×××:絡み始める運命。


「あっ」


「えっ」


 早朝、大半の者がまだ眠っている時刻。

 ユマルは馬を連れ王都の西門の前に来ていた。

 人知れず王都を発つためだ。

 だがそれは───幸か不幸か叶わなかった。


「ガ、ガウェイン君じゃない。どうしたのこんな朝早くに?」


「おはようございます、ユマ……ルさん。実は指名依頼を受けていまして、えーっと『ヴァルグラム』という都市に行かないといけないんですよ」


「えぇ!! ガウェイン君ヴァルグラム行くの!? それうちの村の近くの都市よ。王都からだと全く同じ道じゃない」


「そうなんですか? 実は僕、まだ王都から出たことないんです。なので今回初めて別の都市に行けるので、ちょっと楽しみにしてたんです。あ、でも、地図見ながらなので結構大変だろうなとは思ってるんですけど……」


 あはは、とユマルは笑う。

 とても昨日会ったばかりとは思えない。

 この少年と喋っているときは自分でも驚くほど心が楽なのだ。

 すごく居心地がいい。


「じゃあさ、一緒に行かない?」


 その言葉はほとんど無意識に出てきてしまった。


「えっ」


 だからこそ、困惑するガウェインを見てユマルは非常に慌てた。

 遅れて後悔と恥ずかしさが込み上げてきたのだ。

 

 (何言ってんの私はぁぁあああ!!!)


 これではどうも自分が誘ってるみたいではないか。

 軽い女だと軽蔑されたかもしれない。

 そんなマイナスな思考がユマルの頭に怒涛の勢いで押し寄せる。


「あー、えとえと、嫌ならいいんだけどねっ! ほ、ほんと、思いつきで言ってみただけだしっ!」


「……あの、僕としてはむしろありがたいんですけど……本当にいいんですか?」


 ガウェインのその言葉を聴き、沸騰しかけたユマルの心はようやく安寧を得る。

 嫌われているわけではないと知って。

 断られなかったということを知って。


「……ふぅ。いいのいいの。どうせ同じ道なんだし。私も話相手が欲しかったしね。それに王都からヴァルグラムまでは結構距離あるから、初めてだと大変だよ」


「…………」


「ん、どうかした?」


「いえ、えっと……ユマルさんは、なんでそこまで親切にしてくれるのかなぁ、と思いまして。昨日会ったばかりなのに」


 ユマルは悪戯な笑みを浮かべる。

 どこまでも澄み切った心で。


「──はは。なんでだろうねー。そんなことより、そろそろ出発しましょ。日の高いうちに着きたい場所もあるしね」


「あ、分かりました。では、短い間ですがよろしくお願いします、ユマルさん」


「うむ、お姉さんに任されよ少年っ!」


「歳がそこまで離れてるとは思えないんですが……」


「何か言ったかね、少年」


「いえ、よろしくお願いします」


「承った!! では参ろうぞ、少年!!」


「…………」


 2人は門をくぐる。

 城塞都市ヴァルグラムを目指して。



 ++++++++++



「え、ユマルさんパーティー抜けたんですか。それで昨日ベンチで……」


「──そ、それ以上は言わないで! 悶え死にしそうだから……」


 馬を走らせながら2人の会話は弾む。

 道中魔物に出会うこともなく、野盗に出会うこともなく。


「ん、才能なくてね私。みんなについていけなくなっちゃって自分から言ったの。もう抜けたいって」


「……そうだったんですか」


「あー暗くならないで! もう吹っ切れてるから! ガウェイン君のおかげでね」


「僕ですか? ……何かしましたっけ?」


「うん。話しかけてくれた」


「それだけ……ですよね?」


「うんそれだけ。でも私はそれだけですごく救われたよー。だからありがとね、ガウェイン君」

 

「いや、あ、はい。……どういたし……まして」


「あはは」


 ユマルは困ったガウェインを見るのが好きだ。

 彼にとって、本当に良いことをしたという感覚はないのだろう。

 息をするような自然な行為なのだ。

 だから彼は、何に対して感謝されているのかまるで分かってない。


 (ほんとお人好しだなぁガウェイン君。むしろ簡単に騙されそうで心配になってくるよ)


