008:孤独だった魔王と三匹の魔物。

 

 カチッ、カチッ。 ─── カチカチッ。



 ……よし、リモート接続有効化完了っと。

 これでいざという時、わざわざPCデスクに戻ることなくスマホで遠隔操作し、ダンジョンを操ることが出来るようになった。

 というか、普通にここWi-Fi飛んでるんだけど。

 すげーどうなってんのマジで。


 まあ、グー〇ルとかは使えないけど。

 よくよく考えたら、今いる俺の部屋って何気に電気ガス水道が生きてるんだよなー。

 不思議だなーさすがふぁんたじ〜。



 …………。



 …………。



 …………。



 ─── はい、現実逃避終わり。


「イテテ……」


「にゃにゃー?《だい……る……?》」


「大丈夫だよルル。ちょっと……怪我しただけだから……」


 全身酷い打撲。

 見える範囲の傷は数えきれない。

 頭を触れば、無数のたんこぶが未だにある。

 身体中がめちゃくちゃ筋肉痛。

 特に背中。翼の付け根あたり。

 はぁ……。

 えっと、残り時間は───



『92:34:27』



 ……いよいよ、だな。

 いよいよ残り時間が少なくなってきた。

 だが、焦る必要はない。

 検証は順調と言える。


 俺は今までずっと『俺』の検証にほとんどの時間を費やしてきた。

 主に飛行訓練だ。

 その結果、俺はこの有り様。

 本当に馬鹿だ。


 飛行訓練を終えてから樹海化すべきだった。

 擦り傷がハンパない。

 でも、草木がクッションになってくれたからこの程度で済んでる面もあるのか?

 なんとも言えんな。


 それにしてもすごいわー樹海化。

 俺のダンジョンの第一階層は、アマゾンの熱帯雨林顔負けの樹海へと変わっている。

 大いに満足。

 すっごい怖かったけど、700DPを払った価値はあると思う。


 この『俺』の検証で、様々なことが分かった。

 まずは、ダンジョンというのは完全に俺の『器官』であるということ。

 つまりこのダンジョンは、俺の"目"であり"耳"であるというわけだ。


 少し意識すれば、ダンジョンのどこであっても見ることができるし、音を拾えるし、匂いだって嗅げる。

 この広大な樹海でさえ、俺は目をつぶってたって迷わずに歩ける。

 なんか、すげーわ。



 そしてもう一つ。



 俺が─── 意外にもかなり優秀だということ。



 なんか、俺の身体能力がハンパなく向上してる。

 ヤバいよ、マジで。


 この"ステータス"というものを見る限り、そうでもなさそうだと思ったんだけどな。

 敏捷とかDだったし。

 これでDってヤバいんだけど。

 だって俺、すっごい速いよ?


 あと一応……飛べるようにも……なった……。

 うん。まだめちゃくちゃ怖いけど。

 飛行訓練のまず初めにね、俺はとりあえず思いっきり羽ばたいてみたわけ。

 浮くイメージが湧かなかったから。

 とりあえず思いっきり羽ばたいてみよう、ってなったわけよ。

 するとどうなったと思う?


 次の瞬間─── 俺は天井に激突した。

 んで、気づいたら地面に倒れてた。

 な、恐怖症にもなるだろ?

 まず、あの高さで気絶して落ちて打撲で済んでる俺タフだよなー笑える。

 東〇ドームの天井から落ちてただの打撲よ?

 ヤバいっしょ?

 ちょっとだけ、自分が人間ではなくなったことを実感したわ。


 なんて言うのかなーこの感覚。

 身体のスペックに感覚が追いついていないというか、なんというか。

 こればかりは慣れるしかないんだろうけど。


 それから俺はほぼずっと飛行訓練よ。

 だから今俺はかなりボロボロなわけ。

 まあその甲斐あって、それなりに飛べるようになったんだけどな。

 ホバリングはまだムズいけど。


 さて───


「ルル、ちょっとまた出かけてくる。その間いい子にお留守番してるんだぞ」


「にゃー」


 うん、相変わらずルルは世界一可愛い。






 ++++++++++






 実は、飛行訓練の合間に俺がやっていたことがもう一つある。



 それが─── 配下の創造だ。



「おーい」


 玄関を出てすぐ、広大な樹海を前にして俺は配下の魔物達を呼ぶために声を上げる。

 しばらくすると、大きな陰が一つ、ドスンドスンと重い足音とともに近づいてきた。

 そして───


「やっぱお前デケェなー」


「グゥガガ《ある……が……》」


 3mを越える巨体の赤い鬼──オーガである。



 ・オーガ[200]



