027:心からの蔑み。


「お初にお目にかかりまふっ…………。お初にお目にかかります、マスター」


 俺にとって男だの女だの、顔の善し悪しだのはどうでもいいことだ。

 容姿なんてものはただの目と鼻と口の比率でしかない。

 俺の目に映るのはそれが有機物か無機物か。

 命あるものなのか、ないものなのかということだけだ。



 ……いや、そうだった。



 コイツは、少し違う。

 なんて言うんだろうな、この感覚。

 どうにか表現するとすれば、未知との遭遇、だろうか。

 俺の目に映る限りでは、こいつの容姿は整いすぎている。

 寸分たがわず比率が均一なのだ。

 それがまた、こいつが『人間ではない』ということを証明している。


 改めて俺はこいつを見る。

 銀色の長い髪。

 白皙の肌。

 蒼い瞳。

 そして───純白の翼。

 どちらかというと、整いすぎているが故にその容姿からは“冷たい”印象を受けるが、ついさっきセリフを噛んでしまったことでどうも残念なものを感じてしまう。


 いや、それよりも何よりも……俺が全く“嫌悪感”を抱いていない。

 やはりこいつは……人間ではない。



「あの、マスター……どうかなさい───はっ!!」



 すると突然、こいつの蒼い目がよりいっそう大きく見開かれた。

 俺はまだこいつを信用していない。

 今までの魔物とは訳が違うのだ。

 だから静かに───俺はこいつの動向を探る。

 すぐにでもこいつの喉を掻き切れるよう、右手を包丁に添えて。


 こいつの視線が動く。

 まずは俺の目。

 次に頬、髪、身体、そして翼。

 何か情報を探られている。

 何らかの事実に気づいたことへの驚きか。


 なんだ。

 何に驚いている。

 くそ、分からんな。


 その思考の答えが得られないまま、さらに状況は動く。

 こいつはなんの前触れもなく勢いよく跪き、頭を下げた。

 それはまさに、王に忠誠を誓う騎士のように。



 ……え、何。



「貴方は……貴方様はもしや……『堕天種【ルシフェル】』様ではございませんか?」



 ……なんかよく分からない単語でてきたー。

 勘弁してくれー。

 すでにもう容量いっぱいいっぱいだっつうのー。

 どうしよ、何『ルシフェル』って。

 堕天種は当たってるんだけど……。



 ───まぁ、そんなことはどうでもいいか。



「その前に一つだけ聞かせろ。───お前は俺の味方か? それとも敵か?」



「…………え?」



 先程とは違う色の驚きを見せた。

 今回は、新事実の発見への驚きではなく、全く予期せぬ理解不能なことへ抱く感情。



 どうやら、こいつは俺の言葉の意味がよく分かっていないらしい。



「もう一度だけ聞く。次、俺の質問に答えられない、もしくは俺の望んだものではない返答をした場合、俺はお前を殺す。───いいな?」



「…………は、はい! 分かりました」



 ようやく理解したようだ。



「───お前は俺の味方か? それとも敵か?」



「私は味方でございます! マスター!」



 ……即答、ね。

 でもいい反応だな。

 こいつが人間であるならば、嘘をついている可能性はかなり低い。


 ヴァルキリーな隊長さんの反応と比較してみても、やはり真実を言っていると見るべきか。

 うん、6割くらいは信用できるな。


「そうか、なら今日からよろしくー」


「はいマスター!! 私もマスターのような偉大な御方に仕えることができ、光栄の至でございます!!」


「……う、うん。よろしくな」


 なんだろう……半端ではない温度差を感じる。

 何、このキラキラして目。

 出逢ってまだ数秒くらいなのに、偉大な御方呼ばわりなんですけど。

 今までの魔物とは反応が違いすぎる。

 なぜだ。


「えーっとそれでさ、さっきの話に戻るんだけど、『ルシフェル』って何?」


「え? マスターは堕天種様ではないのですか?」


「あー確かに俺は堕天種だよ。正確には『魔王【堕天種】』だけど」


「そうですよね! なら間違いありませんよ! 堕天種様は『唯一種』でございますので。マスターは『堕天種【ルシフェル】』様でございます! 本当に感激ですー!! 堕天種様に仕えることができるなんて!」


「…………」


 どうしよ……知らない単語が多すぎる。

 ───『唯一種』に『堕天種【ルシフェル】』

 どうやらコイツの中で堕天種=ルシフェルのようだが……どうにも要領を得ない。


「ちょっと、いろいろ聞いていい? 俺知らんことが多いわ」


「ぜひ!! ぜひぜひ!! こんなに早くマスターのお力になれるなんて光栄の至です!!」


「う、うん……ありがと」



 ……やっぱ温度差が凄いな。




 ++++++++++




 なかなかに有意義だった。

 なんだろう、この知識特典。

 さすが1000万DP。

 サービスが凄いな。

 俺の場合は100万DPだけど。


 それと……なんか引くぐらい忠誠心Maxなんだけど……。

 これはなんなの……。

 ずーっと目がキラキラしてて正直しんどい……。


 近親種族で、創造にかかるDPが10分の1の理由ってこういうところにあるのかな?

