この悪逆なるダンジョンは誰がために
黒雪ゆきは
最期からの始まり
000:最期まで人間が嫌いで。
きっと──── 俺は病気なんだと思う。
俺が病的に『人間』が嫌いなのは生まれ持った疾患であり、どうしようもないものなんだと思う。
俺のような人間を世間では──サイコパス《PSYCHOPATH》って言うんだろうな。
虫嫌いな奴にとっては、ゴキブリって見るのも不快な存在だろ?
別に虫嫌いじゃなくても大半の人間がそうかな、ゴキブリは。
俺にとってはその対象が『人間』なだけ。
俺にとって人間を見かけることは、ゴキブリを見かけるようなもの。
俺にとって人間に触られることは、ゴキブリが額にとまるようなもの。
尋常ではない嫌悪感と不快感と嘔吐感が、同時に電流のように身体中を駆け巡る。
それは決して抗えるようなものではない。
克服できるものでもなければ、無視できるようなものでもない。
かといって、人間として生を受けた以上は人間の社会に溶け込まなければいけないわけで、逃れることも出来ない。
少しは俺の境遇を解ってもらえただろうか。
つまり、俺はゴキブリまみれの世界で生きているってことだ。
頭がおかしくなると思わないか?
それにしては、俺はよくやったと思う。
27年も生きたんだから。こんな世界で。
───でも、もう限界かな。
───あぁ、夜風が心地いい。
俺は今、超高層ビルの屋上にいる。
もちろん、美しい夜景を堪能するためではない。
このクソみたいな世界と人生に、終止符を打つためだ。
いい加減もう限界なんだ。
救いのないこの人生も、世界も、全てがもうたくさんだ。
俺が人間が嫌いなのだと最初に自覚したのは、小学五年生の時だった。
ほんの僅かに嫌悪感というか、拒絶感というか。
生理的に受けつけないという感覚を、初めて自覚し味わった。
気のせいかもしれないとか、調子が悪いだけかもしれないとか思ったけど、違った。
その感覚は月日を重ねるごとにどんどん強くなっていったんだ。
より明確に、より強烈に。
俺は『人間』が嫌いになっていった。
たぶん、俺は人間を殺そうと思えば呆気なく殺せると思う。
だって、蚊が飛んでいたら誰しも殺すだろ?
俺にとってはそういう感覚だ。
でもそうしないのは、そうすれば自分にどれだけのデメリットが生じるかということを、理性で理解してるから。
本当に、生きづらい世の中だ。
俺に信じてる宗教はないし、来世があるとも思わないが、もし、そんなものがあるのなら。
もう、人間は嫌だな。
そうだな、猫とかがいい。
楽そうだし。
───あぁ。
唯一、心残りがあるな。
俺が飼っていた『黒猫のルル』のことだ。
今さら野生の厳しい世界で生きていけるのか、本当に心配だ。
ごめんよ、本当に。
お前だけが俺の心のよりどころだったのに。
お前が居たから、ここまで生きてこられたのに。
身勝手で弱い俺を、どうか許してくれ。
ルルと出会ったことが鮮明に思い出される。
俺の目の前で、猫が車に轢かれたんだ。
衝撃的な光景だった。
そうだ、雨の日だったっけ。
俺は傘を放り捨てて駆け寄った。
だが、すでにその命はなかった。
即死だった。
可哀想に。本当に可哀想に。
人間なんかに殺されるなんて。
そしてその時、俺は傍でにゃー、にゃー、と死んだその猫に擦り寄ってくる子猫に気がついた。
そう、それがルルと俺の出会いだ。
それから俺は、ルルの親代わりになることを決めて、大切に育てた。
俺がこの子を救ってあげないといけないと、思わずにいられなかった。
ルルが俺の人生最大のパートナーになるのに、そう時間はかからなかった。
─── そうか。そうだったのか。救われていたのは、俺の方だったんだな。
俺の頬に、冷たいものが流れた。
今、俺は泣いているのか。
頬を擦り付けるのが、ルルは好きだったな。
もし、死んだあとの世界があるのなら、俺はお前のことをいつまでも待っているよ。
─── さよなら、ルル。そしてこのクソみたいな世界。
俺は、ビルから飛び降りた。
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