022:ヴァルキリーな隊長さん。

 

 さて、勝負はついた。

 俺はゆっくりとそいつへと歩みを進める。

 傷だらけのその身体を樹にまかせ、ただ静かにこちらを見ている翼の生えたそいつへと。

 ……しかし、素晴らしいな。

 これで新生のダンジョンマスターだとはとても信じられない。


 戦闘能力もさることながら、俺が最も評価しているのはその精神力。

 圧倒的な実力差を目の当たりにし、絶望としか表現しようがないこの状況でさえ、コイツの目は死んでいない。

 その目は一瞬たりとも俺から逸らされることはなく、かといって敵意を剥き出しに睨みつけるでもなく。


 明鏡止水とはまさにこの事だ。

 どこまでも冷ややかに、平静に、穏やかに。

 眼の奥で獰猛に光っているそれは、淡々と俺の隙を探っている。

 幾重にも思考を繰り返し、俺を殺す方法だけを探し続けている。


 死が秒読みで迫ってきているというのに、コイツの心はまるで乱れていない。

 それがいささか異様で不気味でもある。

 死への恐怖がないのか?

 そんな生物などいるとは思えないが、今目の前にいるコイツを見れば認めざるを得ない。

 いや、これも1つの才能か。

 ダンジョンマスターとしてこの才能はかなり有用だな。






 ───さて。






「おめでとう。合格だ」






「……………………ん?」





『俺』は…………いや『私』は。

 まず事実だけを先に伝えた。

 何から話していいか分からないし、そもそも私はこういうのが苦手なんだ。

 何十年かに1度訪れる、新生ダンジョンの発生。

 その際はいつもマスターの能力を確かめ、"生き残る能力がある"と判断した場合は私と同じようにアルム王国に潜入している部下に"説明"をさせているのだが、あいにくついさっきコイツに殺されてしまった。