 本来は、近親種族を主軸に魔物は創造すべきとか?

 この最初から忠誠心Maxな感じを見ると、そう思わざるを得ない……。

 だとしたら最初に言え、L。



 はぁ。

 でもまあ、いろいろ教えてくれたからいいんだけど。



 まず、この世界にはいくつか『唯一種』と呼ばれる種族がいるらしい。

 堕天種、正確には堕天種【ルシフェル】もそのひとつだとか。

 ……なんとなく、カンナ様もそうじゃないかなーと思う。

 いや、確実にそうだと思う。

 あくまで勘でしかないけど


 この『〜種』というのは大きな枠組みみたいなものらしいんだよね。

 だから俺の場合だと、“堕天種”のなかの“ルシフェル”という種族。

 まあ、堕天種は唯一種なのでそもそも“ルシフェル”しかいないんだけど。


 ちなみに、ついさっき創造した“ヴァルキリー”は『熾天種』という種族らしい。

 熾天種のなかのヴァルキリーという種族なんだな。

 へぇーって感じ。



 ……やっぱり足りないなー。

 俺はこの世界のことについてあまりにも“無知”だ。

 無知は罪。

 知らないということほど恐ろしいことはない。

 これから生き残り続けるためにも、ルルを守り続けるためにも知識の獲得は必須だわ。



 ───さて。


「ありがとー色々助かったわ」


「いえいえ! とんでもないですマスター! お役に立てたようで何よりです!」


「う、うん……。えーっと、とりあえず名前とか決めちゃっていい?」


「………………………………え?」


 いつも決めてるし、今回も適当に決めとこうかなーと思ったのよ。

 いつまでもヴァルキリーって呼ぶのはちょっとあれだし。



 そういう軽い気持ちで言ったんだけど…………こいつの反応はなんか…………異常だった。



「か、かかか、感激でじゅぅぅうう」


「…………うわー」



 えぇー……号泣された。

 なんでー。

 何、何これマジで。

 めっちゃ引いちゃうんだけど。

 シクシクとかじゃないよ?

 ガチの号泣よ?



 これは引くっしょ。

 さすがに……。




「え、何。なんで泣いてんの?」


「ヒグッ……だ、だっで……こんなに早ぐ“名前”を頂げるなんで……ヒグッ……思ってもなくで……」


「…………」


 なんなんだろう、本当に。

 こいつらにとって“名前”ってなんなんだろ。

 まあどうでもいいや。


「んじゃ、今日から『シエル』で」


「『シエル』……す、素敵すぎです!! ありがとうございます!! 一生大切にします!! 今日から私は『シエル』です!!」


「う、うん……これからよろしくな……」



 ヴァルキリー▷▶︎天使▷▶︎シエル



 最後は『てんし→シエル』というただの“しりとり”で決めたことは秘密。

 ぱっと浮かんだんよねー。

 シエルってなんか天使っぽくね?


「これからシエルは、このダンジョンの要の1人になる。何をするかは後々教えるから今日はとりあえず俺の配下に挨拶でもしとくか」


「はいです!!」


 死線を何度もくぐり抜けてきた軍人のような敬礼。

 ……いちいちオーバーアクション、オーバーリアクション。

 疲れるわ……。

 なんだこいつ……。




 ++++++++++




 場所は変わり、ここはB3Fの『終点』

 ここは大きな空間なので、こういう集会でも使えそうだと思いここに集合してもらった。

 こうして見れば俺の配下も結構増えたなーと思う。



『ももたろう』率いるオーガ10。


『豚キムチ』率いるオーク10。


『緑山』率いる……いや、ボブゴブリンはコイツ1人。


『どんぐり』率いるコロックル30。


 そして、俺の隣に控えるヴァルキリーの『シエル』



 ……ここまでのことを考えるとなんだか感慨深いものがあるわ。

 本当俺よく生き残ってるよマジで。



「よく集まってくれたなーお前ら。今日はお前らに紹介したい奴がいるー」


「シエルです、よろしくお願いします」


「こいつはこれからこのダンジョンのNo.2になる。───うんうん、分かるぞお前らの不満。なんでこんな新参者が自分たちの上司になるんだって不満だよな。だけどな、世の中そういうものだ。いきなりやってきた20代のエリートが、長年その会社に勤めてきた年季の入った社員を差し置いて上級管理職についてしまう。そんなことは日常茶飯事だ。だから諦めて受け入れろー。───けどな、認める必要はない。こいつを認めるかどうかは、お前ら自身の目でこれからのこいつを見て決めろー。じゃ、シエル適当に挨拶しとけ」



