二章 竜神の祠 1



 翌日。僕らは、さっそく、竜神のほこらのある洞くつへ行った。

 朝寝坊の蘭さんが、八時に起きてきて、「ねえ、行こう。行こうよ」と誘うんだから、しかたない。


 洞くつは、島の南側にある。

 フェリー乗り場は東側だ。


 崖っぷちに囲まれた岩場で、潮の流れが速いので、あまり水泳には適してない。地元の人はもっぱら釣り場にしている。


 僕らは釣りをするつもりはないんで、手ぶらで加納家のお屋敷を出た。僕らのあとを追って、颯斗くんが、ついてきた。


 昨日も話を立ち聞きしてたし、事件に興味があるのかもしれない。

 まあ、同じ学校の先輩が変死したんだ。中学生の興味をひかないわけがない。


「颯斗くん。いっしょに行く? 竜神のほこらに行こうと思うんだけど」


 声をかけると、颯斗くんは、こっくり、うなずいた。僕らのあとをだまって、ついてくる。


 なんか、やけに僕と猛をジロジロ見るなあ。なんでだ? ふつう、蘭さんだろ?


「竜神のほこらって、誰でも自由に出入りしていいんですか?」と、蘭さんは颯斗くんを無視して、猛の手をとる。


「祭りの夜は巫女以外、立ち入り禁止だったはず。でも、ふだんは、かまわないんだろ。おじさんたちも何も言わなかったし——なあ、颯斗くん?」


 猛が声をかけると、颯斗くんは、ビクッと肩をふるわせた。


 またまた、なんでだ?

 たしかに、猛は、ちょっと無愛想だし、ガタイもデカイけど、超イケメンで、そんなに見ためは怖くないはず。


 颯斗くんは、また無言で、うなずいた。


 うーん、初対面の中学生って、こんな感じなのか。

 思えば、僕が中学のころも……あれ? あんま反抗とかした記憶がないんですけど……。

 うちは、甘やかされてたからなぁ。じいちゃんと猛が二人がかりで、猫じゃらすみたいに、ベッタリだった。


 それをまったく不思議に思わない天然の僕。反抗の余地とか、なかったなあ。


 天然の僕は、めげない。

「颯斗くんは、咲良さんって子と、仲よかったの?」と、聞いてみる。


 颯斗くんは首をふった。


「そ、そうか……じゃあ、咲良さんが仲よかったのは、誰かなあ? 学校の友達とか知らない?」


 颯斗くんは、うつむいた。

 ダメだ。めげそう……。


 天然も通用しない反抗期のカベ。


 そのあいだにも、僕らは海岸にむかって、坂道をおりていく。竜神のほこらは崖下の岩場にあるから、そこへ行くには、なかなかの体力がいる。


 車道が海岸にぶつかると、そこから岩場へと、長い階段が伸びている。手すりが潮でサビて、ボロボロだ。ほんとに大丈夫なのか?


 上から見ると、階段は五十メートルくらい続いてる。岸壁にへばりつくような、細い階段だ。高所恐怖症の人なら、ひとめ見て逃げだすかもしれない。しかし、洞くつのある岩場へ行くには、ここしか道がなかった。


 僕は高所恐怖症ではない。ではないが……なかなかの迫力だ。


「ぎゃあッ。下、見える! 階段、急! こわいッ、落ちる!」


 ぎゃあぎゃあ、さわぎながら、猛にしがみついて、なんとか、おりていく。

 また、猛が嬉しそうなんだよなあ。僕の手、にぎりながら。


「かーくん。下、見るから怖いんだよ。前、見とけば大丈夫だって」

「つきおとさないでよ?」

「落とさないよ。なんで、かわいい弟、つきおとすんだ」

「ぎゃあッ。急に手、離さないで!」


 あはは——と、蘭さんが笑うのは、わかる。しかし、なんか、背後からも必死に抑えた笑い声が聞こえる気がするんだけど。


 こわごわ、ふりむくと、やっぱりだ! 颯斗くんが両手で口を押さえて笑ってる。僕と目があって、ふきだした。


「兄ちゃん、ビビりだね」


 がーん……中坊にバカにされた……。

 開口一番が、ビビりだね——


 しかし、おかげで、颯斗くんは急に自然体になった。


「ほこらに行くんなら、おもしろいもの見せてあげるよ」


 猛のよこをすりぬけて(さすが中学生、細いなあ)、先頭でくだっていく。


「おもしろいものって?——だから、手、離すなよぉ。たけるぅ」

「見たら、わかるよ」


 地元っ子は、あっというまに、かけおりていく。


 僕ら……というか僕は必死に、みんなについていった。


 やっと、岩場についた。

 けっこう広い。上から見たときは、岸壁と岸壁のすきまの、ちょろっと二畳くらいの岩場にしか見えなかったが。じっさいには、その十倍の広さはある。


 ひかくてき平坦な広い岩場から、崖ぞいに、ほら穴に向かって、ひとすじの道のように点々と岩場が続く。


「ええと……僕ら、子どものとき、どうやって、ここまで来たんだっけ? けっこう危なくない? この岩場」


「あのときは、秀作おじさんが船だしてくれたんだよ。船の上から、お祭り見たろ?」


 ああ。そうだった。

 だから、あの岸壁の階段も、この岩の道にも、おぼえがないのか。


 岩場は、端まで行くと、いきなり海が深い。澄んだ海水が、ゆらゆら、ゆれて、よくはわからないが、三メートルくらいの水深はありそうだ。


 洞くつまでの道は、さらに危険。

 岩が平坦でなく、でっぱったり、ひっこんだり。ところどころ穴があいて海水がたまってる。

 横幅三メートル、幅一メートル強の深い溝にぶちあたったときは、もうどうしようかと思ったね。溝のなかは、もちろん、満々と海水だ。


 蘭さんは溝なんか、なんのその。

 こうふんを抑えられないようで、一人で、ピョコピョコ、岩場をとびこえていく。


「ここが夜になると消える道ですね?」

「おい。蘭。気をつけろよ。足、すべらせるぞ」

「僕は運動神経いいから、心配ありません」


 僕はって、僕“は”……いいけどね。どうせ。いじけちゃうぞ?


「人影ないなあ」と、猛は僕をひっぱりながら、つぶやく。


 颯斗くんが言った。

「ほんとは、子どもは入っちゃいけないんだ。遊泳禁止場所」


 それにしても、釣り人の姿もない。


「それに……あのことがあってから、幽霊が出るっていう人がいて……」


 幽霊ね。よく考えると、ここって人の死んだ場所なんだよな。そう思うと、急に海が怖くなる。


「僕、もう、ここで待ってようかなぁ……」

 弱音を吐くと、猛と蘭さんと、颯斗くんに叱咤された。

 なんで、中学生にまで……。


「せっかく、ここまで来たんだろ。かーくん」


「洞くつですよ? 竜神のほこらですよ? 祭りの夜に溺死した美少女。正史の世界ですよ? 行ってみなくて、どうするんですか。そんなんじゃ、ミステリーファンとは言えませんよ?」


「やっぱり、ビビりだね。兄ちゃん」


 三者三様の激励を受けて、僕は岩をのぼり、くだった。

 そして、やっとの思いで、竜神のほこらのある洞くつについた!

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