 私の言葉に、初めてコイツのどこまでも冷静な表情が崩れた。

 ちょっと気持ちがいい。


 それにしても…………『堕天種』か。

 随分と珍しい。

 何百年ぶり……だろうか。

 いやもっと昔か、最後に見たのは。

 未だ脅威は感じなかったから、レベルは私より遥かに低いのだろうが…………。




 我がマスター『カンナ様』と同じ──── 最上位種族。




 しかも私と同系統の種族だ。

 つまり私の完全なる上位互換。

 ちょっと嫉妬。


「……えーっと、なんて……言ったんすか?」


 おっと、いかんいかん。

 つい思案に耽ってしまった。


「合格だ、おめでとう。─── まずは、私の真の姿を見せるとしよう」


「…………は、はぁ」


 私はエクストラスキル《無缺偽装むけつぎそう》を解除する。

 微かな発光とともに、私の姿は変化していく。

 いや、戻っていくのだ。本来の姿に。

 人間ではなく『ヴァルキリー』としての私へと。

 男の身体から女の身体へ。

 短く切りそろえられた髪は、腰のあたりまで伸びた白銀の長髪へ。

 そして背部からは一対の純白の翼。


 すると、うぉ、と、ここのダンジョンマスターさんは驚いていた。

 うん、いい反応に満足。

 ただ……少し物足りない。

 カンナ様は可愛い可愛いと言ってくださるのだが…………この男は見た目の変化に驚いただけでそれ以外は特に反応無し。

 思った以上には興味を示してもらえなかった。

 うむ、物足りない。


「先程までの無礼、許していただきたい。これもマスターの命令ゆえ。私には判断する義務があるのだ」


「……は、はぁ……いや、それにしても………………マスターっすか」


 ダンジョンマスターさんは、何やら神妙な顔持ちを一瞬だけした。

 しかしそれは本当に一瞬。

 私でなければ見逃してしまう程に。


「私の本当の種族は『ヴァルキリー』。人間ではない。ちなみに、私の創造DPは10,000,000であると聞いているぞ」


「……へぇ、それはすごいっすね」


「…………」


 なんか、微妙な反応をされた。

 逆に……恥ずかしい。

 顔が熱くなってきた。

 感情の薄いやつだな……。


「信じてもらえるのか? つい先程まで、私は貴方を殺そうとしていたのだが……」


「ん? あぁ、まぁ。嘘を見抜くのは少しだけ自信あるんすよ」


「─── そうか、それはこちらとしては好都合だ。あぁそれと、向こう側の方の私の……一応仲間は全滅させられているから安心してくれ。新生ダンジョンながら実に見事だ」


「……はぁ」


 実際、私は何一つ嘘はついていない。

 でも、少しだけ不自然というか違和感を覚える。

 先程の戦闘は全てが計算されているかのような緻密さがあった。

 攻撃こそ大胆だったが、それすら計算された大胆さだった。

 抱いた印象は冷静沈着、神算鬼謀。

 にもかかわらず、私を信じる理由は……己の勘。

 掴めない男だ。

 まぁいい。

 未だ私とてこの男を信用できないのは同じ。

 警戒を緩めず、説明を続けるとしよう。


「まずは……何から話すべきか。うーん…………あぁそうか。『派閥』について話さなくてはな。一応確認なのだが、貴方はこの新生ダンジョンのダンジョンマスターで間違いないか?」


「ん、そうっすね」


「そうか。ならばこの辺り一帯の『派閥』についても知らないだろう。まずはそこから話すとしよう」


「……派閥」


「そう、派閥だ。この大陸のダンジョンには『派閥』というものが存在している。『西側』のことはよく分からないが、『東側』には大きな派閥が2つ。私のマスターを中心として形成されている北の『カンナ派』。そして、南の『ガルゴレアン派』だ。あとは─────」


 それから私は、あらかじめマスターから指示されている基本情報を話した。

 ダンジョンマスターの生存率を少しでもあげるために、ダンジョンマスター同士のコミュニティーが作られたこと。

 ただ、経営方針の違いから『派閥』が生まれたということ。

 私たちの派閥が人間の殺害をできるだけしない方針の『穏便派』であることや、逆にガルゴレアンの方は人間の殺害を推奨する『過激派』であるということなどなど。


 あとそれから、ダンジョンマスターには2種類いるということも話したな。

 現地の魔物もしくは人間がダンジョンマスターとなる場合と、カンナ様のように"選ばれた存在"がダンジョンマスターになる場合だ。


 この男は終始へぇー、とか、ふーん、という薄い反応を示しながらも、真面目に聴いてくれていた。

 うん……うん、なんか……不思議な……男だな。

 種族……のせいだろうか。

 私の上位種族だからか?

 なぜだか私はすっかりとこの男のことを信頼してしまっている。

 理由はさっぱり分からない。

 なぜだかとても安心するのだ。


 それに、よく見ればとても素敵な容姿を……………………はっ!

