003:現状把握ができない。

 

 見れば見るほど信じられなかった。

 だが、それは見れば見るほど現実だった。


 姿見に映る俺の背中から、天使のような大きな翼が生えているのだ。

 ただ、それは絶対に天使などという清い存在のものではない。

 その翼は、ルルに負けずとも劣らない純黒に染め上げられているのだから。


 しかも、なんか肌も若干白くなっている。

 病的な雰囲気を帯びた白だ。

 さらに、両目の瞳は真紅に変わっている。

 よく見たら歯も若干ギザギザになってね?


 うわー、絶対Tシャツ破れてるわーこれ。

 着替えがしんどいわーこれ。


「にゃー?」


 俺が理解不能なこの状況に、現実逃避をしていると足元にルルが擦り寄ってきた。

 不思議そうに首を傾げながら、鳴き声をあげる。


 はは、そうだな。


 今がどういう状況だろうが、ルルがいるのなら最悪の事態ではない。

 ルルさえ、いてくれるのなら。


「さて、どうしたものか……ん?」


 現状をどうにか把握しようと考えていると、俺はPCデスクの上に奇妙な球体が置かれていることに気がついた。


 野球ボールの1.5倍くらいの大きさの、真っ黒な球体。


 不気味な黒い発光を伴っている。


 黒色発光ダイオードの開発に成功したのは、割と最近のことではなかっただろうか。

 と、軽く雑念を挟みみつつ、俺は何となくPCデスクに座る。

 ルルも俺に着いてきて、デスクの上に飛び乗った。


 ルルはいつもこうだ。

 俺がパソコンをいじっている時は、いつもこの場所に来る。

 本当に可愛いやつだ。


「にゃー」


 ルルがその黒い球体に触れようとしたので、俺は慌ててそれを奪うように手に取る。

 何か変なことがあり、ルルの身に何かあったら大変だ。

 だが、それは杞憂に終わった。

 特に何もない。


 不気味に黒く発光しているだけの、ただの玉だ。

 何度か空中に放ってみたり、デスクの上で高速回転させてみたが、特に何も無い。

 害がないと分かれば十分だ。


「ほれ、ルル。これで遊んでいいぞ」


「にゃー《あり……と……》」


「───え?」


 ルルにその黒い玉を与えた。

 そのとき、また声が聞こえた。

 ルルが「ありがとう」って言っているように聞こえた。

 いよいよ俺もやばいのかもしれない。

 幻聴まで聞こえ始めたら、末期だろう。


「お前、本当は喋れるんじゃないか?」


「にゃー?」


「んなわけないよな」


 黒い玉とじゃれるルルの頭を撫でて、俺はPCを起動する。

 こんな状態──背中に翼がある──では外に出ることもできない。

 おまけに窓まで消えているのだから、あとはこのPCに全てを託すしかないという訳だ。



 そして、俺は見つけた。



 PCのメールボックスに届いていた、その『招待状』の存在を。






 ++++++++++






「おいおい、マジかよ……」


 その『招待状』に書かれている内容は、とても現実とは思えないようなものだった。

『管理者L』と名乗る謎の存在に、俺は別世界に連れてこられたらしい。

 しかも、俺を含めて104人も。


 だが────。


「信じるしかないわなーこんなもん生えてんだから………」


 俺は自らの背中に生える一対の漆黒の翼に目を向ける。

 そして、最期の記憶───ビルから飛び降りた時の、あの永遠にも思える浮遊感を思い出した。


 これは、現実だ。


 俺は結論に至る。


 これから俺は、『ダンジョンマスター』とやらにならなければならないらしい。

 そして、人間を殺さなければならない。



 ───はは、いいじゃないか。



 それは大いに結構。

 むしろ推奨したいくらいだ。

 俺はようやく、あの息苦しい、嫌悪感と不快感と嘔吐感に満ちた世界から抜け出せのだ。

 異常なほどの高揚感に身体が震える。


 ありがとう、管理者Lとやら。

 感謝してもしきれないよ。

 あのクソみたいな世界から、俺を救い出してくれたんだからな。



 ただ───疑問が残る。



 それはルルの存在だ。



 なぜ、ルルまでここにいるんだ?



「にゃー?」



 俺の懐疑の視線に、ルルが首を傾げる。



 …………。



 …………。



 …………。



 まぁいいか!

 考えても分からない。

 これはラッキーだ。

 ルルの存在は、ダンジョンの経営にはさして意味をなさないだろうが、俺の精神状態には大いに影響を与える。


 きっとルルがいるのといないのとでは、今の俺の心境もだいぶ変わっていただろう。

 絶対にここまで落ち着いてはいなかったはずだ。



 ─── もしかして、管理者Lはそれを見越していたのか?



 まぁ、どうでもいい。

 理由がなんであれ、今はルルがいてくれるという幸運に感謝しよう。


 さて、じゃあできそうもない現状把握を再開するとしますか。



 http://www. dungeonmaster.xx.ly/top_menu/



 黒い玉と今もじゃれている可愛いルルを横目で見ながら、俺は『招待状』に載っていたこのリンクをクリックした。



 あの黒い玉って結局何なんだろう……?

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