021:化け物な隊長さん。

 

 俺は侵入者4人の首を包丁で刎ね飛ばし、すぐさま勢いを殺して上空へと逃げた。


 いいねーいいねー。

 緑山いいじゃん〜。

 これはマジでMVPだわ。

 いや、MVM……かな?

 Most Valuable Monster……?

 まあいいや。

 あの魔法使いはガチでヤバい奴だったからね。

 コイツを早めに処理できたのはかなりでかい。


 てか、なんでこんな極端なんだろう。

 俺のダンジョンに来るヤツらって。

 家畜化に関する考察結果をPCにまとめ終えて、侵入者来ないな〜と思ってたらいきなりコイツら12人の登場よ?

 しかもかなり強い。

 なんなんマジで。

 俺の運どうなってんのよ。

 ちょいと悪すぎやしませんかね。


 それに、コイツらは冒険者じゃないな。

 全員が似たような形状の鎧を着ていることからも、そこには明らかに"統一性"がある。

 最初にこのダンジョンに来たあの6人の冒険者にはなかった特徴だ。

 ヴァルグラムの騎士かなんかかな。


 まぁ、いずれこういうヤツらが来ることは分かっていた。

 冒険者6人と村娘っぽいヤツらを殺したり家畜にしたりしたからなー。

 捜索隊が来るのは予想できてた。

 でも……12人は多いよ……。


「切り替えろ、バルク。今は悲しんでいる暇はないぞ」


「……はい、隊長」


 でもなー、あの"隊長野郎"も強い気がするんだよなー。

 さてどうしよう。

 試しにいくつか罠を発動させてみる。



 落とし穴─── 躱される。


 樹から矢を飛ばす─── 防がれる。


 ギロチンの刃─── 剣でいなされる。



 ほらーやっぱり。

 やっぱり強いじゃん。


「気をつけろ。この辺りはトラップが張り巡らされている」


「えぇ、油断はありません」


 2人とも強い、どうしよやべー。

 だが、精神はだいぶ削れるだろう。

 意識を割かなければいけないことが多いのだ。

 そういう風にここはつくった。


 地面に張り巡らされたトラップ。

 空中からの俺の奇襲。

 そして、もうひとつ。


「───ッ!!」


 オーガ達によるパチンコ玉投擲。

 この樹海は一見ただの樹海だが、実は樹の位置は絶妙に計算されている。

 オーガが投擲するための軌道が5つ確保されているのだ。

 俺が頑張って計算したんよ、まじ大変だった。

 よく見れば気づけるかもしれないが、この暗さではまず気づけない。


 壁際に配置されたオーガによる、無数のパチンコ玉の投擲。

 それは完全なる不意打ちであり、予測不可能であり、回避不可能。


 ……そのはずなのだが。


「───《多元城壁》ッ!!」


 隊長じゃない方。

 大柄の男が何らかのスキルを発動。

 四方八方から無数に投擲された回避不可のパチンコ玉が、当たる直前に全て遮られる。


 まじか……。

 予想以上だな。

 いや、どうしよう……。


「何かいます」


「あぁ、そのようだ。……クソが。俺は空にいる方を相手する。お前は地上にいる魔物の攻撃を防ぐことに集中してくれ」


「了解です」


 しかも冷静ときてる。

 最初の冒険者とは精神のレベルも違うな。

 ついさっき仲間4人が殺されたのに、まるで動揺している様子がない。

 くそーこれいけるか?