 クスりとユマルは笑う。


「あ、そういえば私ガウェイン君に言いたいこと思い出した」


「なんですか?」


「えっとねー、ソロで頑張るのもいいんだけど、パーティを組むのもいいんじゃないかなって」


「んーそれはなぜでしょう? 僕はまだまだ力不足でして……もう少しソロでやっていこうかなと思っているのですが」


「もちろんソロにもいろいろ良いところはあると思うんだけどね。───でも、それだと連携ができなくなるっていう弊害もあると思うの」


「…………」


「人間という種族である以上、きっと一人では限界があると思うのよね。あ、私なんかではガウェイン君に大きなこと言えないんだけどさ、それでも人間の強みには仲間と連携するってこともあると思うの」


「……確かに」


「ははは、ガウェイン君なら今まで問題なかったんだろうね」


「いえ、養成学校でもパーティーを組む利点を習い理解はしていたのですが……」


「まぁガウェイン君に釣り合う仲間はなかなかいないと思うけどね。これから探してみるのもいいかも」


「えっと、ならユマルさんどうでしょう。僕とパーティーを組みませんか?」


「……え?」


「……ん?」


 ユマルは数度瞬きをする。 

 何を言われたのかすぐに理解できなかったからだ。

 まだ、『決闘を申し込む』などと言われた方が理解できたかもしれない。

 そんな馬鹿げた考えが湧いてくる。


「ごめん、もう一回言ってくれる? ……今、なんて言ったの?」


「……あの、僕とパーティーを組みませんか……と……」


 …………。


 …………。


 …………。


「えええぇぇぇええええええ!!!」


「うわぁぁあああぁぁあああ!!!」


 2人の絶叫が木霊し、森から小鳥たちが一斉に飛び立った。


「はぁ、びっくりした……。急に大きな声出すのやめて下さいよユマルさん……」


「いや大きな声も出すよ!! 私の話聴いてた!? ねぇ、聴いてた!? 私、ガウェイン君に釣り合う仲間を探してって言ったよね。それで、私は才能がないからパーティーを抜けてきたってことも言ったわよね。なんで私を誘うのよ!! そもそも私のクラスが何か知ってる? このご時世、需要が完全に0な『クレリック』なのよ? 分かる? クレリック! ポーションが誰でも安く大量に手に入るこのご時世に治癒魔法しか使えないクレリック!! パーティーに居たら守りながら戦わなければいけない、お荷物の代名詞クレリックよ!!」


「……一気に喋りすぎですよユマルさん。少し落ち着いて下さい」


「はぁ……はぁ……そうね、ちょっと興奮しちゃったわ。でも!! こればっかりはガウェイン君が悪い!!」


「いきなりお誘いした僕も悪いと思うのですが───そもそも僕はユマルさんに才能がないとは思えません」


「……はぁ。ありがとガウェイン君。君のその言葉が決して嫌味ではなく、善意100%のものだってことはここまでのやり取りでわかる。でも、今回に限ってはその優しさは人を傷つけるだけだよ」


 ユマルの表情は険しい。

 こんな感情をガウェインにぶつけるべきではないし、ぶつけたくない。

 だがこれだけはどうにもならなかった。


 しかし、ガウェインの態度も変わらない。

 ユマルには戦う才能がある。

 その確信が揺るがないのだ。

 あとはそれをどうやって言葉にして彼女に伝えるか。

 ガウェインが今考えているのはそれだけだ。


「……えー、何から話したらいいか。んー、まずですね、ユマルさんの才能は『魔法詠唱者』ではなく、『戦士』なんです」


「……へ?」


 ユマルはまた何を言われたのか分からなかった。

 

 (……戦士? 一応は魔力がある私が……戦士? 剣すら握ったことないんですけど……)


 この世界において、魔力を感じ操作できるというのはそれだけで才能だ。

 だから『魔法詠唱者になれるなら魔法詠唱者になる』というのは誰もが知る常識。

 ユマルだってその例外ではなかった。

 しかしそれでも───ガウェインの表情は変わらない。


「あのですね、僕は少しだけ珍しいスキルを持っているんです。《才ノ慧眼》というんですが、これは自分や他者の向き不向き、つまりその人が持つ“才能”がわかるんです」


「……何それ……」


 (あぁ、このスキルは仲間を見つけるためのスキルだったのかもしれないな。今まで自己強化の方針決定にしか使ってなかったけど……)


