025:カンナ様、会談、真実に彩られし虚構。

 

 侵入者は───1人。

 武装してる様子はない。

 というか、見た目だけなら誰もコイツが恐るべき超生物だとは気づけないだろう。




 なぜなら…………




 俺のダンジョンとして目に映るそいつは──── 金色に輝く長髪が印象的な、白いワンピースを着ているだけのただのなのだから。




 うわー、カンナ様幼女だったわー。

 どう見ても7歳くらいにしか見えない。

 何十年もダンジョンマスターやってるはずだよね?

 いや、もっとかもしれない。

 何百年?

 なのに、見た目はただの幼女。

 しかも武装ゼロ。

 配下も連れてない。



 ……逆に怖いわ。



 このギャップが怖すぎる。



 まあ、俺にできることは限られている。

 そもそも選択肢がない。


 戦う─── 論外。

 瞬殺も生温い。

 瞬きする前に終わる。

 絶対に勝てない。


 逃げる─── 無理。

 俺はダンジョンから出れない。

 まあ、いざというときはルルだけは緑山に連れて逃げてもらうことにしよう。

 ……それも、できるか怪しいが。

 というか無理だろうな。


 会談─── 最善。

 結局これしかない。

 選択肢が見えているからこそ迷いはない。

 これに全力を尽くすだけだ。



  はぁ。



 俺は……死ぬのは怖くない。

 今までもそうだった。

 ダンジョンマスターになり、何度か死を間近に感じる機会があったが、その時俺の心はいつもとても冷えていた。

 恐怖に思考が乱れることはなかった。

 それどころか、むしろいつも以上に心も感覚も研ぎ澄まされた。


 なぜか俺は、子供の頃からあまり“死”というものに恐怖を抱かない。

 おかしいよな。

 自分でもよく分かってる。

 いかに俺が、“不良品”であるかってことを。


 でも、ひとつだけ俺にはどうしようもなく怖いことがある。

 それは───ルルを失うこと。

 考えただけでも身体に震えが走る。

 やっぱり、ルルは俺の心臓だ。

 ルルなしで生きていけるとはとても思えない。

 一度離れたからこそ、よく分かる。


 もし、これから行う話し合いが上手くいかず、敵意を向けられてしまうようなことになれば、俺はルルを失うことになるわけだ。

 嫌だな、それは。

 絶対に嫌だ。

 死んだ方がまし……というか死を選ぶだろうな、俺。



 もう─── 間違った選択はしない。



 さて、じゃあそろそろ行こうかな。



 俺の全てをもって、このクソッタレな金髪幼女を説得するとしよう。



 あ、その前に。



 装備は全部外しておこう。

 なんの意味もないし。

 ジーパンとTシャツ。

 これでいいや。



 よし行こう。




 ++++++++++




「─── 遅い」


「……いや、はい。すみません」


 俺は初めてダンジョンの外に出る。

 金髪幼女がなぜかずっとそこで待っているから。

 そういえば初めてだわ。

 ダンジョンから出るの。

 うん、今気づいた。


 ダンジョンの外へと続く階段をあがり、久々に陽の光を浴びれると思いきやそうではなかった。

 俺のダンジョンの周り一面は、物凄く深い霧に覆われていたのだ。

 なんだこれ。

 てか、俺のダンジョンの外観こんな感じなんだ。

 ……派手過ぎね?


 そして、金髪幼女───カンナ様とご対面。

 カンナ様は俺と目があった0.1秒後には『遅い』と呟いた。

 だからとりあえず謝ったのだが、なんか理不尽だな。

 これだからガキは嫌いなんだよ。

 ……ガキではないか。


「とりあえず中に入ります?」


 当たり障りのない誘いかけ。

 すると───


「───堕天種……。あまり、あたしの目を見ないでもらえるかしら」


 とんでもなく失礼なことを言われた。

 まあ別にいいけど。

 でも、少しだけ気になるな。


「なぜでしょうかね?」


 なんとなく聞いてみる。


「…………本当に、分からないの? 堕天種の目は魔性の目。あなたの目を一定時間見てしまえば、種族性別問わず大抵の存在が“堕ちて”しまうのよ。それが、堕天種の厄介な特性のひとつね」


 親切に教えてくれた。

 なんだ親切なやつじゃないか。

 というか、俺にそんな能力があったのか。

 堕天種について本当に無知だなー俺。

 てか、なんだよ“堕ちる”って。

 曖昧で分かりにくいわー。


「やはり……何も“視えない”。本当に堕天種なのね……厄介な種族。まあいいわ、あたしはカンナ。手短に済ませましょう───《虚言真理》」


 ただ、次の瞬間には空気が一変する。

 金髪幼女が何らかのスキルを使用した。

 それがどんな効果なのかは分からないが、多分ヤバいんだと思う。

 心臓を鷲づかみにされているような感覚が、俺の全身を包み込んだのだから。



「これで、あなたは“嘘”がつけないわ」



 どうやら、俺は嘘がつけないらしい。



「あなた、わたしの配下を殺した?」



 これは……もう逃れようがない。



「えぇ、殺しましたよ」



 だから正直に答えた。

 しかし、金髪幼女の表情は変わらない。



「そう。では次の質問。…………リリィを。……ヴァルグラム警邏第2小隊の隊長を……殺した?」



 少しだけ幼女の顔が歪んだ。

 目の奥にはほんの僅かな殺意の色。

 それを俺は見逃さない。

 これが本命の質問というわけだ。

 さっきと同じように答えれば、俺は死ぬだろうな。



「それって、ヴァルキリーの女性ですか?」



 だから素直に答えてやらない。

 俺の言葉に、幼女は目を見開いた。

 ここに来て初めて見せる感情の揺れ。

 やはり大切な存在だったわけだ。

 何に驚いた?

