040:交錯、そして邂逅。
「ほんっとぅぅぅにすみません!!」
「いや、はい、もう大丈夫なんで……」
俺は今、アギナ村の宿付きの食堂で味の薄い食事を食べながら、『ユマル』と名乗った凶暴な女に謝られている。
正直もう、うんざりするほど謝られてる。
ちなみに、あの長い槍のような斧のような武器はハルバードというらしい。
恐ろしい武器だ。
ユマルはいろいろあって里帰りでこの村に来たらしいんだが、来てみればこの異変である。
のどかで豊かなはずの村から血の匂いがするのだ。
不吉な予感とともに慌てて駆けつけみれば、あろうことか死体が転がっているではないか。
顔馴染みの死体を幾人も見て気が動転。
そして見知らぬ俺を見つけ、犯人と断定。
考えるよりも先に体が動いたらしい。
クソ迷惑な話だ。
「ウマル……よく頑張ったね……」
「うん……勇者様がね、守ってくれたから」
「…………」
「改めまして、私の家族を……村の皆を守ってくれて本当にありがとうございました」
「いえいえ、本当に偶然通りかかっただけですので」
「儂らからもお礼を言わせてください。本当に、ありがとうございました」
『ありがとうございました!』
ユマルに続いて周りを囲む村人たちも、村長っぽい老人に遅れて感謝の言葉を述べてくる。
ちょっとした風圧を感じてしまうほどの勢いで頭を下げた。
「お顔をお上げください。先程も申しましたが、全て偶然です」
「無論承知しております。ですがあなた様が来てくださらなければ、村の皆が殺されておりました! 心から感謝いたします! 報酬は望まれるだけお支払いするつもりです!」
「いや、かまいませんよ、そんな。これから大変でしょうしね。……はぁ。じゃあそうですね、一泊の宿と食事をお願いします。それで結構ですので」
俺は困ったような笑顔を浮かべながら、そう伝えた。
内心では、目論見通り村人の信頼を得られたことにほくそ笑みながら。
「おぉ……なんと……なんと慈悲深い御方だ……」
村人から惜しみなく注がれる尊敬の眼差し、感謝の言葉。
無数に飛び交うそれらを一身に受けながら、俺は心の奥深いところで思う。
───本当の報酬はまた今度もらいにくるわ、と。
絶対に悟られてはならない考えを抱き、すぐにそれを消し去る。
今考えることではない。
その時、1人の少女が村人の隙間をぬうように俺の元へと走ってきた。
なんだこいつ、と思っていると、その少女はなぜか俺に掴みかかってきた。
「なんで!! なんでもっとはやく助けに来てくれなかったのよ!! そうすればお母さんは……ぅぅ……」
「…………」
あぁ、しんどい。
「……これ、やめなさい。申し訳ありません。この子は此度のことで母親を亡くしましてな……」
「ぅぅ……ぅぅぅ…………」
「かまいませんよ。心中お察しします」
「そう言っていただけると助かります……」
はぁ……まじ萎える。
早く帰りたい。
ダンジョンに帰りたい。
ルルを撫で回して精神を浄化したい。
外に出てみて、改めてダンジョンが俺にとってどれだけの天国なのかがよくわかった。
人間がいない。
ルルや配下がいる。
それだけで本当に天国だわ。
ここは地獄だ。
なんか懐かしい地獄だけどなー。
顔には微塵も出さないが、テンションが急降下している俺にユマルと名乗った女が話しかけてきた。
「お優しいんですね。えっと……」
「ルイスです。ルイス・マーティン。各地を旅している者です」
息をするように嘘を吐く。
ルイス・マーティン。
咄嗟に考えたにしてはなかなかだな。
さすが俺。
「ルイス・マーティンさん、ですね。私も改めて自己紹介します。私はユマル・ミルキア、冒険者をしています。こっちは妹のウマルです」
「よろしくね! 勇者様!」
「こらウマル! 失礼でしょ! 申し訳ありませんマーティンさん……」
「いえいえ、かまいませんよ」
ユマルとウマル。
なんか名前がウケるんだけど。
この世界では普通なん?
