二章 竜神の祠 3


 蘭さんも、ガッカリだ。

「けっきょく、死体が、どのへんにあったのか、わからない」


 猛は見るだけ見ると、さっさと階段をおりていく。

「死体を発見したときの状況、知ってる人に話、聞きたいな」


「秀作おじさんたちも知らないみたいだったよね」

「誰が第一発見者かくらいは知ってるだろうな」

「じゃあ、一回、帰る?」


 そんなことを話しながら、洞くつを出るために歩いていく。海水で消える場所は、大きな岩がゴロゴロして、見通しが悪い。


 だから、僕らは直前まで気づかなかった。

 出口のところで、ちょうど、人と、はちあわせする。


「わッ」と大きな声をだしたのは、戸渡さんだ。

「……なんだ。君たちか。こんなところで何してるんだ?」と、聞いてくる。


 猛は、そっけない。

「散歩ですよ」


 ウソばっかり!

 事件を調べてるって、なんで言わないんだ?


「戸渡さんこそ、何してるんです? ここには猫もカモメも海亀もいませんよ」


 猛のイヤミも意に介さず、戸渡さんは、むじゃきに笑った。

「巫女の事件をしらべてるんだ。散歩なんて言ってるけど、君たちも、ほんとはそうなんだろ?」


 なかなか、したたかな人だ。


「戸渡さん、動物写真家でしょ? なんで事件のことなんか調べてるんですか?」

 猛の追及はやまない。


「動物写真家だが、フリーのライターも兼業してるんだよ」


 フリーライター?

 わあっ、お父さんと同じだぁー!

 僕が小一のときに、交通事故で死んじゃったお父さん、お母さん。なんか同じ職業ってだけで、嬉しい。

 もう、パパって呼んじゃおっかなあ、なんて。


 僕は、おなべのフタ(最弱の盾)をすてて、完全に防御をといた。が、猛は、あいかわらず、メタルな王様の装備で、ガッチリ全身をかためてる。


「そうですか。なるほどね。戸渡さん、この洞くつに入るのは初めてですか?」


「いや。前にも、何度か来たことがあるよ。と言っても、去年の祭りより、もっと前のことだけどね。やっぱり、島に来たばっかりのときは、見てみたくなる場所じゃないか」


「まあ、そうですね。じゃあ、ここの祠のなかは見たことあるんですね?」

「あるよ。ただの深い縦穴があるだけだろ?」


 み、みんな……不信心だなあ。


「じゃあ、なかは、とくに見るべきことはないですよ。事件のこんせきは見つかりませんでした」


「あっそう。ガッカリだな。当然と言えば当然か。なんかあれば、警察が回収してるだろうからな」


 とつぜん、猛がジャブをはなつ。

「次は、どこへ行くんですか?」


 ニヤっと、戸渡さんは笑う。

「南さんちかな。被害者の女の子の家」

「ついていってもいいですか?」

「どうぞ。どうぞ」


 なんか、よくわからない流れで、被害者のうちに行くことに。




 *


 岸壁にへばりつく恐怖の階段も、のぼりは、じゃっかん楽だった。なにしろ、下が見えない。


 それにしても、体力は使う。


 ふうふう言いながら、僕は猛、蘭さんに続いて、どうにか車道までのぼりきった。


「心臓が口から出そう……」

「だからな。いつも言ってるだろ? かーくん。ちゃんと体、きたえようって」

「いいもん。なんかあれば、猛が守ってくれるし」

「なっ——なに、カワイイこと言ってるんだ。兄ちゃんを嬉し泣きさせる気か?」


 たあいもないことを言いながら、車道に出たときだ。

 僕は、また、あの視線を感じた。


 キョロキョロ見まわすが、今回は姿は見えない。でも、たしかに、誰かに見られてる気がした。


「どうした? かーくん」

「うーん……気のせい」


 話してると、車道のわき道から、女の子たちが歩いてきた。見おぼえがある。昨日、フェリーのなかで、僕らを見てさわいでたJKだ。僕らに気づくと、今日も蘭さんに、ウットリした。


 変なとこから出てきたなあ。

 両わきが岩で門みたいになってる。

 方向から言うと、さっきの岩場の真上なんじゃないだろうか?


 何があるのか、ちょっと気になった。


 けど、今は被害者のうちだ。

 遺族から事件の話が聞けるとは思えないが、手がかりくらいは得られるかもしれない。


 それにしても、見ず知らずの僕らが、こんなに大勢で、いきなり押しかけてもいいもんなの?


「戸渡さんは、被害者の実家の場所を知ってるんですか?」


 僕が聞くと、戸渡さんはうなずいた。


「この島に来るようになってから、もう六、七年にはなるからね。島のたいがいの人とは顔見知りだよ」


 そうなのか。どおりで、僕らも知らないような地理に詳しい。


 戸渡さんは島の内部へ向かう坂道を、迷いもなく進んでいく。島の道路は、とても、せまい。車が普及する前に造られた道だからだ。せまい道が縦横無尽に走るさまは、まるで迷路である。


 僕が知ってるのは、加納家の周辺だけだから、よそのうちの位置は、てんでわからない。

 今、一人でなげだされたら、まちがいなく迷い子だね。古い日本家屋が多いし、なんかこう……異次元に入りこんでしまったような気がする。


 現代日本ではないような。

 日本に似て非なる、どこか。

 和風モンサンミッシェルってとこか。


 僕が完全に、現在地が島のどのあたりか、わからなくなったころ、その家についた。

 細い道の奥まった、つきあたり。

 小さな前庭をかこむブロック塀から、こぢんまりした家屋が見える。

 南と表札がかかっていた。


 ここか。被害者の女の子の家。

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