の『悪人への臭覚』みたいなものなんです。



 本当に申し訳なさそうに、ガウェインはそう言葉を締めくくった。

 村を救ってくれた英雄が善人ではない。

 その言葉はユマルをしても理解できないものであったが、それでも理解できることもある。

 それは───ガウェインが悪意があって言っているのではないということ。


「信じるよ」


「……え、今、なんと……」


「信じるって言ったの。これでもガウェインのことを信頼してるしね。でも勘違いしないで。私はルイスさんに心から感謝してるの。だから私は何か協力するなんてことはできないからね」


「あ、ありがとう……ございます」


「まったく、そんなことで私がガウェインを軽蔑するはずないじゃん。舐めてるの?」


「いえ……そうですね。すみません。話して良かったです。僕、隠し事苦手なので……」


「ははっ、そんなことわかっとるわー」


 それからしばらく談笑して、ガウェインは部屋へと戻り、ユマルも床に就いた。




 ───ガウェインの言葉が真実であったことを知るのは、まだ先のことである。



 ++++++++++



 さて、そろそろ行きますか。

 草木も眠ると言われる時刻、俺はムクりとベッドから身を起こす。

 既に出発の準備は終わっている。

 リュックを背負い、靴を履き、窓から顔を出し辺りを確認して、外へと出る。


 宿はタダで泊めてくれるってことだし、今俺がいなくなっても朝早く旅立ったって思ってくれるだろう。

 不自然ではない。

 

 音もなく地面に降り立ち、すぐに物陰に隠れる。

 よーし、誰もいないなー。

 うん、いろんなめんどいことあったけど、概ね順調だな。


 俺は人がいないか細心の注意を払いながら村を歩き、その構造と警備状況を把握していく。

 物見櫓はヴァルグラム側の東と反対の西の2つ。

 村の出入り口である門も東と西に2つ。

 一番危惧していた村の中を警備する人間はいないようだ。

 

 その事実に俺は笑みを隠せない。

 平和な村だね〜。

 村人の中に犯罪者はいないってか?

 おめでたい頭でなにより。

 そのおかげで、拉致がうんと楽になったわ。


 警備は各物見櫓に2人ずつと、各門に2人ずつ。

 いやー、これがわかっただけでも来た甲斐があったってもんだわ。

 もし、夜間村の中を警備するお巡りさんみたいなのがいたら本当に厄介だった。

 侵入する難易度がうんと上がってた。


 でも、いない。

 ならいくらでも策はある。

 うぇーい。


 ん、あらかた確認できたな。

 どうしよ。

 宿に戻るか、そのまま帰るか。

 ……正直帰りたいから荷物持ってきたんだけど。


 あー、でもガウェインってガキのこともうちょい知っときたいな。 

 あいつ結構強そうだし。

 魔力半端なかったし。

 うちのダンジョンを調査しに来るらしいし。


 ……でも帰りたい。

 精神が限界すぎる。

 あー、葛藤だわー。



 ───ブルッ



 そのとき、俺の腰の辺りで何かが震えた。

 それを理解した瞬間心臓が跳ね上がる。

 嫌な冷たい汗が流れた。


 通信魔道具【エイグル】


 それが反応を示す意味は一つしかない。

 ありえない。ありえない。ありえない。

 心がそう訴えてくる。

 覚悟は常にしていたはずなのに、心が理解を拒む。

 だが、とらないわけにはいかない。


 『俺だ、どうし───』


 『マスター!! すぐにお戻りを!! もうし───』


 『わかった』


 それだけ伝え、すぐさま俺は翼を顕現させる。

 そして空へと羽ばたく。

 シエルの震える声が全てを物語っていた。

 だからもう村人に見られたって構わない。

 形振りかまってられない。

  

 俺は全力で、ダンジョンに向けて翼をはためかせた。

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