 けっこういいお値段。

 でもまあ、必要出費だ。

 最初こいつが魔法陣的なやつから姿を現したときはビビったわー。

 見た目怖すぎ。


 次に、ノッシノッシとこれまた重い足音ともに姿を現したのは───オークである。



 ・オーク[100]



 オーガの半額。

 2mくらいの豚男、って感じ。

 ボテ腹。殴られたら痛そう。


 だけど、見かけによらずオーガとオークは律儀な奴だ。

 かなり知性もある。

 俺の命令にも従順。

 あと、ダンジョンのモンスターも俺と同じように暗闇でも普通に見えるっぽい。


 そして最後のやつが……って来ねーな。


「おーい!! ゴブリン!!」


 そう、ゴブリン。

 緑色の肌をした1mくらいの小人。



 ・ゴブリン[30]



 スライムの次に安いモンスターだ。

 こいつは値段通りの奴。

 俺の命令もろくに聞かない。

 サボる。自由奔放。

 そして来ない。


 魔王たる俺は見える。

 訓練をしておくように言ってあるにも関わらず、樹の上でぐーすかと寝ているゴブリンの姿が。


 こいつは……。


「お前ら、ちょっと待ってろ」


 俺は勢いよく飛翔する。

 そして、ゴブリンの寝ている樹に静かにゆっくりと近づく。

 ゴブリンの側まで来たら、大きく息を吸い、こいつの耳元で───


「何サボってんだテメェはぁぁああ!!!!」


「ギギィー!?!?!?」


 叫んだ。

 驚いたゴブリンは樹から落ちた。

 本当にどうしようもないやつだ。


「何やってんだお前? 俺は訓練をしておけと言ったよな」


「ギギッ! ギギィギギ、ギッ! ギィ……」


 あいにく、《コミュニケーション》が発動せず何を言っているのかはさっぱり分からないが、このジェスチャーは十中八九何か言い訳をしているのだろう。

 まったく……。

 とんでもない奴だ。





 でもな────





 こんな奴でも俺の可愛い配下だ。



 ルルを除けば、俺は元の世界でずっと孤独だった。

 そんな俺が、今は独りじゃない。

 初めて、嫌悪感も不快感も嘔吐感もなく話せる存在ができたのだ。

 味わったことのない異常なほどの幸福感が、俺の全身を駆け巡る。

 こんなどうしようもないゴブリンでさえ、俺は心から愛おしく思う。


 俺は決して全能ではない。

 犠牲なくして全てを守れると思うほど、傲慢にもなれない。

 だから俺の中には確固たる優先順位がある。

 守らなければならない命の優先順位だ。

 最も優先しなければならないのが、ルルの命。

 そして次が、自分の命。


 だから俺は、こいつら配下を冒険者の検証に役立てる。

 要は、冒険者の力量を知るための生け贄にするというわけだ。

 心が痛まないわけでは無い。

 でも、俺は割り切れてしまう。

 いとも容易く。


 やっぱり、俺は病気なんだろうな。

 本来人間にあるはずのものが、絶対的に欠如している。


 ただ、守れるのであれば守りたい。

 人間などという害虫に、奪われていい命なんてあるはずがないんだ。


 俺がこいつらの命を生け贄として使うことに変わりはないが、それでも、少しでもこいつらの生存率を上げたい。

 生きて欲しいから、訓練をさせることにしたんだ。


 時間が許せば、ちょっとした作戦も考えよう。

 だから今は思いっきり怒鳴ろう。

 こいつらが少しでも、長く生きていられるように。


「もうみんな向こうに集まってる!! さっさとお前も行け!!」


「ギッ、ギィ!!《りょ……い……!!》」











 スタスタと走っていく緑色の小さな背中を、俺はしばらくの間見つめていた。

 それから後を追うようにゆっくりと、歩き始めた。

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