一章 なつかしの海 3


 初耳だった。

 このごろ、おじさんとも、ごぶさたしてたしね。たまの時候のあいさつのついでに出る話題じゃなかった。


「死んだ? 殺されたの? 誰が? どんな状況で?」


 さわぎだしたのは、蘭さんだ。

 いっきにテンションマックスだ。

 瞳の輝きが違う。ちなみに、その瞳はカラコンで青い。


 蘭さんのグロ趣味が発現してしまったか……。


 急に蘭さんに、もてはやされて、戸渡さんは赤くなった。


「え? ええと……おれも新聞に載ってたことくらいしか、わからないんだが。祭りの巫女に選ばれた子が、おぼれ死んだって話だ」


「祭りの巫女が……溺死……殺人じゃないの? あっ、ダメ。ヨダレでちゃう……」


 蘭さん。蘭さん。あからさまに喜ばない。


「へえ。そんなことがあったんだ。知らなかった」

 僕は、つぶやいた。

 が、猛は、ため息。


「蘭には秘密にしとこうと思ってたのに」

「兄ちゃん、知ってたの?」

「知ってたよ。ニュースでやってたろ」

「へえー」


 さすがは、猛だなあ。

 ちゃんと、チェックしてるんだ。


 猛は僕の気のぬけた返事を聞いて、もう一回、ため息をついた。たぶん、これからの苦労をいろいろと想像したんだと思う。


 そのあと、蘭さんは、すさまじい質問攻撃で、戸渡さんを問いつめた。フェリーが竜ヶ島につくまで、ずっとだ。

 しまいには、猛が蘭さんの肩をつかんで引き離した。べつに、妬いたわけじゃない。戸渡さんが真っ赤になってたから、これ以上せまって、ストーカー製造されちゃ困ると考えたのだ。


「はいはい。蘭。港、ついたから。あとで、おれが説明してやるよ」

「ほんと? 死体の腐敗ていどとか、わかる?」

「うんうん。あとでな」


 蘭さんはマタタビにウットリする猫みたいに、猛にベッタリした。

 もうダメだ。蘭さんが、こうなったら、僕らは事件が解決するまで、島を出られない……。


 フェリーをおりたとき、親切にも戸渡さんが言った。

「君たちは、どこに泊まるの? この島、旅館がないんだよ」


 これには、猛が答える。

「ご心配なく。おれたちは親戚のうちに泊まりますので」

「そうか。親戚があるのか。どおりで、島のことに、くわしいのか。祭りのことも知ってたし」

「ええ。戸渡さんは、どこに泊まるんです?」

「島村さんのうちに、いつも、お世話になってる。知ってるかな? デッカいお屋敷のとなりだよ」


 くすっと、猛は笑う。

 そのデッカいお屋敷が、僕らの泊まる予定の親戚だからだ。


「じゃあ、道筋はいっしょですね」

「そうなのかい? でも、おれは漁港によってくから。また、どっかで会おう? 祭りが終わるまでは滞在してるんだろ?」

「そのつもりです」


 猛の返事を聞いて、戸渡さんは手をふって去っていった。


 まわりには、まだ女子高生の群れがウロウロしていた。でも、みんな、出迎えといっしょに歩いていく。


 僕は、とつじょ、気づいた。

「そっか。夏休みなんだね! だから、帰省してきたんだ。お盆前に」


 というか、たぶん、島の大事なお祭りの前に。

 クラブやバイトのある子や大学生なんかが、みんな、この時期には帰ってくるのだろう。


 猛は、あきれ顔。


「かーくん。今、気づいたのか?」

「悪かったね! どうせ、脳みそ、たりてませんよぉ」


 僕らはフェリー乗り場を出て、道路へ向かっていく。いちおう、港まわりはアスファルトの道路だ。


 そのとき、僕は視線を感じた。

 キョロキョロすると、浜辺を見おろす岸壁で、すっと人影が動いた。


 うん? ずいぶん、細いな。

 子どもかな?

 なんか、こっちを見てたような気がするが、気のせいだろうか?


 遠いので、顔立ちまでは、わからなかった。


「どうした? かーくん」

 猛の声で、我にかえる。

「あ、ごめん。ごめん。なんでもないよ」


 なんか、変な視線だった気がしたけど……。

 まあ、いいでしょ。

 蘭さんといっしょにいるかぎり、こういう視線からは逃れられない運命だ。


 僕らは坂道をのぼって、親戚のうちをめざしていった。




 *


 加納——と書かれた表札。

 りっぱな門構え。

 古い日本家屋。

 白壁の蔵。


 ひなびたふんいきが、また、いかにも正史の世界だ。


 迫力のオバケ……いや、お屋敷。

 子どものころは、ここに泊まると思っただけで、ちびりそうになったもんだ。


「変わらないなあ」と、猛も感慨深い声をだす。

「ほんとだね……時が止まってる」


「いやいや。前より、もっと年古りてるよ。ほら、あの桜の木。かーくんが、おっこちそうになったやつだ」

「あ、あれはね。あっちゃんが風船、ひっかけたから、とってあげようとしたんだよ」


「兄ちゃんにナイショで、危ないことはしないって約束だったろ?」

「ああ……ごめん(あやまっとかないと、いろいろ、めんどくさい)」


 僕らが思い出話に花を咲かせていると、門のなかから、女の子が顔をだした。見おぼえがある。


「あっちゃんッ?」


 いや、まさか。あっちゃんは死んだ。それに、あっちゃんは男の子。この子はスカート、はいてる。


 女の子は僕らを無視して、家のなかに走っていってしまった。


「警戒された?」

「照れてるんだろ。あのくらいの年ならさ」


 十二、三くらいかな? つまり、中一くらい。


「誰だっけ?」

「知らないよ。前、来たときは、いなかった」

「だよね」


 まあ、前に来たのは、二十年近くも昔のことだ。


 猛は勝手に門をくぐり、前庭へ入っていく。

 ほんと、なんで、いなかの門は、ひらきっぱなしなのか? 不用心じゃないか。


「こんにちはー」と、玄関のとこで声をかけると、なかから大急ぎで駆けてくる人がいる。


 以前のときは、あっちゃんのお母さんが出迎えてくれた。僕らにとっては叔母にあたる人だ。

 でも、今、出てきたのは、別の人。

 ふっくらした感じの優しそうな女の人だ。


「初めまして。直幸なおゆきの妻の和歌子わかこです」


 猛が応える。

「ああ。直幸おじさんの。じゃあ、さっきの女の子が娘さんですね?」

「はい。海歌ミカといいます」


 説明しよう。

 この家の現在のあるじは、秀作しゅうさくおじさん。僕らの叔母さんが結婚した長男だ。


 で、直幸おじさんは、秀作おじさんの弟。僕らが遊びに来たころは、二十代のおにいちゃんだったのだが……久々感がハンパない。

 そうか。そうか。結婚して子どもまでいるんだな。そういえば、結婚しましたって写真入りのハガキが来てたよな。

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