×××:勇者は正義の名のもとに、そして胎動。
「…………ん。ここは……いったい……」
私は、考えるよりも先にそう口にしていた。
簡素な木製の天井。
そして、簡素な木製の部屋。
理解できない状況。
異常な程の倦怠感。
その全てが疑問に包まれている。
分からない。
何も分からない。
私はどうして……………………
─── いや、違う。
─── 私はここを知っている。
─── とてもよく知っている。
「ガウェイン〜! もうご飯出来てるわよー! いい加減起きなさーい!」
女性の声が聞こえてきた。
……ただの、女性ではない。
私の…………母の声だ。
「── も、もう起きてる!」
私は僅かに戸惑いつつ、努めて平静を装い、母にそう返事を返した。
「なんだ起きてたのね! なら早く着替えて下におりてきなさい! 卒業試験も近いんだから、遅刻しちゃまずいでしょ!」
「わ、分かった! すぐ行く!」
あたり触りのない言葉を選ぶ。
……どうやら、母は納得してくれたようだ。
とりあえずよかった……のか?
くっ。
頭が痛い。
とてつもない痛みだ。
だが、私はなんとか体をおこす。
全てが気になって仕方がない。
この奇妙な感覚。
明らかに低い目線。
自分の体なのに、扱いにくい。
しっくりこない。
不気味な違和感が拭えない。
それに───覚えのないこの記憶はなんだ?
この疑問を少しでも解消すべく、部屋の隅に置かれている姿見へと私は足を進めた。
そして……………………………………
「───お前は………………誰だ?」
そこに映っていたのは、見ず知らずの青年だった。
歳は、16か17と言ったところか。
比較的整った容姿。
ブロンドの髪。
青い瞳。
あまりに意味が分からない。
絶対にこんなに若いはずがない。
そもそも人種が違う。
これは……誰なんだ。
─── 否、本当は分かっている。
どちらが……本当の私なんだ?
記憶が混ざっている。
私の名前は…………高木……………………
…………いや、ガウェイン………マクガイア。
『ガウェイン・マクガイア』だ。
身分は─── 平民。
ここは─── 大陸"東側"アルム王国王都『アルメリア』
現在、私は冒険者養成学校に通っている。
今年卒業し、晴れて冒険者となれる。
もちろん、卒業試験に受かればだが。
養成学校を卒業すれば、初めからEランクの冒険者として活動を始められる。
これは大きなことだ。
ランクを上げるというのは、決して容易なことではないのだから。
……そうだ、私はガウェインだ。
だが…………
この……濃厚な死の記憶はなんだ?
もう1人の私…………の記憶なのか?
高木…………高木………………………………
ダメだ。
こちらの方の名前がどうしても思い出せない。
モヤがかかったようにそこだけ見えない。
まさか……私は……1度死んでいる?
……そ、そうだ。
確か、電車を待っていたら……誰かに押されて…………そして……………………
全身が潰される感覚。
感覚だけが引き伸ばされ、骨が1つ1つグチャグチャになっていくのがわかった。
骨が内蔵に突き刺さるのがわかった。
痛みを感じる間もなく、なんて嘘だ。
これら全てが一瞬に起こったとはとても思えないほど、ゆっくりと……ゆっくりと………………
ぶるりと体が震えた。
何度か大きく深呼吸し、なんとか平静を取り戻す。
私は……生まれ変わったのだろうか……?
改めて、姿見に映る自分を見る。
やはり、そうとしか考えられない。
では、この死の記憶は前世の記憶ということだろう。
部屋を見渡してみる。
そして確信する。
これは前世の記憶だ。
ここは、全く異なる世界。
私は…………どうやら生まれ変わったらしい。
ブルルッ
ブルルッ
ん?
決して納得はできないし、とても信じられることではないが、現状を大まかに無理やり理解したその時。
ズボンのポケットで何かが振動した。
右手でそれが何かを確認すると、それは──── スマホだった。
……いよいよわけが分からなくなってきた。
ここは、『ガウェイン』の記憶が正しければ魔法文明の発達した世界だ。
ではなぜ……スマホがあるんだ。
全く理解できないが、とりあえず画面を確かめてみる。
アプリはほとんどなくなっている。
しかし、確かに私のスマホだ。
メールボックスに1件の通知。
メールなどこの世界で届くはずがない。
とても不気味だ。
だが、やはり確かめてみるべきか。
意を決し、私はメールのアイコンをタップした。
++++++++++
「……素晴らしい……素晴らしい……」
目を覚ました時と同じように、私は思わずそう呟いていた。
私はどうやら『勇者』とやらに選ばれたらしい。
『管理者L』という、超常の存在によって。
はは。
はははは。
あはははははははははははははは。
素晴らしい。
素晴らしい。
素晴らしい。
なんと素晴らしいんだ。
もう、我慢する必要はない。
見て見ぬふりをする必要はない。
仕方ないと妥協する必要はない。
黙認する必要はない。
悪をこの手で裁ける。
悪をこの手で裁ける。
悪を───
感じたことのないほどの高揚。
まさに雷に打たれたようだった。
姿見に映る私は、いつの間にか笑っていた。
「ガウェインー! 何してるの! ほんとに遅刻しちゃうわよ!!」
母の声。
そこで私は我に返った。
あぁ、そうだった。
今は時間がないんだった。
「ごめん、もう下りるから」
それから私は、いつものように母の作ってくれた朝食を食べた。
女手一つで私をここまで育ててくれた母だ。
感謝してもしきれない。
他愛ない話をしながら朝食をすませ、私は玄関に向かう。
養成学校に遅刻してしまうからな。
「いってらっしゃい」
母が笑顔で見送ってくれた。
だから私は振り返り、こう言った。
「僕、強くなるからね」
母は私の言葉に笑っていた。
強くなろう。
強くならなければ。
誰よりも強くならなければ。
そして……いずれこの世から………………
─── 『正義』の名のもとに『悪』を一匹残らず根絶やしにしてやる。
++++++++++
異なる世界線の、異なる時間軸。
常人とはかけ離れた思考、見地、理想を生まれながらに持つ数奇な運命を背負いし者達が、1人の管理者によって1つの世界に集められた。
これから彼らの運命がどう交わるのか。
そしてそれが、この世界に何をもたらすのか。
その答えは、あの悪戯好きな神でさえ知るところではない。
しかし、彼らによって紡がれる物語はすでに────
──── 胎動を始めている。
【後書き】
お読みいただきありがとうございました。
あの、やっと物語の重要な役者が揃い、第2章『胎動』終了です。
初投稿の拙すぎる作品なのにここまで読んでくれた人……本当にありがとです。
感謝すぎてやばい。
きっとここまで読んでくれる人って、奴隷の女の子に優しくて、いつの間にかハーレム作っちゃって、Fランク冒険者なのにAランクのクエストを余裕でこなしちゃって周りからすげーって思われる系の主人公ではもう満足できなくなってしまった、私と同じ変態の方々……ですよね?
大丈夫です。
どんなに可愛い女の子でも、うちの主人公はたいてい殺す、もしくは家畜にしてしまうので。
そういう決して万人受けしない過激な主人公をたまには見たい、という方はこれからもトイレのお供にでも読んでくれると嬉しいです(「´・ㅿ・`)「
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