 私は何を考えているんだ。

 いかんいかん。


「だいたいこんなものだな。─── どうだろう、私たちの派閥へ加わってはもらえないだろうか?」


 私は、この男の返答を待っている数秒間がとても長く感じた。

 心臓の鼓動がはやい。

 なぜなのだろう………………


「─── ん、いいっすよ」


 返ってきたのは、呆気ない了承の言葉だった。

 なんだか肩透かしをくらってしまった。

 だが────


「それは本当か!! とても嬉しいぞ!! …………あっ、いや、今のは私がという意味ではなくてな、私のマスターや派閥のみんながという意味で…………」


 つい、声が弾んでしまった。

 でも仕方がない。

 事実私は嬉しいのだ。

 なぜだかとても嬉しい。

 耳が……なんだか熱い…………。


「あ、最後に質問……いいっすか?」


 軽く悶絶しているのを気づかせないために、必死にポーカーフェイスを保ち続けていると不意に話しかけられてしまった。


「なっ! なんだろうっ!? ───コホン、失礼。何か質問があれば、いくらでも聞いてくれ」


 声が裏返ってしまった。

 死ぬほど恥ずかしい。

 私は今どんな顔を浮かべているのか。

 不安すぎる。

 今すぐ鏡を見て確認したい。

 顔を隠したい。


「質問というか、予想が正しかったのか確認したいんですよ。──── もしかして、うちのダンジョンってその"カンナ様"の『領域』内ですか?」


 お、鋭いな。

 そこに気がつくとは。

 さすが私の見込んだ男だ。

 これはカンナ様の指示にはない内容だが……まぁ問題ないだろう。

 うちの派閥に入ると約束してくれているしな。


「その通りだ。東側の半分はカンナ様の"領域"内だ。だから実は、この場所も発生当時から分かっていた」


「へぇ……やっぱそうっすか。あの……まだまだ知らないことだらけなので……もう少しだけ聞いていいっすかね?」


 へりくだり、心から懇願する表情で私はそう尋ねられた。

 いや、尋ねられてしまった。

 脳に血がのぼるのが分かる。

 今にも沸騰しそうだ。

 異常な程の興奮に、全身が支配されてしまう。


「な、なんでも聞いてくれ!」


 お、大声を出してしまった。

 少しビックりしていた。

 嫌われて……しまっただろうか。

 変な子だと思われてしまっただろうか。


「えっと、じゃあ遠慮なく。この『領域』って、範囲内にあるダンジョンならダンジョンの中で起きたことまで知覚できるんすかね?」


 ん?

 ちょっと不思議な質問をされた。

 思っていたのとは毛色が違う。

 なぜ、そんなことを聞くのだろうか。

 まぁ、いいか。


「私の知る範囲では、さすがにそこまでの能力はないとうかがっている。カンナ様が仰るには、基本はダンジョンマスターの行動範囲が増えるだけだそうだ。あとは"視える"範囲が広がること……だったかな。DP判定もないらしい。ただ、今までにないものが領域内に現れたら違和感を覚えると仰っていたな。だから新種の魔物が生まれたり、領域内に移り住んだり、新ダンジョンが生まれたりだとかは分かるようだ。……これくらい……だな、私が知っているのは。満足…………してもらえただろうか?」


 もう私は長い時を生きている。

 カンナ様との付き合いも長い。

 ダンジョンのことも大抵のことは分かるつもりだ。

 でも……少しだけ不安。

 期待に応えられただろうか。

 私は男の言葉を待った。


「……そうなんだ。ダンジョン中までは見えないのか。─── 安心しました。ありがとうございます」


「そ、そうかっ! それは良かった。ふぅ……良かった」


「えーっと───《フォロイングライト》」


「え……なに……を?」


 安堵したのも束の間。

 理解の及ばないことが起きた。

 突然、男は魔法を発動したのだ。

 初級魔法──── 《フォロイングライト》

 そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな……などと思いながら私たちの頭上には光球がふよふよと浮かび上がる。


「あの……何を……?」


「あぁ、これは『合図』っすよ」


 なんの合図なのか。

 そう問い返そうとした瞬間─────






 グギャァアアアァァァァアアアァァアア!!!



 ブゥォォオオオォォォオオオォォオオオ!!!






 大地が震えるほどの咆哮。

 さらに頭の中がめちゃくちゃになる。

 今、何が起きているのか。

 何が起ころうとしているのか。


 理解が追いつかない私など知ったことではないというように、状況はさらに加速する。




 私の目の前に─── "欠けた剣"が迫っていた。




「なッ!!」



 それが、誰によるものなのか。

 私の頭は理解を拒む。

 理解したくないのだ。

 なんで…………なんで…………………………




 貴方が…………………………




 バックステップで避ける。

 同時に心を殺す。

 完全に凍りつかせる。

 今いるのは、カンナ様の刃である私のみ。


 殺す。

 殺すしかない。

 覚悟を決める。

 悲しむのは後にしよう。





「ギシシ」





 バックステップをする私の後頭部に、奇妙な声とともに何かがくっついた。





 そして次の瞬間には──── 刃が私の喉を切り裂いた。




「がふっ…………」




 口から血が溢れ出る。

 思わずその場に膝をつき、喉を抑える。

 だが、明らかに致命傷だ。

 抑えたところで溢れ出る血が止まるはずもない。




「ギシシシ」




 横目に走って逃げていくゴブリンが映る。

 手には血のついたナイフ。

 アレは…………確か最初の…………………………




 まずい。




 意識が薄れていく。




 私は急いでハイポーションを取ろうと腰に手を伸ばすが──── それを予期していたかのようにその手は切り落とされた。




 続けて私は押し倒され、再び喉に"欠けた剣"が突き刺さる。




 それが誰によってかは…………言うまでもない。




「なん…………で……………」




 最期に私は問いかける。

 どうしても知りたかった。

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ………………





 なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ…………





「ん、なんで? ルルと俺の邪魔だから?」





 あぁ………………本当に…………………………





 私は……男運が……………………ない…………な………………





 カン……ナ…………さ……ま……………………もうし………………わ……け……………………………………………………………

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