046:糧。


「クソがッ!」


 結局、あの後イカれた老夫婦とドランゴ娘は何事もなかったかのように帰っていった。

 俺はそれを笑って見送った。

 そうするしかなかった。


 ───全てに腹が立つ。


 初めてだった。

 燃える炎のような憤怒を感じたのは。

 いつもの冷たいものじゃない。

 荒れ狂う炎のような怒り。

 

「クソッ! クソッ! クソッ! ……くそ、が……なんで………」


「ま、マスター……血が……」


 俺はとぼとぼと第五層の『終点』に戻ってきてからというもの、何度も自分の頭を地面に打ちつけ続けていた。

 何度も何度も何度も───。

 どのくらいの時間打ち付けていたのかは分からない。

 尋常ではない肉体能力のせいか、額が地面と衝突する度に大量の土煙が舞い上がる。

 赤い雨でも降ったかのように頭から血が垂れてくるが、気にもならなかった。


 それでも、シエルの怯えた声は俺に少しだけ理性が取り戻させた。


 俺は頭を打ちつけるのをやめた。

 今俺がしている行為は、楽になるための“逃げ”でしかないともう一人の冷静な自分が告げるから。


 ……そのとおりだわ。


 痛みを感じる度に一瞬思考が乱れる。

 俺はこの思考の乱れにすがるために、何度も何度も頭を打ちつけていたんだ。

 強烈な痛みを感じれば、その一瞬だけは直視せずにすむから。

 考えずにすむから。

 


 ───ももたろう達を失ったことを。



 ───あんなクソみたいな奴らに何もできず、ただ笑って見送ることしかできなかったことを。



 そして───



 ───何もかも、俺のせいだったってことを。



「ごめんなー、シエル。軽蔑した?」


 俺は大きく息を吐き出す。

 心に巣くっているこの身を焼く炎を、吐き出すつもりで。


「いえ。そんなことは決してありません。それよりも……あの……私……」


「───全部、俺が悪いから」


「……え」


「うん、とりあえず【エイグル】使って緑山に連絡してくれる? もう大丈夫だから戻って来いって」


「あ……は、はい。分かりました」


 フワリとシエルが浮かび上がり、ペコリと頭を下げてから遠ざかっていく。

 あっという間に見えなくなった。


「はぁ……見下ろしながら頭下げる奴があるかよ。馬鹿だなーアイツ。───まあ、俺ほどではないか」


 そう、俺ほどではない。

 こんな抜けた者が、配下を従えているのだから笑えてくる。

 愚かな支配者に従わなければならない奴ほど、可哀想な奴はいねぇなぁ……。


 はは……。


 全て防げる事だった。

 ちょっと頭を使えば防げることだった。

 ももたろうたちは俺のせいで死んだんだ。

 俺が無能なせいで。


「あ、そういえば。まだ埋葬もしてやれてねーなー。ごめんなーほんと。やっぱ怒ってるか? お前のせいで死んだんだぞふざけんなー、とか思ってるか? なぁ、お前ら。なんか言えよ……頼むからさぁ……」


 視界がぼやける。

 視界がゆらゆらと揺れて、冷たいものが俺の頬を流れていく。


「あれぇ、随分と人間っぽくなってんじゃん……。人間辞めて人間っぽくなるって……皮肉すぎだわ……センスありすぎ」


 俺は何となく天井を見上げる。

 そして目を閉じる。


 ほんと腹が立つ。

 呆れるほど自分に腹が立つ。

 何度考えても答えは同じ。

 全て俺が悪い。


 ───だけどさぁ。


 やっぱ、殺した奴が悪いよなぁ。


 俺は俺の愚かさと弱さを認める。

 でもやっぱ、ももたろう達オーガと、豚キムチ達オーク、そしてどんぐり達コロックルを殺したあのクソ老夫婦をぶっ殺してやりたい。


 できるだけ苦しめて苦しめて、命乞いさせたうえでさらに苦しめてから殺してやりたい。

 惨たらしく、残酷に殺してやりたい。


 そのためにはどうすればいいか。


 そんなもんは簡単だ、強くなればいい。

 全てを蹂躙できるほどの強さ。

 命を弄ぶ側に立てる強さ。

 ルルと配下を守ってやれる強さ。


 あーうん。

 俺だけじゃだめだな。

 俺の配下も強くなくちゃいけない。

 最低でもシエルと同格くらい。

 そういう配下を今後は増やしていこう。


 そうすれば、もうこんな───。


 こんな思いをしないですむ。


 方針を変えよう。

 圧倒的な力を持つ奴にとって、トラップなんてなんの意味もなかった。

 いや、その前の雑魚な人間どもにもトラップを見抜く奴がいたな。


 あぁ、そうか。

 最初だけなんだ。

 トラップと工夫で侵入者を退けられるのなんて。

 

 やっぱ方針を変えないとダメだわな。

 

 これからはDPを貯めて───シエル並に強い配下を増やしていこう。


 んで、俺自身も強くなる。


 まだ全然『堕天種』としての力を引き出せてないっぽいしな。


「───こんなもんか。見てろよお前ら。死んでも仇はとるから。まぁ、見れるか知らんけど」


 きっと、俺は死ぬまで背負ってくしかないんだろうなー。


 屈辱と後悔と怒りと憎しみと、あと、よく分からない苦しいこの感情を。


 だけど、俺はどういうわけかまだ生きてる。


 それが唯一の救い。


 生きてればチャンスがある。

 

 人間も魔王も───目障りな奴ら全部ぶっ殺すチャンスが。


「あー、まずはアギナ村の奴らを攫うか。それが手っ取り早いよなぁ。……ん? そういえば、あの金髪のガキ、うちのダンジョン来るとか言ってたか? 迷惑だわー、いつ来るんだよ。いやでも、俺が先にアギナ村の奴らを攫っちまったら、それどころじゃなくなるんかな〜。一緒に居たあの小さい女は、アギナ村が故郷っぽかったし」


 俺は進むわ。


 全てを糧として。





【後書き】

ここまでお読みいただきありがとうございました。

この経験を糧に、ルイ君と配下はこれからどんどん強くなっていくと思います。

次第に勢力も拡大していくでしょう。

つまりやっと、蹂躙と征服の物語が幕を開けたわけです。


※現在、諸事情により執筆活動を休止しております。詳しくは活動報告の方をご覧いただければと思います。ですが、必ず再開します。少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマしてお待ちいただけると幸いです。

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この悪逆なるダンジョンは誰がために 黒雪ゆきは @kuroyuki72

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