 驚きのあまり固まってしまっているユマルを他所に、ガウェインは静かにそんなことを思った。


「そんなスキル聴いたことないんですけど……。いや、うん、凄いのは分かってたんだけど、ガウェイン君っていったい何者?」


「……えっと、ただのCランク冒険者ですとしか……」


「絶対『ただの』じゃない!!」


 ユマルにガウェインを疑う気持ちは欠片ほどもなかった。

 こんな嘘を吐く意味が無いし、そもそもガウェインという人間を考えれば疑う理由がなかったのだ。


「あのー、誤解がないようにまず言っておきたいのですが、ユマルさんにクレリックとしての才能がないわけではありません。仮に評価するなら『A』です。それだけでも一流や天才という類だと思います」


「あ、その、ありがとうございます」


 ユマルは頬をかく。

 唐突に褒められて素直に嬉しかった。

 それは今まで『お荷物』という視線を向けられ続けた反動もあるかもしれないが、それ以上にガウェインに褒められたことが嬉しかったのだ。


「ですが、それ以上にユマルさんにはとある才能があるんです。───それは『斧槍』を扱う才能です。いわゆる『ハルバード』ですね。これを評価するなら『S』です。人類でひと握りの英雄の領域ですね」


「はる……ばーど……?」


「そうです。ハルバードです」


「はるばーど」


「そうです。ハルバードです。加えて、ユマルさんは治癒魔法も使えるという。回復しながら戦える最強のハルバード使いなんてもはや化け物ですね」


「ばけもの……ん、だ、誰が化け物だぁああ!!」


「はは、すいません」


 あまりに信じられない情報の多さにユマルはショートした。

 辛うじて聴きとれたのが、ガウェインの化け物という言葉。

 でもそれは、笑っているガウェインを見ると距離が縮まったような気がして嬉しかったりした。


「じゃ、じゃあなに……私はそのハルバードを使ってればそもそもパーティーを抜けるなんてこともなかったって……こと……?」


「いや……それはどうでしょう。逆にユマルさんだけが突出しすぎて、どのみち抜けてたかもしれません」


「あ、あぁ、私って英雄の領域だもんね……って、信じられるかぁぁぁあああ!!!」


「……いや、でも事実ですので……」


「……まじ?」


「……まじです」


「……大まじ?」


「……大まじです。……誘っといてなんですが、僕の方がおいていかれないか心配です」


 はぁ。

 ため息を1つついて、ユマルは空を見上げた。

 本当になんの巡り合わせだろうか。

 ずっと悩んでいたことが、昨日出会ったばかりの少年によって一瞬で粉々に砕かれた。

 

 この世は何が起きるか分からない。

 ユマルはそんなことを思いながら、未だ混乱の真っ只中にある心を少しだけ落ち着かせた。

 すごく辛かったけど冒険者を続けてきたからこそガウェインに出会えたのなら、無意味ではなかったのかもしれないなとユマルは思う。


「私は……まだ冒険者としてやっていけるんだ」


「そうですね。あ、元のパーティーの方々の所へ戻られますか? それなら僕のことは気にしなくて───」


「───ううん、それはいいや。それよりさ、私でよければパーティー組んでくれませんか? ガウェイン君」


 にっこりと笑うユマル。

 ガウェインとパーティーを組む。

 意外とその決断に迷いはなかった。

 今から友達の元に戻るという考えは、不思議とユマルのなかにはなかった。

 

 未だ不安は多いが、ガウェインと新たな一歩を踏み出してみたい。 

 この時ユマルはただ純粋に、そう思った。


「こちらからお願いしたことです。よろしくお願いします、ユマルさん」


「うん! よーし、そうと決まれば、ガウェイン君の指名依頼は私の依頼でもあるわけね! いったいどんな内容なの?」


「えっと、詳しい内容はヴァルグラムのギルド長から聴くことになってるんですが、ヴァルグラム周辺で見つかった新たなダンジョンが特定危険指定ダンジョンに指定されたので、その調査をしてきて欲しいということでした。確かそのダンジョンの名前は───『濃霧の黒き祭壇』というらしいです」



 ++++++++++



 そして、運命は絡み始める。


 様々な者たちを巻き込みながら。


 あらゆるものを狂わせながら─────。

 

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