二章 竜神の祠 2


 洞くつは思っていた以上に広かった。なんていうか、天井が高い。それに、起伏が大きい。奥に向かって、上がり坂になっていて、さらに、ほこらの近くは、ぐんと数メートルの崖になっていた。


 つまり、今、僕らの立ってるとこは、夜中に海水で埋没する部分なんだろう。

 崖には細い階段が刻まれていた。

 岩肌をちょくせつ、けずられている。そこにフジツボとか、岩のりとか、いろいろ、ひっついて、いかにも夜は消える感じ。


「あの上が、ほこらか」

 僕はのぼるの大変そうとしか思ってない。すべりやすそうな岩肌の階段を前に、ため息ついた。


 しかし、蘭さんはデジカメで写真をとりまくり、猛はなにやら、するどい目をあたりになげている。


「どこ? どこで死体は見つかったの? 警察は人型とか残してないのかな?」


 蘭さん、しゃべるか撮るか、どっちかにしなよ。


 すると、ぽつりと、颯斗くんがつぶやいた。

「この人、人間じゃないみたい」


 僕ら三人が凍ったのは、いたしかたあるまい。


 あれほど、シャッター音を連続で鳴りひびかせていた蘭さんの手が止まる。


 僕が怖いと思ったのは、ふりかえった蘭さんが、ほほえんでたからだ。

 ら、蘭さん。本気で怒ってるッ?