 もう片方にも侵入者いるから、コイツらは早めに処理したかったんだが。


 こうなると選択肢はほぼ限られるな。

 パチンコ玉が防がれた時点でもうこれしかない。

 俺はオーガやオークにダンジョンを通して指示を飛ばす。

 ここにいるオーク5匹、オーガ4匹に侵入者の前に姿を見せろ、と。


「───ッ!! 隊長ッ!! オーガ、それにオークが────」


 そう、それで意識を地上に向けさせる。

 今まで見かけることのなかった魔物が、突如9匹も現れる。

 当然、そこに目を奪われる。

 このタイミングだ。

 空を警戒している隊長は無理だが、オーガたちに目を奪われているコイツはいける。


 俺は天井に設置した無数の弓矢を、音もなく射出させた。


「ッ! バルクッ!! 気をつけろッ!!」


 遅い。

 隊長の方は盾でその矢を防ぎきったが、もう1人の方の脳天には1本の矢が突き刺さる。

 完全に即死。

 声を発すこともなく死んだ。

 よっしゃうぇーい。

 ダメだよー、ちゃんと兜も被らなきゃ。


 ……あと1人。


 間髪入れず、壁に残しておいた一匹のオーガ、"ももたろう"にパチンコ玉を全力で投擲させる。


「くッ───《剛防壁》」


 防がれる。

 ちくしょう。

 お前もそういうの使えるのか。

 なら仕方ない。


 次は俺の番だ。

 俺は地面に向かって羽ばたき、隊長さんの後ろ、意識外から高速で迫る。


 俺に剣の心得はない。

 というか、そもそも今俺の両手にあるのは剣じゃなくて包丁だし。

 あーそうそう。

 俺二刀流にした。

 盾よりもう一本包丁持った方がいい気がしたから。

 俺の剣術を考えると。


 高速で落下し、高速で回転する。

 スキル《雷光加速》によりその速度は今まで以上だ。

 そして、この高速回転にありったけの腕力をのせ、さらにスキル《斬撃》の効果を加えて思い切り斬り掛かる。

 そしてすぐさま上空へと逃げる。


 という"ヒットアンドアウェイ"剣術。


 ……ならぬ包丁術だ。


 剣の心得はないが、その代わりに翼と恐ろしく向上した身体能力を手に入れた俺にはうってつけだと思う。


 上空から繰り出されるこの一撃はかなり重い。

 大半の人間の場合は一撃必殺だと思う。




 ……しかし、今回はそうもいかないらしい。




「なめるなよ、魔物風情が───《雷光加速》《死角知覚》《剛腕》」




 隊長は俺の回転斬りに即座に反応し、剣に角度をつけ、いなす。

 いとも容易く、呆気なく。

 むしろ俺の腕が痺れた。

 くそ、とんでもねぇ。

 俺はすぐさま上空へ逃げる。


 その際に太股に括りつけておいた鉄のナイフを2本投擲し、トラップを発動させ地面から槍を生やし樹から矢を射出させるが、その全てに対応される。

 まあ無理だよなー。



 薄々分かっていたが……………………



 こいつは、完全に化け物だ。



 なら、俺も覚悟を決めなければいけない。



 俺はオーガとオークを下がらせる。

 コイツらでは邪魔になるだけだ。

 オーガには隙を見てパチンコ玉を投擲するように指示しておく。

 あと俺に残されている武器はダンジョンとしての感覚と無数のトラップと─── 自分自身。


「来いよ、クソ野郎」


 隊長が呟く。

 そう急かすなよ。

 今行ってやるっての。

 行きたくねーけど。


 俺は再び加速する。

 回転し、隊長に迫る。

 有り得ないほど研ぎ澄まさた動体視力により、隊長が迎撃体制をとっているのを確認。



 そして─── 急停止。



「───ッ!?」



 からの───



「───《チェインライトニング》」



 今まで1度も見せていない魔法をこのタイミングで発動。

 絶対に予想していないはずだ。

 まだ命中率は高くないが、今回に限り問題はない。

 コイツが金属の鎧を身につけているからだ。



 雷は───避雷針に呼び込まれる。



 相性抜群。



 のはずだったんだが…………



「効くか」



「まじかよー」



 思わず声が出た。

 隊長は俺が放った魔法をガントレットで受け、どういうわけかそれと同時に俺の魔法は霧散した。

 何それ。

 装備までヤバいのかよ。


 もう意味が分からねぇ!!

