あの日の約束(後編)


 お寺は無住のように、しんとしている。まっくらなお寺。古くさくて、いかにも妖怪とか出そう。


 それだけで怖いのに、さらに墓場に行かなきゃならないのか。気が重い。

 暗い建物のよこをそっと歩いていく。


 おねがいです。神さま。仏さま。何も出ませんように——


 やがて、荒れた庭の向こうに、黒い墓標が見えてくる。

 もう泣くよ。ゲゲゲの◯太郎の世界。


 ど、どうしよう。足が進まない。

 こんなとこで立ちどまったら、よけいに怖いだけじゃないか。

 サッと走って、行ってしまうんだ。

 サッと、走って——


 そう思うのに、金縛りにあったように、体が動かない。

 ダメだ。完全に、ビビってる。


 そのとき、カタン、と音がした。

 なんだろう?

 どっかの戸口でも、あいたみたいな音だったけど……。


「だ、誰か……いるの?」

 僕は声をかけてみた。

 返事はない。

 ほっとした。


 なんだ。気のせいだ。


 僕は安心して、気が大きくなった。

 怖い怖いと思うから、なんでも怪しく見えるんだ。それだけなんだ。うん。


 おびえをふりはらうために、わざと口笛をふきながら、奥の灯ろうのとこまで行った。ロウソクに火をつけ、灯ろうに立ててしまう。


 よし、安心だ。

 さあ、帰るぞ。

 きびすをかえし、僕は走りだした。


 そのとたんだ。

 背後で音がした。


 ザクっ。ザクっ——


 足音だ。

 なんで、足音?


 だって、僕は一番手で、ここに来たわけで……まだ誰もここへは来ていない。


 しかも、前から来るんなら、わかる。僕が、あんまり遅いから、しびれをきらした二番手の猛が、追いかけてきたのかなって。


 でも、足音は背後からする……。


 僕は、そろっと、うしろをふりかえった。ゆっくり、ゆっくり。


 そして——


「うわあああーッ!」


 マジでホラーみたいな悲鳴あげたね。


 僕の背後に、おばあさんが立っていた。手に包丁を持ってる。今しも、その包丁をふりあげ、おそいかかってくるところだ。


「ギャアアアアアーッ!」


 その瞬間、ふわっと光が近づいてきた。

 青白い発光体。

 みるみる大きくなり、子どものようなシルエットになる。


 ——かーくん。こっち!


 たしかに、聞こえた気がした。

 僕の手をひき、光の少年が走りだす。

 ふりかえると、老婆は光に目がくらんでいた。

 ヒザがふるえたが、どうにかこうにか、僕は走った。


「かーくん! 大丈夫か? さっきの悲鳴、どうしたんだ?」


 僕は、いきなり前から来た誰かに、ぶつかった。


 猛だ。兄だぁー!


「兄ちゃーん!」


 抱きついた瞬間に涙が、あふれてしまった。あとで、からかわれるだろうけど、今は、そんなことは、どうでもいい。

 わあわあ泣いてると、お寺の建物から、人が出てきた。住職だ。


「あんたら、こんなとこで何してるんだね?」

「すいません。肝試ししてました。弟が怖がりなもので」

「ちがーう! おばあさんが……包丁持った、おばあさんがぁ……!」


 さわいでるんで、みんなが、ぞろぞろと、やってくる。なんと、おばあさんまで、やってきた。


 すると、住職がさけんだ。

「——お母さん! 夜中に外出ちゃいけないって言ったでしょう。ほら、うちに入って。入って」


 あわてて、おばあさんを住居のなかにつれていった。


 その後、あらためて住職から説明を受けた。

 つまり、こういうことだ。

 住職さんには、認知の入った母親がいる。包丁のおばあさんね。おばあさんは庭(墓場)をうろついてる僕をドロボウと勘違いしたらしい。


「ほらほら。おまえさんたちも帰った。帰った」


 住職さんに言われて僕らも帰る。


 そのあと、僕は不思議な夢を見た。

 光のなかで笑ってる、あっちゃんの夢だ。


 ——約束、守ってくれて、ありがとう。


 そう言うと、すうっと、あっちゃんは光のなかに消えた。




 *


 翌朝。

 僕らは、もう一度、お寺まで行ってみた。明るい陽光のなかで見るお墓は、ただの物体でしかない。


「——で、かーくん。どこで、その光を見たんですか?」


 蘭さんは自分が肝試しできなくて、不機嫌。


 でも、僕の話を聞いて、またワクワクしてしまったようだ。根掘り葉堀り聞きだすんで、しかたなく、僕は昨夜のことを話してしまった。


 しぶしぶ、あのときのことを思いだしながら歩いていく。歩きながら、僕には、すでに予感みたいなものがあった。


 この道すじは……。


「こっちだよ。あのへんから、ふわぁって——」


 指さしたさきには、思ったとおりだ。小さな墓。そこに入ってる人が、まだ、とても幼かったから……。


「……あっちゃんの、墓だ」


 幼くして死んだ、僕らのイトコ、あっちゃんのお墓。

 やっぱり、あの光は、あっちゃんの魂だったのかな?


「敦が守ってくれたのかもな」と、猛がつぶやく。


 僕は、うなずいた。

「約束したから。あっちゃんの妹を守るって。だから、お礼のつもりかな」


 今日も、かくべつ暑くなりそうな一日の始まり。

 青空に白い雲が、ニョキニョキ生えてる。

 ミンミンと鳴きさわぐセミ。


 同じだ。十六年前と。

 あっちゃんと遊んだ、あの夏の日と。


 僕らのなかには、たしかに、まだ、あっちゃんは生きている。

 あの夏の日の思い出が消えないかぎり。




 了


(この話は東堂兄弟の短編集に収録していましたが、本編のこの作品が完結しましたので、こちらに移しました。もともとは他サイトで本編のサポーター特典として書いた短編です)

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