「今、なんて言った?」


 にっこり微笑して、金色の髪をかきあげながら、颯斗くんに近づいていく。や、ヤバイ……。


「ああっ! 蘭さんがビューティフルだから! 美しさは罪だねぇ。人間以上の存在。まさに、ゴッド! ほんとは、妖精と人間のハーフなんだよね?」


 僕は、蘭さんに体当たりした。

 そのすきに、颯斗くんは洞くつの出口に向かって走り去っていった。


 猛が爆笑する。


「猛。笑ってる場合か?」と、僕。

「いや、さすがの蘭の美貌も、中学生男子には通用しないのか」

「通用したら困るよっ? 親戚の子、堕落させて、どうすんのっ?」


 蘭さんは冷たい目で舌打ちをついた。

「だから、ガキって嫌いなんですよね。言葉遣いってものを知らない」


 いや、蘭さんだって、そうとうだと思うよ? 死んだ子って、颯斗くんの知りあいだし。「死体どこ?」とか言ったら、やな気分になるんじゃないかな……。


 でも、言わない。

 僕らは、蘭さんには甘いのだ。


 猛は、いつもどおり現実的。

「それより、颯斗の言ってた、おもしろいものって、なんだったんだろう? 聞きそびれたな」


「ああ。なんか言ってたね。ほこらに行ったら、わかるって」


「とりあえず、ほこらのとこまで行ってみましょうよ」

 悪びれない蘭さん。


 猛がゲンコツで、蘭さんの頭をかるく、コツンとした。


「おまえのせいだぞ。蘭。学友が死んだんだからな。気づかってやれよ」


 すると、蘭さんの目がうるむ。

 しゅんと、かわいそうなくらい、うなだれる。


「……僕のこと、キライになった?」


 あうッ。なんですか! その、すがりつくような甘ったるい目は! カワイイ……可愛すぎる。


 蘭さんは好きな人の前でだけ、超甘えん坊なのだ。この顔を見れるのは、僕ら兄弟の特権だ。

 これだから、甘やかしちゃうんだよね。


 猛は言った。

「そんなことでキライにならないよ。おまえが、どんなやつかってことぐらい、とっくに知ってる」

「ほんと?」


 そして、出た。猛の天然レディーキラー。


「どんなおまえでも、おれたちの大事な友達だよ」


 蘭さんはレディーじゃないけど、けっこう、何度も、こいつの殺し文句にやられてる。


 蘭さんは、はにかみながら、猛の背中にひっついた。

 ご機嫌である。

 マタタビネコ状態。


「……そろそろ、のぼる? あれ」

 僕は岩肌の階段を指さした。


 僕たちは、ぬるぬるした階段をのぼっていった。干潮になって、海水がひいてから、まだ数時間しかたってないせいだろう。岩はぬれていた。ここだと日も差さないしね。


 階段をあがりきると、岩だなになっていた。八畳ほどの空間。自然にできたというより、少し人の手がくわわっているようだ。


 たいらなその場所に、小さな、ほこらがある。一メートル四方くらいの木造のほこら。ほこらは格子の両扉で、とざされていた。なかは暗くて、よく見えない。


「うーん、なんか、がらんどうっぽい?」

「かもな。ご神体が、なんなのか、わかんないけどな」


 懐中電灯、もってくれば、よかったなあ。


 すると、蘭さんが、またもや小悪魔発言をする。

「あけちゃいましょうよ」


 さっきの今で、これが言える蘭さん……うん。ステキだ。そういう自由なところ。


「ええッ! ダメでしょ。だって、神様をまつってるんだよ? 祟られたら、どうすんの? うちはもう呪い、まにあってるですけど!」


 僕は猛反対した。常識ある凡人として、とうぜんの反応だ。


 だが、猛は凡人ではない。


「まあ、ゆるしてもらえるだろ。変死事件の解明のためだ」

「ええッ!ダメだって! 猛まで、なに言ってんだよ?」


 僕の反論は聞いてもらえなかった。

 猛は格子戸に手をかけた。


「ダメだってぇ!」


 とりすがる僕を猛は片手で、かるーく押しやる。

 ジタバタしたんで、格子にひっかかって、僕のキーホルダーのマスコットのチェーンが切れてしまった。おりしも、そのタイミングで、猛が格子戸をひらいたもんだから、マスコットは、ころころコロと、ほこらのなかへ——


 ああっ! 昨日、岡山駅で買ったばっかの僕の桃太郎ッ!


 すると、とつぜん、桃太郎が視界から消えた。


「どこ行ったっ? 僕の桃ちゃん!」


 ほこらをのぞくと、あっと、ビックリだ。やけに暗いと思ったら、そこには床がなかった。床っていうか、この場合は岩棚。ほこらのなかは、すぐ深い穴になっていた。


「なんだ。コリャ。これじゃ、なんも置けないはずだよ」


 猛と蘭さんも、ほこらに首をつっこんで、なかを見る。


「わあっ」と、すっごい浮かれた声は、蘭さん。

「かなり深そうですよ? これ、黄泉の穴なんじゃないですか?」


 猛も、うなずく。

「神様の国に通じてるんだろうな。少なくとも、そういう概念で、ここに、ほこらが建てられた」


「ああ……僕の桃太郎が神の国に召されてしまったぁ」


 のぞくと、三メートルくらい下のほうに、ひっかかってる。なんか、そのへんで横にとびだした大きな岩があるんだ。


「口惜しい。目に見えるのに。届かないィ……」

「あきらめろよ。かーくん。帰りに、また買えばいいだろ?」


「そういう問題じゃないんだよ。あの桃太郎はね。三十体のなかから選りすぐった美少年なんだからね!」

「いくつになっても、カワイイなあ。かーくん。塩ビの人形に、そこまで感情移入できるなんて」


 やめろ。そういう生ぬるい目で見るな。


 猛は真顔になった。

「まあ、カギごと落ちなくて、よかったじゃないか。そもそも、なんで家のカギなんか、こんなとこに持ってきてたんだ?」


「言うなよぉ。昨日、うっかりポケットから出すの忘れてたんだよぉ」


 泣いても笑っても、僕の手を離れた桃ちゃんは帰ってこない。僕は泣く泣く、あきらめた。


 そのあと、ほこらの裏とか、そのへんをくまなく調べたけど、これと言って妙なところはなかった。


 ほこらの奥は、ただの行き止まりの岩壁だし。大きな岩があって、しめ縄が巻いてある。


 颯斗くんの言ってた、おもしろいものって、ほんとに、なんだったんだろう?

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