 なんなんだよコイツ。


 ラスボス?

 ラスボス来た感じ?

 絶対モブが来たと思ったのにっ!!

 マジで俺だけ難易度が異常な件についてみんなで1回話し合いたい。


 ナイフを無駄と分かりながら投擲し、俺は再び上空へ。

 オーガたちもパチンコ玉を投擲する。

 トラップもいくつも発動させるが、まさかの全て防がれる。


 あー、まただわ。

 また死ぬかもしれないと思ってしまったわー。


 さてさて。

 本当にどうしようか。


「逃げるだけか? 腰抜けが」


 んー、翼があるだけ本当に良かったわ。

 コイツと地上戦なんて絶対無理。


 それから俺は地上を高速で滑空し、意識外から何度も斬り掛かるが、全て受け流される。

 しかも、少しづつ対応されてきている気がする。


 毎回のように反撃をもらうようになってきたのだ。

 肩を突かれ、右脚を袈裟斬り、無慈悲に振るわれた薙ぎ払いによって頬を切り裂かれる。

 攻撃を仕掛けているのは俺のはずなのに、ダメージを負うのは毎回俺だ。

 隊長の反撃を俺は紙一重で弾き、流して、避ける。


「さっきまでの勢いはどうした? 仲間の仇はとらせてもらうぞ」


 ヤバいな。

 いよいよやばい。


 俺はダンジョン最上部まで移動し、ポーションを身体にふりかけながら考える。

 どうすればいい。

 正真正銘の化け物だぞコイツ。

 というか────本当に人間か?

 よくよく考えたら、今ダンジョン内は真っ暗じゃねぇか。


 もう1人の奴が持ってた松明は既に消えてる。

 なぜコイツは俺が見えている?

 分からんな。

 だがこれは今考えるべきではない。

 今考えるべきは───



 その時、隊長が突然膝を着いた。



 何かの状態異常かとも考えた。

 だが……これは罠だ。

 コイツ強いけど頭は相当悪いな。

 こんな罠に誰が………………………………




 …………いや、ひっかかろうかな。




 俺はそう思った。

 いや、決断した。




 なぜなら────




 ──── 俺の耳に「ギシシ」という憎たらしい声が聞こえたからだ。




 ……すまない。

 いつからお前はこんなに勇敢なやつになったんだよ……緑山てめぇこの野郎。

 もう一度、頼らせてもらうわ。


 チャンスは一度だ。

 だが、もうそれに賭けるしかないほど俺は追い込まれている。

 自分の命をチップにするしかない。

 俺は緑山に作戦を伝える。


 伝え終え、そして加速する。

 隊長に向かい、全力の羽ばたき。

 からの高速回転。



「───ふっ、馬鹿め」



 隊長は得意顔でそう呟いた。

 いや、お前だよ馬鹿は。

 実力は化け物だが、頭はかなりハッピーな奴だな。

 そんな分かりやすい罠に普通の奴はひっかからねーっての。



「《剛腕》《切断強化》《切断超強化》《豪斬撃》」



 なにやら恐ろしげなスキル名がいくつも呟かれる。

 そして、俺の包丁と隊長の剣がぶつかる。



 だが───やはりダメだ。



 俺の包丁がバターのように斬られていく。



 引き伸ばされた意識のなか、研ぎ澄まされた動体視力によりその瞬間をとらえた。



 包丁ごと斬られ、隊長の剣が俺の目の前にせまる。



 ギリギリのところで俺は翼をはためかせ、後方に回転する。



 バク転の要領でそれを躱すことはできたが、崩れた体勢から復帰することはできず、俺は勢いそのままに墜落し、地面を引き摺りながら樹に衝突して止まった。



 低くなった俺の視界に映るのは、ゆっくりと近づいてくる化け物な隊長さんの姿で……………………。

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