 俺が警邏第2小隊の隊長がヴァルキリーだと知っている点か。

 ならば、大丈夫だな。

 俺は幼女の返答を数パターン脳内で予想し、それへの返答を組み立てていく。



「リリィが…………正体を明かしたの? なぜその事を知っている?」



 あぁ、想定内。



「合格、と言ってもらえたので。俺が『カンナ様の派閥』にとって有益だと判断して頂けました」



「……そう。それは別にいいわ。それより、まだあたしの質問に答えてないわよ?」



 やっぱり気づいたか。

 でもまあ、それも予想はできていた。



「リリィを……そのヴァルキリーの女の子を……あなたは殺したの?」



 嘘はつけない。

 嘘をついたら殺される。

 多分それは事実だ。

 殺してない、と言ったところで意味は無いな。

 すぐさまバレて、次の瞬間に俺は死んでいるだろう。




 詰んだ。




 詰んだな。




 ─── なんてね。




「─── はは、まさか。にそんな力があると思いますか? しかも俺の配下はゴブリンとオークとオーガだけ。全て低ランクの魔物です。束になっても、勝てないと思いますが」



「…………嘘は、ついていないようね」



 ── そう、俺は何一つ嘘はついていない。

 俺一人では絶対にあのヴァルキリーは殺せていない。

 実際致命傷を与えたのは緑山の奇襲だ。

 普通に考えて、俺の配下が束になってもあのヴァルキリーの女には勝てない。

 殺してない、とも言ってはいない。

 俺が言ったのは、俺一人では殺せないということ。


 全てが真実。

 この幼女はスキルに依存している傾向がある事を、この数回のやり取りでわかった。

 というか、元々予想はしていた。

 それも仕方ない。

 この世界に長くいればいるほど、どうしてもその傾向は強くなってしまうだろう。

 俺にあり、この幼女にない数少ないアドバンテージのひとつである。




 ならば、真実で虚構を彩ればいい。




 ただ、それでも賭けだった。

 どうやら俺は、賭けに勝ったらしい。



「じゃあ……誰に。もう一つの新生の方かな……」



 ぶつぶつと幼女は考え込む。

 その目に殺意の色を宿して。

 ここが攻め時だな。

 この話題をさらに遠ざけるとしよう。

 追求されたらかなわん。



「それで、あのー、俺はカンナ様の派閥に入れるんですかね?」



「……え? あ、あぁそうね。いいわよ、リリィが認めたんだもの。あたしは彼女の判断を疑わないわ」



「── それはどうも」



 死ぬほど嫌だが仕方ない。

 今はメリットの方が大きい。

 この超生物な幼女の庇護下に入れば、別の先輩ダンジョンマスターの脅威が完全に取り除かれる。




 ただ、いつかコイツは殺そう。




 コイツが存在する限り、俺とルルの安全は約束されない。




 脅威は全て取り除かないとな。




 殺せる気がしねぇ……。




「えっと、ごめんなさい。あたしはこれから用事があるの。あたしの派閥のルールなんかも後日伝えるわ。それと、はいこれ」



 と言って、金髪幼女は俺に奇妙な記号がたくさん描かれたコンパクトな黒い板を渡してきた。

 これは……恐らく通信系魔道具。

 ついさっき確認したものととてもよく似ている。

 なんとなく……こっちの方がヤバそうだけど。



「これは……」



「新生ダンジョンだもん。まだ分からないわよね。これは通信系の魔道具よ。これでいつでもあたしに連絡ができるわ。大半はあたしの配下が対応すると思うけど」



「それは心強いです」



「じゃあ、今日のところはこれで終わりね。疑ってごめんなさい」



「いえ、いいんですよ。配下は大切ですからね」



「ふふ、そうね。それが分かっているならリリィが認めたのも納得。じゃあ、あたしは行くわ。リリィを殺したヤツを見つけだして殺さなくちゃ」



「お気をつけて。─── あ、最後にひとつだけ聞いてもいいですか?」




 最後に、俺は静かに問いかける。




「ん? なに?」




「なぜ、派閥なんてものを作ったんですか? あなたなら、人間を完全に支配してしまうことも可能でしょう」




 本当にそうなのかはわからない。

 この世界の人間の脅威も文明も俺はまだよく分かっていない。

 だが、この質問はそういう意図で聞いてはいない。




 俺の問いかけに、幼女は薄く微笑んだ。







「──なぜって、あたしはなの。だからできるだけ共存していたいのよ」







「…………」



「ではまたね、堕天種さん。あ、まだお名前を聞いていなかったわ」



「ルイです」



「そう、ルイ。次に会えるのを楽しみにしているわ」



 その言葉を最後に、金髪幼女の姿は忽然と煙のように消え失せた。





 同時に、俺はその場に仰向けに倒れ込む。






 圧倒的プレッシャーから解放され、心が緩む。





 ふぅ。

 疲れた。

 心が疲れた。

 でも、これで当分は安全だな。

 上手くいって本当に良かった。







 それにしても……“人間が好き”ねぇ。








 ─── このクソ嘘つき野郎が。

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