「そういえばお姉ちゃん、なんで帰ってきたの? それにみんなは? お姉ちゃんのお友達の」
「…………。えっと、その話はまた後でね……」
「……? うん、分かった」
それにしても……居心地が悪い。
村人に囲まれ、絶えず注がれる視線に不快感が膨れあがっていく。
今度から袋を持ってこよう。
いつ吐いてもいいように袋を。
俺がそんなことを思っていると、若い青年が近づいてくるのが見えた。
そいつは俺を見て一礼すると、村長っぽい老人に話しかけた。
「村長、埋葬の準備が整いました……」
「そうか……」
やっぱ村長だったのか。
村長は俺に許可を求めるように視線を動かした。
「構いませんよ。私も行きます」
「ありがとうございます。ではすぐに行くと皆に伝えてくれ」
++++++++++
ウルガの森。
村の近くの森を一部切り開き、少しだけみすぼらしい柵で囲まれた墓地で葬儀が始まる。
等間隔に並べられた丸石に名前が刻まれている。
それが墓石なのだろう。
森のなかに墓って普通なのか?
そもそも埋葬ってその日のうちにするもん?
集まった村人たちが涙を浮かべている姿を少し離れた場所で眺め、俺はそんなことを思う。
「では、私たちもはじめましょうか」
「そうですね」
俺の隣に並び立つユマルが話しかけてきた。
何を、かは言うまでもない。
今目の前には黒ずくめの死体が転がっている。
それを調べるのだ。
しんどすぎるー、帰りたいー。
だがそう言うわけにもいかないか、はぁ。
まあ、頼まれたものは仕方ない。
さっさとやってしまおう。
まずは仮面を外す。
……それだけで俺には十分驚きだった。
「獣人……」
ユマルが呟いた。
そう、そいつらの見た目はほぼ人間だが、絶対に人間ではなかった。
「まさか……そんな……」
何を思い立ったか、ユマルは死体の服を脱がし始めた。
何かを確かめようとしているようだ。
すると、懐から小さな盾がポトりと落ちる。
独特の紋章の入った小さな盾だ。
「これは帝国の紋章……どういうこと? 獣王国ではないの……」
獣王国。
まーた知らない単語が出てきたよ。
帝国は知ってるんだけど。
……んー、でも、わかったな。
コイツらがどういう存在か。
『人間は滅びろ』というアイツらの言葉、今更ながら納得したわ。
死体がある以上これはいずれわかる事だ。
別に伝えてもいいだろう。
「───“偽装工作”じゃないですかね。王国と帝国の反目を狙った、獣王国の」
「え……」
いやー、めんどそうなことになってきたわー。
やっぱり〈幸運〉仕事してない。
こんなめんどそうなことに巻き込まれたし。
でもちょっと楽しそうかも。
どんどん争って、勝手に死んでくれるのは大歓迎すぎる。
この大陸の奴らが減ってくれれば、俺たちの安寧にまた一歩近づくわけだし。
───ふむ。
そうか『戦争』か。
戦争が起きてくれれば手っ取り早く人間の数を大幅に減らせるな。
これは盲点だった。
いいじゃん、いいじゃん。
戦争って最高じゃん。
いろいろ落ち着いたら、各国で戦争が起こるように動くのもいいかもしれんな。
ニヤけそうになりながら、様々なことを俺が考えているとそこに近づいてくる影があった。
立派な鎧に身を包んだ、ブロンドの髪の少年だった。
誰だ、と思うまもなくその正体は告げられる。
「あ、ガウェイン! 遅かったね」
「遅れてしまってすいません、ユマルさん。思いのほか用事が長引いてしまって。───えっと……今はどういった状況なのでしょう?」
そいつを見た瞬間、凄まじい程の嫌悪感が俺の身体を駆け巡る。
それはたった今会ったばかりだというのに、すぐさま“どうやって殺そうか”と考えてしまうほど。
理由などない。
生理的に、というやつだ。
同時に感じる圧倒的強者の気配が、余計に俺を苛立たせる。
簡単に殺せないことを悟って。
だから俺は───その感情を心の奥で握り潰すした。
「初めまして、ルイス・マーティンです。旅をしている者です」
「あ、遅れてしまってすいません。ガウェイン・マクガイアです。冒険者です。よろしくお願いします」
俺とガウェインは固い握手を交わした。
───これが、俺とガウェインの最初の出会いだ。
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