 みんな真剣に聴いてる。

 関心関心。

 あとは、適当にシエルが挨拶したら終わりだな───



 ───と、思っていたんだが。



 シエルの目には、濃厚な“侮蔑”の色が宿った。

 俺と最初に対面したような、あの無邪気さは欠片ほどもない。

 いや、無邪気なのは同じか。

 一切の淀みのない心からの蔑みの念が、そこにはあった。



 ── へぇ。

 こいつにはこういう一面があるんだ。

 それはヴァルキリーの特性なのか。

 それともこいつの特性なのか。

 いや───



「下等な者共が」



 それが、シエルの第一声だった。



「貴方たちは、どれほど偉大な御方に仕えているのか本当に理解しているのですか? マスターが、どれほど偉大な御方なのか本当に理解しているのですか? ─── 理解しているはずがありませんよね。理解しているのなら、貴方たちが呑気にこんなところにいるはずがありませんからね。恥ずかしくて、自ら任を下りるはずですからね。貴方たちのような下等な種族は、マスターの配下に相応しくありません。即刻この─────プギャラッ!」



 ちょーっとだけ、イライラした。

 だからこいつの脳天に強めにチョップをかました。

 ───何気に、俺初めて怒ったかも。



「ま、マスター……何を……」



「敬意を払えって。馬鹿なの?」



「敬意……ですか? 一体誰に……でしょうか……? ま、マスターになら既にこれ以上ないほどの敬意を抱いております、が……」



 シエルは頭をおさえながら、小首を傾げる。

 心底意味が分からないと言った様子だ。

 つまり、こいつが今吐いた言葉は本心だ。

 心底俺の配下を取るに足らない存在だと思ってやがる。



 やっぱちょーっとだけ、イライラするわ。



 ──なんで俺はこんなに怒ってるんだ?



「んなこともわからねぇのか? 馬鹿が。ついさっき生まれたばかりの新参が、なんで今まで俺を支えてきたコイツらを『相応しくない』呼ばわりできるんだよ」


「だ、だって!! ……この者達はどれも下等な種族です。マスターに相応しいはずがありません!!」


「だからーそこがそもそもおかしいんだよ。俺に『相応しい』かどうかを、なんで俺じゃなくてお前が決めるんだよ。──あんま思い上がんなよ?」


「…………」


「コイツらは今まで俺の命を何度も救ってきた。コイツらがいなかったら今俺はここにいねぇんだよ。俺がこの世で一番守りたいもんを、守れちゃいねぇんだよ。んなこともわからねぇんなら、テメェこそこのダンジョンに相応しくねぇ。ここにいる俺の配下はお前より長くこのダンジョンに貢献し、俺に貢献してきた。その事に対する敬意を払え。下等な種族だとかそんなつまらないもんしか見えねぇ奴は、俺のダンジョンにはいらねぇ。───頭を冷やせ」



「………………わかり、ました……」



 あー腹たった。

 なんでだろなー。

 いつから俺はこんな感情的になったのか。

 しかもルル以外のことで。



 俺が自分を客観視して少しだけ驚いていたとき───声が上がった。



「ぼ、ぼす、お、おいら感動しだっずぅぅぅ」


「……主様、一生ついていきます!」


「お、おでもうれじがっだ。もっど、おでがんばる」


「だ、隊長、感動しました!!」


「え、何お前ら……」



 妙に盛り上がってしまった。

 ももたろう、緑山、豚キムチがまず声をあげた。

 すると、それに続いてオーガやオークも声を上げる。

 なぜかどんぐりたちも盛り上がりはじめた。

 なんだコイツら。


 それとは反対に、シエルはしゅんってなってる。

 これだから最近の若いもんは。

 ちょっと怒られたらすーぐいじける。
















 と、いろいろあったんだけど、そんなことは現実の世界には全く関係ないわけで。




 不意に、俺のダンジョンとしての感覚が告げる。




 侵入者の存在を。




 しかも────30人。




 多いなー。




 一気に多くなった。




 だけどまあ、なんだか全然イける気がする。




 傲慢かなさすがに。




 んじゃ、今回もいっちょやったりますか。

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