028:幼稚な。

 

 はいはい終わりー。

 私の存在価値は完全に無くなりましたよーっと。

 もう生きる意味ないですよーっと。



 ─── 部屋の隅で小さくなっている影が一つ。シエルである。



 あーあー。

 もう死にたーい。

 マスターに嫌われた。

 マスターに失望された。

 死んだ方がよくない?

 もうこれ死んだ方がよくない私?

 まじ終わりましたー。



 ─── その心に渦巻くのは深く冷たい悲しみ。そして疑念。



 ……でもなんでだろう。

 なんでマスターはあんなゴミを配下にしてるんだろう……。

 わからない。理解できない。

 あんなゴミ共ならどう考えたっていない方がいい。

 マスターの格が下がるだけじゃん。

 アイツら全員を一斉に相手したとしても、私が負ける可能性は万に一つもないし。


 絶対にマスターには相応しくないよね。

 今このダンジョンにいる者でマスターに相応しいのは─── 熾天種であるこの私だけ。

 低脳で下等なゴミ共だから、マスターがどれほど偉大な御方なのか理解できないのね。

 可哀想。本当に可哀想。


 ……だけど私の脳裏に今も鮮明に浮かぶのは、マスターの言葉に歓喜するあの下等生物共の姿。


 勝ち誇ったかのようなあの表情。


 ……あぁイライラする。

 なんかマジムカついてきたんですけど。

 ほんの少し早くマスターの配下に選ばれただけの下等なゴミが。

 図に乗りやがって。


 特にあのゴブリンが癇に障る。

 私のマスターに一段と馴れ馴れしそうだった。

 親しそうだった。

 楽しげだった。

 ふざけないで。


 は?

 なんで?

 なんでゴブリンごときが私のマスターと楽しそうに喋ってるの?

 私ですらまだあんまり喋れてないのに。

 全然意味わかんないんですけど。

 マジムカつく。


 あぁイライラする。


 ……そんなことを考えていると、マスターがゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。

 それを理解した瞬間、私はなんとも言えない感情に支配された。

 とてもじゃないがマスターの今は顔を見れない。

 だから膝を抱え、顔をうずめ、より一層身体を小さく畳んだ。

 ついでに翼で身体を包み完全にマスターからの視線を遮った。



 ++++++++++



「何してんのお前?」


「………………何も」


 部屋の隅で繭みたいになっているシエル。

 ……なんなんだよコイツ。

 完全にガキじゃねぇか。

 親に怒られて拗ねてるガキじゃねぇか。

 なんだよこれ。

 100万DPだぞこの子。

 さすがにこれはねぇよ。


 はぁ。めんどくせぇー。

 めんどくさすぎる。

 ガキは嫌いなんだよ俺は。


 ……ってのが今までの俺。

 なぜかコイツの場合はそれほど嫌じゃない。

 嫌じゃない自分に少し引いてるくらいだ。

 なぜだろうな。

 こいつが人間じゃないからなのか。

 それともこいつが俺の配下であるからなのか。


「侵入者だ。数は30。決して侮れるかずではない。だが、今回お前は何もしなくていい」


「…………」


「いい機会だ、自分の目で確かめろ。お前が取るに足らないと判断した奴らが、今までどうやって俺やこのダンジョンを守ってきたのかをな」


「…………」


 この繭は微動だにしない。

 ったく、返事ぐらいしやがれ。

 会って間もないとはいえお前のボスだろうが俺は。

 今こいつがどんなことを考え、どんな表情をして俺の言葉を聴いているのかは知らないが、これ以上甘やかしてやるほど俺は優しくない。


 踵を返し、シエルの元を離れる。

 それと同時に思考が切り替わる。

 愚かにもここに侵入してきやがった人間共を皆殺しにすることのみが、俺の脳内を染め上げる。


「さーて、今回は───」


 ふーん。

 コイツらね。


 俺のダンジョンとしての目に映るのは、統一性のある鎧を身に纏った人間共の姿。

 どうやら今回も冒険者ではないらしい。

 ヴァルグラムの騎士といったところか。


 ふと、ヴァルキリーな隊長さんを思い出す。

 懐かしいな。

 アンタのおかげでうちのダンジョンは大きく強くなれたよ。

 ルルと俺の平穏にまた一つ近づけた。

 まだまだ程遠いが。


 もし今回も前回のような化け物が混じっているとしても大丈夫。

 だってそいつは恐らくカンナ様の配下だろうから。


 とは言っても、そんなヤバいやつがいないことはダンジョンとしての感覚でなんとなくわかってるんだけど。

 そう何度もあんなヤバい奴が来てたまるか。


 でもまあ、当然油断はできない。

 今回のヤツらだって決して弱者ではない。

 俺が死ぬのは構わないが、俺が死んだ後ルルを守れなくなるのがたまらなく怖い。


「んじゃ、今回も頑張るとしますか」


 自然と体に力がみなぎる。

 それとは逆に心はすっと冷えていく。

 あー完璧。

 これはあれだ。

 絶好調のときの感覚だ。


 どこか心を弾ませながら俺は黒い翼をはためかせ、侵入者の元へと向かった。







 ─── 部屋の隅で蹲る、どこまでも幼稚な存在に気づくことなく。



 ++++++++++



 侵入者……侵入者……。

 侵入者……侵入……者!?


 ななな、なんたる幸運!!

 これはマスターに私がいかに有能なのかを示すまたとないチャンスだわ!!

 そしたらマスターも気づくはず。

 堕天種という最高位存在であるマスターに相応しいのはあんなゴミ共ではなく、この私であるということに!!


「こうしちゃいられない♪」


 繭から天使が解き放たれた。

 自らの主の後を追うように、こちらも心を弾ませながら白い翼をはためかせた。

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